アラフォーシングル事情 in NY~ステージマネージャーまりこさんの場合[1]

40歳。自分のペースで自由に暮らして、今の生活にはそれなりに満足。でも、この先の仕事やお金、結婚や出産など、将来への漠然とした不安はつきまといます。自分らしくいればいいと割り切っていても、誰かと比較して引け目を感じてしまったり……。これって、日本の文化や考え方が影響しているの? 海外の同世代はどんな風に生きているの?

アラフォーシングル事情 in NY~ステージマネージャーまりこさんの場合[1]

ニューヨークで暮らす2人のアラフォーシングルに、仕事のこと、休日や趣味のこと、恋愛観や結婚観などをインタビュー。そこには、私たちがハッピーで楽しい人生を手に入れるための、たくさんのヒントが隠れていました。

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(小学校教員・アナさんの場合はこちら)
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社会人として日本で学んだスキルが今の仕事にも役立っている

ニューヨークのオフブロードウェーで、ステージマネージャーを務める滝澤まりこさん。高校卒業後は好きだったファッション業界に入り、外資系企業で販売業務に就いていました。けれど、夢のために思い切って退職。現在、渡米6年目の彼女が自分で道を切り開いてきた過程、異国の地で働くなかで感じていることなどを聞きました。

40歳、50歳になったときに、人を喜ばせる仕事をしていたかった

――ニューヨークに暮らすようになった、きっかけから伺えますか?
以前、音楽を勉強していたことがあるんです。トランペットを9歳から始めて、中学・高校は吹奏楽部に入り、プロの先生にもついていたんですよ。本当は芸大に行きたかったんですが、どうしても親の賛成が得られず……。中途半端は好きではないので、きっぱりその道はあきらめました。でも、やっぱり音楽は好きなので、クラッシックやバレエ、オペラが見たくて、ニューヨークかパリで仕事をしたいなってずっと憧れていたんです。もともと働いていたのが外資系というのもあって、英語には慣れていたので最終的にニューヨークに行こうと決めました。

――短期で渡米するなどはせず、いきなり拠点を変えたのですね。
アパレルの会社で販売業務をしていたので、仕事柄、長期の休みがなかなか取れなくて。それで、思い切って辞めました。そのときには、「やるしかない」って迷いはなかったですね。ちょうど、年齢的にも方向性をさぐっていた時期。40歳、50歳になったときのことを考えたとき、なにか人を喜ばせられる仕事ができるといいなと思ったんです。

タイムズスクエアの近くにはブロードウェーのシアターがあちこちに。まりこさんにとっても夢の場所

入学したカレッジで出会った、ステージマネージャーという仕事

――ニューヨークに来て、どうやって道を開いたのですか?
まず語学学校に4か月間通って、その間にシアター業界でインターンシップをしようと、20通ほど履歴書を送ったんです。でも、当たり前ながら返事はもらえず……。コミュニティ・カレッジ(公立の2年制大学)に入学して舞台芸術を学んだのですが、そこで出合ったのがステージマネージャーという仕事でした。

――ステージマネージャーのどんなところに惹かれたのでしょうか。
責任感とコミュニケーション力、構成力、ホスピタリティの4つの技量が求められるんですけど、そのどれもが社会人として学んだスキルと一致していたんです。演劇、ステージデザイン、ライティング、衣装などを学ぶなかで、これまで培ってきたことが、すべて役立つなとも思いました。

――具体的には、どのようなことをされているんですか?
舞台上のパフォーマンス、バックステージを含め全体を円滑に進めるのがステージマネージャーの仕事。リハーサルでは役者の動きを台本に記録したり、本番ではライトが変わるタイミングや音響、小道具などのすべてにキューを出していきます。プロダクション全体を理解していないと務まらないですし、ほかにもスケジュール管理、役者やディレクター、照明、音響とのコミュニケーションを図ることも大切。英語もかなり必要になりますが、そこは大学のころの経験がとても役に立ちましたね。当時リーディングをひたすらやって、仕事かというくらい(笑)、きっちり勉強していたんです。

まりこさんが座るブースから見たステージの景色。ここからあらゆるところに指示を送る

インターンシップからスタートした舞台製作のキャリア

――ニューヨークでは、実際どうやって仕事を得るようになったのですか?
最初は大学の先生に、いろいろなインターンシップを紹介してもらっていました。そこでマジメに仕事をすることで、だんだんとコネクションができていった感じですね。大切にしていたのは、「舞台製作は初めてでもマインドはプロ」という姿勢。その熱心さが先生の目にとまったのかなと自分では思っています。そして、大学外で出会った日本人の方の紹介で、「ジャパン・パフォーミング・アーツ・インク(JPA)」の仕事を始めました。そこで、岩見神楽(島根県や広島県などで受け継がれている伝統芸能)を紹介する舞台のお仕事や、オフブロードウェーで、カナダ人落語家の桂三輝(かつら・サンシャイン)さんがされた「落語」のステージマネージャー、「ミュージカル・コンフォート・ウーマン」のアシスタント・ステージマネージャーなどを務めました。

背中を向けた黒い服の女性がまりこさん。リハーサルで役者たちを真剣に見守る

日本にいたときのほうが悩んでいた。ここは適度な距離感が心地よい

――仕事をする上で、ニューヨークはどんな場所だと感じますか?
大小、さまざまなチャンスがある場所だと感じます。それほど経験はなくても実力があればチャレンジできるし、がんばればフェアにチャンスを与えてくれる。一流の人と一緒に仕事できるのもうれしいですね。いまは何と言ってもリハーサルですべてがうまくそろって、作品が出来上がった瞬間が一番楽しいです。

――逆に、文化や環境が違うからこその苦労や悩みは?
すぐに浮かばないくらい……。きっと日本にいるときのほうが、いろいろと悩むことがあった気がします。ニューヨークでは、たがいのプライバシーを干渉しないので人間関係もラク。仕事上でも適度な距離感を保ちながら、チームワークを大切にしっかりコミュニケーションを取って、メンバーの話をよく聞くようにしています。そのなかで役立っていると感じるのは、日本で身につけたちょっとした気遣いや声がけ。

プロダクションのメンバーと。ひとりひとりとコミュニケーションを取りながらチームワークを高めている

年齢を重ねて変化してきたこととは

――なるほど。年齢とともに変化してきたことはありますか?
年上の人が減って、自分自身がしっかり判断することを求められるようになったことでしょうか。逆に言えば、年下の人が増えて、学生などの指導も任されるようになりました。アメリカの学生の指導は、細かなことまで言葉で伝えないと驚くようなことが起きてしまうんです。でも、日本のように厳しく指導すると誰もやってくれなくなる。だから、とにかく相手にとっても“楽しく”というのを心がけていますね。


日本での社会人時代に得たスキル、日本人ならでは細やかな気遣いを武器に、真摯な仕事ぶりで自らの道を切り開いてきた滝澤さん。夢を追うことで得られる幸せな人生を体現している彼女の生き方は、同世代の私たちにも一歩踏み出す勇気を与えてくれます。2月からは、ブルックリンで開幕する舞台のステージマネージャーの仕事が始まり、活躍の場はますます広がっていきそうです。後編では滝澤さんのニューヨークでの日常生活に迫ります。

取材・文/羽山祐子 構成/宮浦彰子

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この記事のライター

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