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又吉直樹が「18歳の頃にSNSがなくて良かった」と言った理由

【特集】28歳に贈る28の選択肢

マイナビウーマンのコア読者は“28歳”の働く未婚女性。今後のキャリア、これからどうしよう。結婚、出産は? 30歳を目前にして一番悩みが深まる年齢。そんな28歳の女性たちに向けて、さまざまな人生を歩む28人にインタビュー。取材を通していろんな「人生の選択肢」を届ける特集です。

取材・文:鈴木梢
撮影:洞澤佐智子
編集:井田愛莉寿/マイナビウーマン編集部

「東京に来て、表現の仕事を選ぶっていうのは、言い訳のしようがないんですよ」

お笑い芸人で作家の、又吉直樹さん。今でこそ芸能界でマルチに活躍する彼だが、小学校から高校までサッカーに打ち込み、インターハイ出場も果たしたほどのサッカー少年だった。18歳で大阪から上京し、志したのはお笑い芸人。サッカー選手も作家も目指さなかった理由は、「お笑い芸人が一番まぶしく見えたから」と話す。

「子どもの頃って勉強もスポーツもして、絵も描くし、いろいろするじゃないですか。でも仕事になったら急に一つを選べと言われる。社会的にそのほうが整理つきやすいからなんだと思います。その中で僕が芸人を選んだ理由は、サッカー選手になれなかったからとか、作家になれなかったからとかではなくて、圧倒的にお笑い芸人がかっこいいと思ったから。それに、文章も絵も音楽も興味があって、テレビでお笑い芸人を見た時にこれだ、と思ったんですよね。お笑い芸人になれば、全部できるだろうと思ったんです」

又吉直樹

そんな彼が18歳で上京してから10年ほどの日々を自伝的エッセイとしてまとめたのが『東京百景』。実は小説『火花』以前に初の単著として発売された書籍だ。『火花』や『劇場』の種になるような文章も収録されており、作家・又吉直樹としての原点がそこにある。

彼の著作には、「何かできると思っていたのに何もできない」苦しみと共に生きる表現者たちが度々描かれる。「東京に来て、表現を仕事に選ぶなら、何もできひん恥ずかしさや苦しさみたいな意識からは逃れられないと思う」。彼がそう話し、著作にも描く理由は、自身が表現者として上京からの10年でもがき苦しんできた経験があったからこそだった。

10代の頃、「SNSがなくて良かった」と語る理由

又吉直樹

「10代の頃から頭の中で考えたことをそのままノートに書き留めていました。それも熟成されていないんで、今見ると恥ずかしいんですよね。分かってないなあとか、自分本位だなとか思う。人間そのままの形だから自分本位でもいいんですけど、それが作品かと言われると作品ではない。でも当時の僕はそれを大層な武器だと思って書いてるんですよね」

今のようにSNSがない時代、10代後半だった彼は日々考えたことを自身のノートに書き留めていた。当時を振り返ると「SNSがなくて良かった」と話す。

「自分の作るものがみんなにとって興味あるものじゃないとか、でもこれは続けたいとか、どうしたら面白くできるんやろとかじっくり考えられたのは、僕にとってはすごく意義のあることでした。当時の僕がSNSで何か発表して、誰かに『分かるぞ』と言われたら、それで満足してたと思うんです。その先を考えなかったかもしれない」

SNSが世間に広まってからすぐに“共感”の時代が訪れ、人々は他人の発言に共感の意を気軽に示すようになった。それはもちろん良いことでもあるが、表現においては悪いことでもある。

「表現者としての目標があったら、『これじゃ選ばれないんだな』って思う経験はあった方がいいと思います。僕は、嫌な気持ちで寝る夜ってすごく多かったですね。誰にも相手にされなかったな、全然ウケなかったな、とか。そういう経験をして得るものってあるじゃないですか。それに、初めて作ったものが少し人の目に触れて評価されて、満足してしまったら、ぶっ壊して新しく作ろうなんて気持ちは無くなってしまうと思うんです」

又吉直樹

表現を仕事にしていくつもりがあるのであれば、身近なごく少数の評価で満足してしまっては厳しい。しかし世の中、そればかりが仕事ではない。誰もがそれを求める必要はない。にも関わらず、私たちは時折個性の表現を強制されているような窮屈さを感じる瞬間に出くわす。あえて表現者である彼に個性のあり方について問えば、こんな答えが返ってきた。

「個性って言葉が誰かを救うなら素敵やなと思うんですけど、『個性なかったらダサい』みたいなのは違うと思いますね。例えば、昔は甲子園なら四番がすごくかっこいいなと思いながら見てました。でも20代の終わり頃から、スタンドから応援してる補欠部員の人生に興味が出てきたんです。思ってたよりも面白いことが世の中にはいっぱいあるんだな、多様なんだなと思って。それまで差をつけて考えていたことが恥ずかしい。自分がコントで書くなら、小説に書くなら、補欠部員が主人公だな。もちろん四番もかっこいいな。それぞれにめちゃくちゃ良いじゃんって思えるようになってきたんです」

