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雑学 生活

世界初の宇宙飛行士「ガガーリン」は、飛行機事故で亡くなったって本当?

世界初の宇宙飛行士・ガガーリン。人類初の試みながらも、無事生還した強運の持ち主だったが、飛行機事故で生涯を終えたのはご存じだろうか。

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事故をきっかけに、彼の出身地は「ガガーリン市」と改名したほどの国民的英雄だったが、事故原因は2011年まで公表されず、陰謀説まで浮かび上がったほど謎の死をとげた。「地球は青かった」も本人の言葉ではなく、記者がデッチあげた名言だったのだ。

■地球は「微妙に」青かった?

ガガーリンによって世界初の有人宇宙飛行がおこなわれたのは1961年で、人間を乗せたのは初の試みだった。それから数十年後のスペースシャトル計画でも、ひとが亡くなる事故が起きているのだから、人類初の試みで、無事生還できたガガーリンは強運の持ち主といえるだろう。

使用された宇宙船・ボストーク1号は、直径2.58m・長さ3.1mの機械船と、宇宙飛行士が乗る直径2.3mのカプセルから構成されている。宇宙飛行士候補は複数名いたが、カプセル内は非常に狭いため、体格の小さいガガーリンが選ばれたという説もある。

世界初の有人飛行は1時間49分で、大気圏外を1周するのみだった。また、宇宙船よりも人工衛星と呼ぶべき構造で、緊急時以外は制御盤に触れることが許されなかった。ガガーリンが「船長」と呼ばれないのも、操縦していたわけではないからだ。

ガガーリンは「地球は青かった」とは言っていない。大変ロマンチックに地球を表しているのだが、彼の感想を聞いた記者が作り出した言葉だ。ガガーリンが「本当」に言った感想を抜粋すると、

・地球は球形

・非常に美しい

・地球の明るい色は、さまざまに変化する

から始まり、

・宇宙は暗闇

・地平線は明るいオレンジ

・地球は微妙な青

と続く。確かに「青」という単語は登場するが、「場所によって色が変化し美しいかった」が、ガガーリンの真の感想だ。

■事故原因は管制ミス?

宇宙飛行から7年後の1968年、ガガーリンは34歳の若さで他界した。ジェット戦闘機の操縦中に、墜落死してしまったのだ。

世界初の偉業を成し遂げたガガーリンは、ソビエトでは英雄と扱われ、かっこうの広告塔でもあった。そのため、彼の故郷であるグジャーツクは、死後1か月も経たないうちに「ガガーリン市」に改名された。

同時に、事故原因は機密扱いとされ、およそ50年後の2011年まで公表されなかった。遺族にさえも真相が伝えられなかったため、政治的な理由で暗殺されたとも考えられていた。だが、2013年に、同僚のアレクセイ・レオーノフらが語った内容をまとめると、

・別のジェット戦闘機とニアミス

・ガガーリンはコントロール不能に陥って墜落

が真相のようだ。

現代でも、演習中の事故はときどき報じられるが、ガガーリンの事故は2つの大きなミスから生じた。

・ニアミスに至ったのは、地上管制のミス

・レーダーが、2機のジェット機を感知できなかった

どちらも軍として致命的なミスで、その結果、国民的な英雄を失ったのだから、公表できるはずもない。現在も、公式発表では「鳥か気球を避けようとして操縦不能に陥った」とされているが、事故調査委員会の一員であったレオーノフが異を唱えているのだから、信ぴょう性は低い。

ちなみにレオーノフは、世界初の宇宙遊泳(船外活動)をしたひとなので、「英雄」の意味ならガガーリンに引けを取らない。政府よりも英雄の意見のほうが世に受け入れられるのも「おそロシア」ならではだ。

■まとめ

・ガガーリンは、「地球は青かった」とは言っていない

・宇宙飛行の7年後、飛行機事故で他界した

・ガガーリンの故郷は「ガガーリン市」に改名

・世界初の宇宙遊泳をおこなったレオーノフによると、事故原因はニアミス

「地球は微妙に青かった」では、たしかにかっこうが悪い。

名言どころか死因まで作り変えられてしまったのでは、英雄とはいえ不びんでならない。

(関口 寿/ガリレオワークス)

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