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「しなくていい」。それが自分の輪郭を見失う理由だった

おこもり美容

ひらりさ

おうちで過ごすことが増えた今、メイクや美容に対しての感度が下がってしまった女性も多いはず。でも美しさって、誰かに見せずとも、自分のために味わうだけでも、実はとても心地良いよいものなんじゃないだろうか。そこで今回は、ステイホーム期間中の美容に対する気持ちの変化や自分のための美容の楽しみ方について、ライターで「だから私はメイクする」を編著した「劇団雌猫」メンバーでもあるひらりささんに語っていただきます。

一人暮らしを始めてしばらく経つ。

実家を出て暮らすワンルームは、新宿駅の周辺まで徒歩圏内。定時で上がれる日には、閉店前の伊勢丹に駆け込んで、あれこれと眺めて回った。

ブランドが繰り出すあでやかな新作たちは、その季節が訪れる頃には軒並みSOLD OUTしてしまう。SNSに限定コスメを誰よりも早くあげている人々の裏側にある予約マネジメントの苦労も、その習慣ができてから知った。

時間と気持ちの余裕がない時には、深夜まで営業しているドラッグストア「アインツ&トルペ」へ。リーズナブルだけれど、きちんと華やかなネイルやルージュの色出しを見ていると、色違いでそろえたくなってきて、結局会計をする時には、デパコスカウンターで払うのと同じくらいの金額になることもしばしば。

でも、何も買わずに店を出る時でも、棚と棚の間を歩きながら、自分を楽しくさせるものをたくさん見て、タッチアップして、あれこれ想像してみる行為が、ぎりぎりのところで自分の心の弾力を取り戻させてくれることがあった。

「しなくていい」が自分の輪郭をぼやけさせる

残念ながら、そんな日常は今、ほとんど失われてしまった。世界を覆い尽くした感染症が、人々から移動の自由を奪い、家の中に押し込めた。

百貨店もドラッグストアも開いているが、人の集まる場所に気軽に通うようなことは難しくなり、タッチアップは休止されているところが多い。

だいたい、新作コスメをホイホイと買っても、つけていく機会が減っている。「自分のため」にメイクを楽しんでいたといっても、やはりある程度の人目を張り合いにしていた部分もあったのだよな、と痛感している。

在宅勤務で朝ゆっくり寝ていられるようになったことも、カメラオフでオンライン会議に参加していいことも、本当にありがたいことだ。

それでも、無数の「しなくていい」にどんどん身を委ねていく中で、自分を自分として形作っていた輪郭を見失うような、すさまじい心許なさに襲われる瞬間があった。

ゼロの状態からチューニングを

その波を耐えかねて、私が足を運んだのは、ネイルサロンだった。

ここ1〜2年はセルフネイル派になり、コロナ流行下でも塗り続けてはいたのだが、「人に見られるわけでもないし、ムラがあってもいいか」という思いがどんどん膨らんでいた。

最初は「無理せず塗った適度にゆるいセルフネイル」だったものが、いつの間にか「さすがに自分の目に入るだけでも憂うつになる雑なネイル」と化していく。それはもはや「自分のため」のネイルとして機能していなかった。

どの程度ゆるく、あるいはどの程度きちんと、自分をよそおっている状態が、自分にとって自然なのかが全然分からなくなって、一度目盛りをゼロにするために、他人の手を借りることにしたのだった。

プロによってきちんと労られ、妥協しない技術で飾られた10本の爪を目にした瞬間、ぐじゅぐじゅと流れ出しそうなわたしの一部がせき止められたような感覚があった。そうして、自分のための自分のよそおいも、ちょっとずつチューニングしていくことができた。

「自分のため」の美容とは

まず、気力が持てない時に、メイクやネイル、スキンケアを無理にすることはやめた。ただ、ほんの少しの労力で気分が上がることはむしろ頻繁にやるようにした。

その筆頭がシートマスク。去年のどこかのタイミングで通販したきり一度も使わずにしまい込んでいたAbibの「Gummy sheet mask」をここぞとばかりに顔にのせたら、肌の調子以上に心の調子が上向いた。

そして、五感への刺激が限りなく乏しくなっているこの世の中だからこそ、「匂い」に助けてもらうのは、心にも体にも効く美容法だなとも痛感した。

在宅ワーク中もふんわりと香りを感じるだけで頭がシャキッとするし、一人で外にテイクアウトを買いに行く前につけると、ちょっとしたお出かけ気分になれる。人にあまり会わないからこそ、自分が好きな匂いを心置きなく楽しめるようになったと思う。

2019年にベルリンに行った時に購入したローカルブランド・Frau Tonis Parfumの「Eau de Cologne」は、香りだけでなく、当時堪能したベルリンの街まで思い起こさせてくれて、コロナの中で、むしろ前よりも大切さが増したひと瓶だ。

他には、友人へのプレゼントにコスメや美容アイテムを選ぶことも、実は以前より増えた。

前だったら「それぞれの好みもあるだろうし……」と避けることが多かったのだけれど、コロナできっと自分で買う量が減っているに違いないし、相手もステイホームの中で自分を労る気持ちをもっと持てていたらいいなという気持ちから、あえてそうしたアイテムを贈るようになったのだ。

時間帯に合わせた気分で選べるというコンセプトの、ukaのネイルオイルは見た目も価格も程良くて、人にあげた後に自分にも買ってしまった。

反対に、「遅くなっちゃったんだけど誕生日プレゼントです」と会社のデスクに、同僚がリップスティックを置いてくれていた時は、ものすごくうれしかった。それはbareMineralsの「ジェン ヌード ラディエント リップスティック パンコ」で、ひと塗りで顔色をよくしてくれる上品な色合いで、唇をあっという間にもちもちにしてくれた。

そして考える。自分のための美容、とは。

感染拡大する前の、社会や人間関係のしがらみを笑い飛ばせるように、ちょっとずつ「自分のため」を増やしていった日々はもう過ぎた。今度は、疫病の中で、喉につかえた無常感から逃げのびるために、「自分のため」を模索している。

みんなで早く、コスメカウンターに集まって、色とりどりの唇で笑いあえたらいいのにね。

(文:ひらりさ、イラスト:フルカワチヒロ)

※この記事は2021年03月11日に公開されたものです

ひらりさ

1989年生まれ、東京都出身。ライター・編集者。女性・お金・BLなどに関わるインタビュー記事やコラムを手掛けるほか、オタク女性4人によるサークル「劇団雌猫」のメンバーとしても活動。主な編著書に『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。

ブログ:It all depends on the liver.
Twitter:@sarirahira

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