お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

「クリスマスはカップルでデートすべき」という呪い

#知らないと困る結婚の数字

荒川和久

日本に「クリスマス=デート」文化が生まれた背景

そもそも、クリスマスとはカップルがデートをする日ではありませんでした。一体、いつ頃からこの「クリスマスデート文化」が始まったのでしょうか?

ユーミンが起こした「恋人がサンタクロース」旋風

諸説ありますが、その大元のきっかけとなったのは、松任谷由実の「恋人がサンタクロース」という曲だと考えます。この曲は、1980年12月に発売されたアルバム『SURF&SNOW』に収録されていたものです。

この曲の歌詞が画期的だったのは、「クリスマスとは、恋人である男性がプレゼントを持って女性の家に来る」と歌っている部分です。

少なくとも1970年代まで、独身男女のクリスマスといえば、みんなでボーリングなどを楽しむグループクリスマスが定番でした。そんな中、ユーミンのこの曲は、「クリスマスは、カップルが2人きりで過ごす夜なのだ」という新しい提案でもあったのです。

この曲は、1982年に松田聖子がカバーし、全国的な認知が広まります。

赤プリがクリスマスカップルの聖地に

続く1983年には女性誌『anan』で、「クリスマス特集」が組まれることになります。

その内容というのが「クリスマスイブは素敵なレストランで過ごして、そのあとシティホテルで泊まり、ルームサービスで朝食をとりたい」というものでした。

奇しくもその年は、今の東京ガーデンテラス紀尾井町のある場所に、赤坂プリンスホテルがオープンした年でもあります。赤プリと呼ばれ、クリスマスにはカップルの聖地となりました。

男たちは、付き合っている彼女がいようがいまいが、半年前にホテルを予約します。じゃないと、部屋が埋まってしまうからです。それくらい人気でした。

もちろん、当時赤プリの宿泊料は高額でした。それにもかかわらず、どう見ても20代前半と思しき若いカップルが、イブの夜は大挙して宿泊します。宿泊に加え、レストランでのディナー、夜中にはシャンパンをルームサービスで頼むという、まるで全員がセレブの台本に従って行動しているのか、と疑いたくなるほど同調行動をしていました。

なぜ、そんないかにも見てきたかのように断言できるのかって?

ええ、見ていたからですよ。

僕は当時、赤プリのルームサービスでバイトをしていましたので、まさに目撃者でしたし、各部屋にシャンパンやらフルーツを運んでいました。

とにかくイブの夜は大忙しです。夕方から朝方にかけて、ルームサービスの電話が途切れることはありません。おかげで、こちらは一睡もせず、ただひたすら食事やお酒を次々と運んでいたことを思い出します。

当然、満室の翌朝のチェックアウト時間帯は、支払いのための行列ができ、いろんな意味で地獄絵図のようでした。

ヒットクリスマスソングのほとんどが恋愛ソングだった

また、今でもクリスマスソングの定番のひとつといえば、山下達郎の「クリスマス・イブ」ですが、この曲がシングルとして発売されたのも実は1983年です。もともとは同じ年の夏に発売されたアルバム『Melodies』に収録されていたものです。

この曲を使用したJR東海のCMが放送されるのは、ずっと後の1988年。主演は当時まだ15歳だった深津絵里です。その後、1989年に第2弾として、もっとも有名な牧瀬里穂バージョンが公開されました。

クリスマスの夜、遠距離恋愛中の彼氏が帰ってくる。それを駅に迎えに行く彼女。彼氏を驚かそうと駅の柱に隠れて待ちます。彼氏がどんどん近づいてくる……そんなキュンとする内容のCMでした。そのバックにかかっていた曲がこの「クリスマス・イブ」でした。

なお、クリスマスソングの別の名曲としては、1984年のワム「ラストクリスマス」があります。この曲は、後にEXILEがカバーして有名になりました。

また、1994年の発売のマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」は、フジテレビ系連続ドラマ『29歳のクリスマス』の主題歌に起用され、ミリオンヒットとなりました。

クリスマスソングの名曲は数多くありますが、そのほとんどが恋愛と結びついているものでした。

こうしてクリスマス・デート文化が形成されていったのです。

次ページ:呪いは解けた。「ウチスマス」で無問題

SHARE