飛び込まなければ出会えなかった。「アプリ婚」した夫婦の話
人生詰んだ、と思った。
これは半年前、大学時代から付き合っていた彼氏に振られたときの心の声。私は昔から夢みるゆめ子体質で、結婚するなら近所の幼なじみか、学生時代の先輩や同級生、会社の同期あたりといわゆる“自然な出会い”を果たし、長く付き合った末に……なんてことをひたすら考えていた。
でも彼に振られた今、その可能性はほとんど詰んだ。わずかに残るのは「会社の同期」との可能性だけど、今のところ恋愛対象には見られないし。つまり、私のまわりにはドラマや漫画に出てくるような出会いはもう転がっていない。新たな出会いを探すとしたら、結婚相談所かマッチングアプリか。でも、なんとなく私の思い描く“自然な出会い”とはかけ離れていて、抵抗がある。
それが、あるひと組のカップルに出会う前の正直な本音だった。
そのカップルと待ち合わせしたのは、昼下がりの公園。木漏れ日のなかで仲よさそうに寄り添いながら、2人がやってきた。タクヤさん35歳、ユキさん33歳。恋愛・婚活マッチングサービス 『Pairs』で知り合って結婚した、コピーライターとデザイナーのカップルだ。
「誰と、どんな結婚をしてもいい」。そんなテーマを打ち出した特集をスタートするのに、私の価値観は今まさに逆行している。だからこそ、2人の話を聞くべきだと思った。
リアルだけでは世界が狭い。2人がアプリをはじめた理由
――お2人はどうしてマッチングアプリをはじめたんですか?
ユキさん(以下ユ):20代のころは、周囲から仕事についてアドバイスをもらうことが多かったんです。でも、30代に入ってから途端にその内容が「結婚どうするの?」「出産は? 早くしなきゃ」と声をかけられることに変わっていきました。私自身の気持ちとは裏腹に、結婚のことばかり気にする周囲に正直ムカッときて。「そんなに言うんだったら1年後、見てろよ!」という気持ちで婚活をはじめたんです。
――じゃあ、ユキさんは婚活の手段としてアプリを選んだんですね。
ユ:いえ、その前に婚活カフェや結婚相談所に行って、いろんな方とお会いしました。でも、なかなかうまくいかなかった。それである日、ヤケになってお酒をたくさん飲んでいたんです。家で飲みながらスマホをいじっていたら、たまたまPairsの広告を見つけたのがはじまりでした。あのときの私は、アプリを通して結婚相手を探そうとまでは考えていなかった。それよりも、婚活を続ける毎日のなかで満たされない何かがあって、それを埋めてくれる人を探していました。「心が通じ合える人」という観点でプロフィールを見て、マッチしたひとりが今の主人だったんです。
――タクヤさんがマッチングアプリをはじめたきっかけは?
タクヤさん(以下タ):僕、アプリをはじめる前はまともに恋愛したことがなかったんです。昔は体重が100kgもあったから、女性から相手にされることもなかった。でも、年齢を重ねるごとに結婚を意識するようになって、このままじゃいけないと思ったんです。そこで体重を33kg落として、恋愛と向き合うようになった。で、合コンに行ったんですが……。
――合コンでの出会いは、なかなかうまくいかなかった?
タ:それはもう大変な思いをしました。合コンで出会った女の子から、財布みたいに扱われてしまった過去も(笑)。LINEで何回かやりとりした子が、会うときに場所を指定してくるんですよ。「六本木の高級レストランにしよう」って。それで、会計のタイミングになるとお手洗いに消えて、戻ってくると同時に「もう支払ってくれちゃった?」なんてわかりやすい態度をとられたり。合コンで出会う相手は悪い子ばかりというわけじゃないだろうけど、自然に生まれる出会いだけでは世界が狭すぎると感じたんです。だから、アプリを使ってみようかなって。
ユ:はじめて彼女ができたのも、Pairsがきっかけだよね?
タ:そうそう、30歳のころかな。その方とは半年で別れてしまったけど、マッチングアプリは彼女ができるたびに入退会を繰り返して、妻に出会うまでに3回くらい利用しました。
言葉を見れば、相手のことがわかる。だから怖くない
――アプリ上では、お互いのプロフィールのどんな部分に惹かれましたか?
