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『私たちがしたこと』に描かれた、秘密を共有することですれ違う心

#好きだから触れたい

いしいのりえ

恋愛という感情の先には、相手のことを“もっと知りたい”と思う気持ちがあるはず。この連載では、小説に描かれる「好きだから触れたい」という心理について、官能小説研究家のいしいのりえさんに解説してもらいます。ちょっぴり大人な恋愛の世界を堪能してください。

人と人とを強く結びつける、もっとも手っ取り早い方法は「秘密」を作ること。

些細な秘密はもちろんですが、不倫やパートナーがいながら他の相手とこっそり交際を続ける「秘密の恋」も、誰にも言えないスリリングな状況下であるからこそ、激しい恋愛になることが多い傾向にあります。

そして、二人が共有する秘密は、闇が深ければ深いほど誰にも打ち明けることができず、互いを強く求めることになります。それは、恋心なのか依存心なのか、どちらか判別がつかなくなるほどに。

今回ご紹介する三浦しをんさんの『君はポラリス』は、三角関係や同性愛、人と人ではない愛など、形にできないさまざまな恋愛物語を収録している短編集です。

その中でも、決して誰にも打ち明けることができない秘密を共有した二人の物語『私たちがしたこと』をご紹介します。

今回の教科書 三浦しをん『私たちがしたこと』

飲食店で働く主人公・朋代は、終業後、自宅で学生時代の親友である美紀子と共に、美紀子が着るウエディングドレスを製作することが日課になっています。

恋愛に対して消極的な朋代ですが、勤務している店の常連の男性に対して、密かに恋心を寄せていました。

恋愛をしたがらない、地元に帰りたがらない朋代を訝しむ美紀子は、その理由が、学生時代に交際していた俊介にあるのではないかと尋ねました。

そこから、朋代の告白は始まります。

どこへ行くのも一緒だった朋代と俊介は、高校への行き帰りや休み時間、放課後もずっと共に過ごし、親がいない隙を見ては抱き合っていました。

ある夜、朋代はいつものように俊介と別れて自宅に向かう途中、土手の遊歩道で背後から強く腕をつかまれ、河原の茂みに押し倒されてしまいます。

頬を叩かれ、スカートをたくしあげられた朋代は抵抗するのをやめ、その代わりに強い殺意を抱きます。

男が「入ろうと」してきたその瞬間、男は横倒しになっていました。彼女を助けたのは、金属の棒を持った俊介でした。

俊介に自首をすすめた朋代ですが、彼は応じることはなく、二人は河原で穴を掘り、男を埋めます。

その後、二人は俊介の家に帰ってシャワーを浴び、抱き合うのでした。

秘密を共有したことで「すれ違い始めた心」

若い二人は誰にも言えない秘密を共有しましたが、すれ違う想いもありました。

朋代は、俊介が自分に対して「してくれた」行為に対して、泣きながらなじりたかったものの、言えずにいました。なぜなら、自分に対して「そこまでしてくれた」のだから

そして、何事もなかったように仲良くし、愛し合うこと以外方法がなかったのです。

不安と恐怖に押しつぶされそうになった朋代は、悲鳴を押し殺すために毎夜俊介と過ごし、母親や教師に注意をされても俊介と抱き合い続けた。

「苦しい」。

その想いを、一番共有したい俊介に打ち明けることができず、そう問われた時に朋代はぷつりと彼との縁を切ったのでした。

苦しさから求めてしまう気持ち

短いながらも、とても深い小説です。

人を殺めてまでも自分を守り、愛してくれた相手に対して、朋代が抱く「苦しい」という気持ち。

だからこそ強く俊介とつながり、苦しいからこそ抱き合おうとした彼女の想いが深く刺さります。

(文・イラスト:いしいのりえ)

※この記事は2022年05月07日に公開されたものです

いしいのりえ

官能小説研究家、イラストレーター。年間100本以上の官能小説を読む経験を活かし、同性である女性にも官能小説を推薦したいという思いから、2010年より執筆活動を開始。「サイゾーウーマン」では官能小説レビューの執筆、文芸誌「悦(無双舎)」では装幀イラストの他にもエッセイを 連載。書籍「女子が読む官能小説(青弓社)」を出版。小説の解説も手がけている。

http://ishiinorie.com

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