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雑学 生活

強烈すぎて忘れられない学生時代の先生は? 「徳川埋蔵金を探してた」「髪ボーボーなのに頭脳明晰」

怖そうに見えて愛妻家だったり、色違いのジャージを着ていたり、みなさんの学生時代にはユニークな先生がいませんでしたか? インパクトが強すぎて、授業内容よりも先生の個性ばかり思い出してしまうこともありますよね。今回は働く女性に、キョーレツな先生の思い出を語ってもらいました。

■おもしろいけど反応に困ります!

・「高校の物理の先生は冗談が通じずとても怖くみんなから恐れられていたが、たまに物理の授業中にとんでもなくおもしろくないギャグをぶっこんでくるので、みんな反応に困っていた」(27歳/金融・証券/営業職)
・「中学校時代、実習生としてやってきた先生は、歌の練習のときにいつも『はい!』と歌い出しの指示を出すが、必ずタイミングが間違っていた。その上、誰一人つられて歌い出すことがなかったのが、またおもしろかった」(29歳/金融・証券/専門職)
・「高校生の頃、いつもスポーツ新聞を持ち歩いていた社会科の先生がいました。よく授業の合間に読んでいましたが、今考えたらすごく変だったと思います」(28歳/建設・土木/事務系専門職)

先生にツッコミをいれていいものか、学生時代には判断が難しい……。でも、こういう瞬間があるからこそ、怖い先生の授業も楽しく受けられたのかもしれませんね。

■違った意味で熱血教師

・「高校時代の女性の国語の先生。いつも元気で笑顔で面白い人気の先生。黒板の指し棒に星のステッキを使っていた。娘さんと一緒に滝沢秀明のファンらしく、卒業アルバムのクラスのページで、滝沢秀明の写真を掲げて、星のステッキでその写真を指しながら、満面の笑顔で写っていた」(26歳/運輸・倉庫/秘書・アシスタント職)
・「いつも土日と夏休みは徳川埋蔵金を探しに出掛けていた」(32歳/金融・証券/事務系専門職)

授業以外にも、何かに情熱を傾けていた先生もいました! いつまでも夢を追い続ける姿勢を教えてくれていたのでしょうか?

■教科書に載っていますかー!?

・「高校の社会の女の先生。吉田松陰が好きすぎて、日本史のテストに『吉田松陰の辞世の句を答えよ』という問題を出した。そして、その配点が10点だった。60問ぐらいの問題があり、1問1~2点の配点なのに、その問題の配点だけが異様に高かった」(25歳/金融・証券/専門職)
・「中学の英語の先生が中島みゆきを好きで、例題は全部彼女の歌の歌詞だった」(27歳/運輸・倉庫/販売職・サービス系)

ユニークな問題を作る先生もひとりはいましたよね。ちなみに、吉田松陰の辞世の句は、家族に宛てた「親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」と、弟子に宛てた「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」の2つ。これで、次のテストは大丈夫! もう答えることもないけれど。

■先生になるには前世も重要!?

・「中学の英語の先生は『自分はガンジーの生まれ変わりだ』と言っていた。そんなに慈悲深い性格ではなかった」(31歳/生保・損保/秘書・アシスタント職)
・「自分のことを『在原業平の生まれ変わりだ』と豪語する国語の先生がいた」(24歳/金属・鉄鋼・化学/事務系専門職)
・「小学校時代の副担任。『自分を鬼の生まれ変わり』と言っていた」(29歳/金融・証券/専門職)

「ガンジー」から「在原業平」まで、先生たちの前世は幅広いですね。極めつけは「鬼」。それってアバウトですね。

■本当にスゴい先生!

・「中学生の時の英語の先生。TOEICの問題を作っているということだったので、頭は良い方だったと思いますが、服装はだらしないし、髪の毛ボサボサだし、本当に先生かなって感じでした。でも、豊富な人生経験を交えてしてくれる授業がいつも楽しく、学年みんなに人気でした」(29歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

これぞ、ザ・名物先生! だらしない見た目と優秀な頭脳、人生経験に裏打ちされたおもしろい話……。それぞれのギャップが人気の秘密なのかもしれませんね。

どの学校にも、ユニークな先生が一人はいたようですね。思い出すと当時の記憶がよみがえります。高校や大学は異動や退職が少なく、いまも勤務していることもあるので、久しぶりに顔を出してみては?

※『マイナビウーマン』にて2014年2月にWebアンケート。有効回答数216件。

(OFFICE-SANGA 岸 明花里)

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