ユ:彼のプロフィールに使われていたのは、鏡越しの自撮り写真。カッコつけていない雰囲気が好印象でした。音楽の趣味が一緒で、フジファブリックが好きだと書いてあるのを見つけたときはうれしかった。そして、何よりも使われる言葉ひとつひとつがていねいだったんです。
タ:僕だって彼女のプロフィールは鮮明に覚えてます。それはもう強烈だったから。多くの女性は、自分がキレイに写った写真を載せますよね。でも、彼女はちがった。自分の写真すらUPしていなくて、そこにあったのは画家である彼女の父親が描いたイラストだけ。
「いいね!」をもらったときは「なんだこの人、なんで顔出さないんだ」って戸惑った。でも、なぜか興味がわいてやりとりをしてみたいなと思ったんです。僕はそのとき2~3人の女性とマッチングをして メッセージ交換をしていたんですが、そのなかでも彼女は特別でした。彼女が使う言葉には駆け引きがないし、どこまでも自然体。それですぐに会いたいなと思ったんです。
――プロフィール欄に情報が書いてあるとはいえ、相手のことはアプリ上で交わしたメッセージでしか知り得ない。実際に会うことに不安はありませんでしたか?
タ:不安がゼロだと言ったら嘘になります。それでも僕は「言葉を見れば相手のことがわかる」と思うんです。たとえば、メッセージを送ってくる時間帯やタイミングから相手の生活が見えてきますよね。それに、言葉の選び方ひとつをとっても「真面目な人だな」「チャラいな」とかって感じること、ありませんか? 言葉はごまかしがきかない。最初は偽ることができても、だんだんとその人のことが見えてくるものだから。
ユ:実は彼、会う前にPairsを退会しているんですよ。「もう君一筋にする」って。
――会う前に? 相手がどんな顔をしているかさえ、まだわかっていなかったのに?
タ:言葉を通して彼女に惹かれている自分がいました。それに、恋愛に保険をかけてもロクなことがない。会うことを決めたのにまだアプリを続けていたら、それこそ何を言っても薄っぺらくなっちゃうじゃないですか。自分が嫌だと思うことは相手にもしたくなかったんです。
飛び込まなければ「出会えない縁」だってある
こうして実際に会うことになった2人。ユキさんは、目を見てじっくり話を聞いてくれるタクヤさんを見て、「こんなに自分をわかってくれる人がいるんだ」という安堵感を抱いたという。距離が縮まるのに時間はかからなかった。なんと、出会ったその日から付き合いはじめたという。
その後順調に交際は続き、付き合ってから1年後に2人は結婚した。サプライズは苦手なはずのタクヤさんがクリスマスの夜にプロポーズをした話なんて、もう最高だ。私も2人のように素敵な恋がしたいと心からあこがれた。でも、ひとつだけ。やっぱり気になっていることがある。
――マッチングアプリを通してパートナーと出会ったことは、周囲に打ち明けていますか?
タ&ユ:はい、話しています。
――私の友人にもアプリを通して付き合った子がいるんです。でも、彼女は「結婚式で馴れ初めをなんて話そう」と悩んでいて……。お2人は、打ち明けることに抵抗はありませんでしたか?
タ:僕は相手によって伝え方を工夫してるかな。それは出会いのきっかけを話すのに抵抗があるからじゃなく、「アプリで出会った」と言っても通じない年代の人もいるから。インターネットを使って、と噛み砕いて話してみるとか。
ユ:むしろ、私はこの出会いを正々堂々とまわりに伝えていきたいと思っています。だって、別に悪いことをしているわけじゃない。もちろん、伝える前に緊張する気持ちはすごくわかります。それでも私は堂々としていたい。彼と私のように、飛び込まなければ「出会えない縁」だって絶対あるんです。
――アプリだからこそ、ユキさんはタクヤさんに出会えた。今幸せな2人が存在する事実があるからこそ、この出会いはすごく大切なものなんですね。
ユ:両親が“どこで出会ったか”は関係なく“いい人に出会えたこと”を純粋に喜んでくれたのも、私のなかでは大きな意味がありました。はじめは、アプリ婚を受け入れてもらえるのか、自分のなかで少なからず不安もあったんです。でも、両親にすんなり「よかったね」という反応をもらえたからこそ、それからは誰に言っても怖くないと思えるようになりました。出会いはどこにあるかわからない。偏見よりも、ひとつひとつの出会いを大事にする気持ちのほうがきっと重要だから。
私たちは「誰と、どんな結婚をしてもいい」
好きな人と一緒にいたいから、結婚がしたい。いつだって、私の中にはそんな絶対的な理由がある。だけど、ときどきそれが「他人からどう見られるか」「人並みから外れていないか」という切っても切り離せない価値観と交差して、他人軸の結婚観にすり替わっていく。
「誰と、どんな結婚をしてもいい」
原稿を書く前、もう一度この言葉の意味を考えてみた。もちろん、すぐに結論はでない。それでも2人に出会った私が紡ぐ今日の文字たちは、きっと何かがちがうはずだ。
(取材・文:井田愛莉寿/マイナビウーマン編集部、撮影:洞澤佐智子)
※この記事は2018年09月26日に公開されたものです