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ベルラインが奏でる音と一緒に。素直すぎる彼と私 #ベルはまだ聞こえない

夏生さえり

後藤恵

“ベル”という名前の通り、「教会の鐘」を想起させる丸いシルエットが特徴のベルラインのドレス。中世ヨーロッパの貴族がフォーマルな場所で着ていたドレスデザインがもととなり、それ以来、根強い人気を博し続けている王道ドレスです。


「プリンセスライン」とのちがいは、ウエスト部分に切り返しがあること。ふわっと広がるドレスのおかげで、脚長効果も抜群。背の低い人はウエストを高く、背の高い人はウエストを低くすることができ、どんなスタイルの人でも似合う万能ドレスです。

華やかで存在感があるドレスのため、大きな会場でよく映えます。ヘアスタイルやメイクをシンプルに抑えると、ドレスがより美しく輝いてくれるのです。

かわいらしい雰囲気を好む人に愛されているベルラインドレス。きっと選ぶのはこんな2人——。

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「かわいい! かわいすぎる! すごい!」

彼が大きな声で言い、試着を手伝ってくれたドレススタッフが「ふふ」と笑うのが見えた。

いくつかのドレスを試着して、最後に着たのが「ベルライン」だった。テレビなどでよく見る教会の鐘、“カリヨン”に由来しているらしい。カラーン、カラーンと鳴り響く鐘。あの音が鳴ると、不幸が追い払われると言われているそうだ。そんな風に教えてもらいながらドレスを着せてもらい、鏡を見た瞬間「あ、これにしようかな」と思った。

ウエストあたりの切り返しのおかげで、スタイルがよく見える。ウエストが締まっている分、ドレスはふんわり広がって美しい。ころんとしたシルエットがわたしにはよく似合う気がする。もっとも、決め手になったのはカーテンを開けた直後の、彼の反応だったけれど。

「かわいいね、すごいね」

カメラを向けて、何十枚も写真を撮りながら「かわいい」を連呼する彼に「ちょっと、言いすぎ」と注意をした。けれど、その声にうれしさがにじんでいるのは、自分でもわかっていた。

ちらっとスタッフを見て(ほら、ほかにも人がいるでしょう?)という視線を、彼に飛ばす。わたしの視線の動きは、たしかに彼に伝わったようだった。

しかし彼は、くるっとスタッフのほうを向き、こう言うのだ。

「え、でも、実際めっちゃかわいいですよね?」

スタッフは「ええ」と言いながら、小さく笑っていた。ここまでくれば、恥ずかしさよりもうれしさが勝った。

彼の素直なところが好きだ。感情表現が豊かで、それを隠さない。これまで天邪鬼で素直でなかったわたしも、彼と一緒にいるようになってずいぶん素直になれたように思う。まだときどき意地を張ってしまい、くだらない喧嘩をしてしまうことも多いけれど、それでも徐々に彼のようになれたら。そんな風に思えるだけで、この人を選んでよかったと、何度でも思える。

それにしても彼の素直さと言ったら、なんだか、もう“犬”みたいなのだ。わたしを見るとうれしそうに駆け寄ってきて、喧嘩をするとあからさまに拗ねる。自分自身の感情が溢れだしているさまは、見ていて愛おしくなるほど。

試着のあとは手をつないで、その手をすこし前後に振って家へ帰った。彼の機嫌がいいときの癖だ。ぶら、ぶらと前後に揺れる2人の手をじっと見つめた。

一旦保留にしてもらったけど、あのドレスに決めよう。家の鍵を取り出しながらそう誓って、バタンと玄関がしまった瞬間、抱きしめられた。真っ暗な玄関で、大きな手が身体にしっかりと回って。

「本当にかわいかった。本当に好きだなって思った」と言う。ずるい。前言撤回、こんな色っぽい犬はいない。

当日は、いつもより高いヒールを履いた。自分で言うのもなんだけれど、メイクもきちんとしたわたしは、いつもの何倍もかわいかった。きっと彼も、喜んでくれるだろう。コンコンとノックが鳴り、準備を終えた彼が入ってくる。

「すごいね」

彼はそう言い、初めてドレスを見たときと同じように目を潤ませている。

「なにが、すごいの?」
「こんなにかわいいなんて」

おもわず笑ってしまう。そっちこそ、そんなにカッコいいなんてすごい。そう言いたいけれど、スタッフの目が気になって言葉を飲み込んだ。

「本当に、ずっと一緒にいてくれるんだね」

彼は、おかまいなしで続ける。誰の目も気にせずに、わたしだけをしっかり見つめて。うれしいとか、ありがとうとか、いろんな言葉が思い浮かんで、すべてを飲み込もうとした瞬間。小さく「幸せ」と声が漏れた。心の底から、漏れた言葉だった。

「いま、幸せって言った?」

ハッと見るとうれしそうな顔をしている彼。うれしいとき特有の、目尻のシワ。口元の緩み。

「言ってない」
「言ったでしょ」
「言ってませんー!」

くすくす笑って、彼から逃げようと一歩離れるとドレスが大きく揺れた。

瞬間、ドレスのふくらみが脚にトン、と当たった。もしこのドレスが本当に鐘だったら、鐘はカランと鳴っただろう。ドレスは鳴らない。でも、それでも。ドレスの揺らめきひとつで、不幸なことは全部追い払えてしまえるような、そんな気がした。

「ベルはまだ聞こえない」

 

 

 

(文:夏生さえり、イラスト:後藤恵、構成:マイナビウーマン編集部)

※この記事は2018年08月15日に公開されたものです

夏生さえり

フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計18万人を突破。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『やわらかい明日をつくるノート』(大和書房)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)。

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