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専門家 生活

平安時代の女子の悩みも現代と同じ? 「結婚しよう!」と言ってくれない男たち

堀江 宏樹

男女日本史を通じて、どんなスタイルの結婚生活がフツーだったのでしょうか?
平安時代などでは、男性が女性の家に夜だけやってくる「妻問い婚」こそがフツーだった……と、学校の授業で聞いたことはありませんか? 現代で、こういう関係がOKなら、結婚へのハードルは下がる気もしますね。ただし現代では、民法の第752条に『夫婦は同居しなければならない』とあり、「妻問い婚(もしくは夫問い婚)」を結婚後も続けるのは、世間的な目もあり、難しいかもしれないですが。

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当時、同居したい、と思うカップルは当時はいなかったのか、あるいは同居の夫婦自体はなかったのか? ……というとそれも当然、違います。
実は……長年付き合ってる彼氏が「結婚しよう!」といってくれないのは、現代の女子世代特有の悩みかもしれませんが、「平安女子」だって事情は同じなんです。「平安時代って男性が通ってくるのだけが、フツーの結婚生活だったのでは?」と思うかもしれませんが、それは事実とはビミョーに違うんですね。「妻問い婚」の場合、自分と一緒に過ごしていない時の、相手の夜の過ごし方が気になるのは当然です。

そして、むしろ男性にとって、同居したい女性=正妻という事実は平安時代からあったんですね。だからいつまでたっても男が自分を訪ねてくる「妻問い婚」オンリーの関係だと、現代でいう「いつまでもプロポーズされない」関係と同じわけなんですよ。

平安貴族の結婚といえば「妻問い婚」とのイメージがわれわれにはありますが、実は平安貴族の場合ですら、それはカジュアルな関係にすぎなかった……ということなんです。

同居の正妻がいても、仕事で昇進したとか、人間関係で、当時の男性は他の女性とも結婚してしまいます。正妻の家から別の新しい妻のところに行く時すら、正妻は彼のお出かけ準備をしてやる必要がありました。

平安貴族の女性がするべき家事というのが、夫に衣服を着せてやったり、平安時代後期までは彼の衣服を作ったりすることだったのです!

まぁ、そこまでしてでも正妻あるいは第一夫人の座を守りぬくメリットは、「安定した将来」が約束されていることです。不動産などを継承する権利は女性にもありましたが、日々の生活費を稼いできてくれるのはお仕事をしている人、つまり男性なんです。

清少納言は『枕草子』で、世間に出ては働かない女性より、働いてるほうが女性は魅力的だ!と主張してはいるのですが、一般論としては、むしろ逆。
当時は、女性が顔を他人に晒すことを恥とする時代です。清少納言や紫式部のように女房(にょうぼう)として働くことは、不特定多数の視線に自分の顔を晒すことに等しいわけですよね。ですから、当時の倫理感覚ではやはり恥ずかしいことをしている……とされていたわけです。

さらにこれはあまり知られてはいませんが、女房をしている女性への給与支払いは平安時代も中期以降には、滞りがちだったんです。女房となることで、宮中や、大きなお屋敷での華やかな暮らしを体験できるかもしれません。また日々の食事などはお屋敷から支給されていたり、「女房」として働くための、当時たいへんに高価だった豪華な衣服などが現物支給されたりもしました。

ところが自分の実家より、ずっとお金持ちのお屋敷で働くため、また同僚の女性たちとの付き合いもあって(支給されない)身の回り品などに見栄を張ってしまうと、よけいに貧しくなる、なんてことも考えられたわけです。

……ということで、当時の女性は稼げる、エリートの男と結婚し、専業主婦になることがベスト視されたのですね。そして、できれば第一夫人として彼と同居、多少の浮気には芽をつむってでも主婦の座にしがみつくことが、女性のもっとも安定した未来を約束することだったのですね。現代でも夫が浮気したくらいで離婚してはダメ、なんていわれますが、これは平安時代の貴族の女性たちにも通じる常識だったようですね。

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著者:堀江宏樹
角川文庫版「乙女の日本史」を発売中
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※写真と本文は関係ありません

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