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“好き”を共有したい『バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)』

#好きだから触れたい

いしいのりえ

恋愛という感情の先には、相手のことを“もっと知りたい”と思う気持ちがあるはず。この連載では、小説に描かれる「好きだから触れたい」という心理について、官能小説研究家のいしいのりえさんに解説してもらいます。ちょっぴり大人な恋愛の世界を堪能してください。

恋愛というものは一筋縄ではいかないものです。

たまたま好きになった相手にパートナーがいなければラッキーですが、すでに恋人がいたり、結婚をしていたりということは多くあります。

そんなとき、恋心を抱いてしまった気持ちにはさまざまな「落としどころ」があります。

たとえ結ばれなくても相手を愛し続けることであったり、諦めることであったり……。中にはパートナーがいることを知りながらも相手とつながり、関係を持つこともあります。

今回は、角田光代さんの短編集『だれかのいとしいひと』の中から『バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)』をご紹介します。

今回の教科書 角田光代『バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)』

どこか不安定で、少しだけ不幸な恋愛を描いた短編集。その中から選んだこちらの作品は、友達の恋人と密かに付き合う癖のある女性が主人公です。

主人公の女性は、なぜかいつも友人の彼氏と密かに交際してしまう、病的な癖があります。

主人公は親友のモトコと仲間内でのバーベキューの段取りについて電話している時に、彼女から電話に出ない彼氏の愚痴を聞きます。

電話に出ないモトコの彼氏は、なんと主人公と同じ部屋にいて、共にゲームをしたり抱き合ったりしていました。

さらには、バーベキューに誘っているもう1人の相手・ナミの彼氏とも関係を持っている主人公。

彼女の「病気」が始まったのは高校生の頃に遡ります。

同じクラスだったリサとはびっくりするくらい趣味が合う親友でした。

高校2年生の後半になると、リサに他校の恋人ができました。けれど友情は壊れることがなく、主人公とリサ、そして恋人の男子高生・の三人で会うようになります。

ある日、リサがインフルエンザにかかったとき、主人公と望は待ち合わせをしてお見舞いに行くことになりました

プレゼントの花やCDを買い、荷物を抱えて歩いていた時、ふとラブホテルの看板が見えます。

主人公は、望に「あそこで休んでいかない?」と誘ったのでした。

大好きな親友の愛する人を知りたいと思う心理

主人公の「愛し方」は、数年経った今でも変わることがありません。

大好きな親友が好きな人に、同じように好かれたい。

だから親友と同じように触れられたくなり、二人の間に寄り添って、飼い犬のように戯れていたいと感じています。

純粋に友人を想う心が歪んだ形の愛情を生み、望との逢瀬がバレてしまった時には「やりまん女」などと揶揄され、卒業までさまざまな嫌がらせを受けることになります

しかし主人公は、決してリサから望を奪いたかったわけではありません。

リサが大好きだから、リサが愛する望に触れ、リサがどのように愛されているのかを共有したかったのです。

大切な人を失わないためにはコントロールが必要

ラストシーンで主人公は「好きなんて気持ちがなければいい」と心の中で呟きながら泣きます。

幼い頃は、「好き」の意味も、その伝え方もよくわからずに、気に入ったモノや人には触れたくなり、行動に移していました

本作の主人公は幼少期の「好き」から成長できず、友情、恋人などの「カテゴリ分け」をすることが少し苦手な女性なのかもしれません。

大勢に愛されてすくすくと育った愛犬のように、好きな人には男女問わず抱きついて、キスをしたくなってしまう。その行為に他意はないのでしょう。

けれどその行為は愛する友達はもちろん、自分自身も傷つけてしまいます。

大好きな人が離れてしまわないよう、愛情表現のコントロール力は鍛えないといけませんね。

(文・イラスト:いしいのりえ)

※この記事は2022年03月12日に公開されたものです

いしいのりえ

官能小説研究家、イラストレーター。年間100本以上の官能小説を読む経験を活かし、同性である女性にも官能小説を推薦したいという思いから、2010年より執筆活動を開始。「サイゾーウーマン」では官能小説レビューの執筆、文芸誌「悦(無双舎)」では装幀イラストの他にもエッセイを 連載。書籍「女子が読む官能小説(青弓社)」を出版。小説の解説も手がけている。

http://ishiinorie.com

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