今の世の中では、そもそも、打ち出してしまったらそれは個性ではない。誰しも何かしらにじみ出る個性があるものだ。物語の主人公たちも、特別な人間ばかりではない。

なぜそのような考えに至ったのか。ちょうどその頃、お笑い芸人として初の単独ライブを開催、文筆業も徐々に増えるなど、彼にとって渇望していた自己表現の場が与えられる機会が増えてきていた。表現欲求が満たされてきて、しんどさが軽減されたことで、視界が開けてきたのかもしれない。

そしてそんな20代の終わり頃、29歳の時、初めて文章を連載する仕事が舞い込んできた。

又吉直樹

自分が「どういうものになりたいか」の先にあるもの

20代の間に表現と葛藤し続けてきた彼は、雑誌でコラムを書いたり、共著を出したりと、徐々に文章を発表する場を与えられるようになってきた。そして29歳の時、編集者から「連載を始めてみないか」と声を掛けられた。それが『東京百景』のもととなった自伝的エッセイの始まりであり、上京から10年が過ぎた頃だった。

『東京百景』という作品は、太宰治の『東京八景』に擬えたものだ。作中に太宰はこう書いていた。

“私は、ことし三十二歳である。日本の倫理に於ても、この年齢は、既に中年の域にはいりかけたことを意味している。また私が、自分の肉体、情熱に尋ねてみても、悲しい哉それを否定できない。覚えて置くがよい。おまえは、もう青春を失ったのだ。もっともらしい顔の三十男である。東京八景。私はそれを、青春への訣別の辞として、誰にも媚びずに書きたかった。”

30代に差し掛かった折の、連載の打診。太宰と同様に“青春への訣別の辞”として、上京からの10年を書き留めておきたいと思った。

初の連載の仕事、初の単独ライブ開催、思い描いた表現の場が与えられ、尊敬する人々や友人も増え、自分が何者であるかが見えてきていた。そうして視界が開けていくにつれ、喜びと恐怖を覚えていた。

「29歳くらいの時、めちゃくちゃ人生が楽しくなってきたんですよ。でも同時に、怖いなとも思って。嫌だな、しんどいな、とかそういう感覚をエネルギーにしてネタ作ったり文章書いたりしてきたのに、楽しくなったら何も作れなくなるんじゃないか、と思ったんです。だから嫌なことも、自分の中の感覚が変わってしまう前に書いときたかったんですよね」

そうして連載を開始、文筆を通して、もがき苦しんだ20代と向き合うことを始めた。しかし恐れていた感覚の変化も、何も作れなくなるような事態も、訪れはしなかった。そもそも“めちゃくちゃ楽しい”感覚自体が幻のようなものだったと気付いた。

「別にたいして変わらず、30歳は29歳ほど楽しくなかったし、結局そんなに大きくは変わらへんなと。楽しいことがなくなるわけじゃないけど、何か自分のやり方が一変することもなかったです。楽しいなと思うのと、しんどいなと思うのと、常に二つの線が同時にある感じになりましたね」

お笑い芸人として売れる日を夢見て日々を過ごしながら、並行して文筆業も続けた。そして2015年、小説『火花』で第153回芥川賞を受賞した。

彼がもがき苦しんだ時代に比べ、誰もが自由に表現を発信し、評価してもらえる時代になった。その権利が与えられると共に、「何者かになれるチャンス」までもが誰しもに与えられたと感じる人は少なくないかもしれない。しかしそうして表現の道を志すほとんどの人々が、実際のところは何も形にすることができない恥ずかしさや苦しみを抱えながら生きているのではないか。

「最終的にどういうものになりたいかですよね。誰かに名前をつけてもらいたいとか、友達に“素敵だね”と言われたいだけなら、いろんな方法があると思うし、それでなんの問題もないと思うんです。でも、もっと突き詰めていった先に、楽しくない時期を乗り越えて、経験したからこういう考え方になったなとか、面白いこと発見できたなってこともあるじゃないですか」

「お笑い芸人になれば、全部できるだろうと思った」と自身の表現欲求だけを頼りに上京してきた青年は、表現を仕事にすることを諦めず、いつだって表現に対して真摯に向き合ってきた。苦しみから逃げ出すどころか、楽しい時期が訪れれば、苦しみを失う怖さに怯えた。

表現者だけに限った話ではない。最終的に何かをつかむのは、どんな自分でありたいかを見極め、真摯に向き合い続けて逃げなかった人だけなのではないだろうか。

INFORMATION

又吉直樹著『東京百景』(角川文庫)

東京百景

振り返れば大切だったと思える、「ドブの底を這うような」青春の日々の記憶――。

芥川賞受賞作『火花』、映画化で話題の原作小説『劇場』の元となるエピソードを含む100篇のエッセイからなる又吉文学の原点的作品『東京百景』が7年の時を超え、百一景と言うべき加筆を行い待望の文庫化。18歳で芸人になることを夢見て東京に上京し、自分の拙さを思い知らされ、傷つき、苦しみ、後悔し、ささやかな幸福に微笑んだ青春の軌跡。東京で夢を抱える人たちに、そして東京で夢破れ去っていく全ての人たちに向けて描く、いくつもの東京の景色とは。

▼又吉直樹×のん 朗読動画「東京百景」
https://www.youtube.com/watch?v=Gl32MSson9c

▼又吉直樹YouTubeチャンネル「渦」はこちら
https://www.youtube.com/channel/UCXPu1w_qdV3BJgs3dej5bjQ/

 

※この記事は2020年09月30日に公開されたものです

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