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モテない美人がやめた「たったひとつのこと」

マイナビウーマン編集部

前回のお話はこちら

薫の言葉で心に変化があったあい子。そんなときに現れた男性は、今までだったら見向きもしない人。さて、彼女は一体どうするのでしょうか。

あの日、私はすべてを薫に打ち明けた。そしたら思いがけず、すっかり意気投合したのだ。

そして私は無駄な労働から、自分を解放した。誰かに選ばれるためにしてきたことの一切を辞めた。永遠のストライキだ。

スト開始から1カ月、薫と食べログにも載らないような小さい居酒屋を開拓しては夜な夜な2人酒を楽しんでいる。寝る前には、“あそこは失敗だったね”とか、“おいしかったけど枝豆がないのはいかがなものか”なんてLINEを送り合ってはニヤニヤしている。そんなときに、ふと気づいてしまったのだ。

これとまったく同じような会話を、男の話題でやってたんだな、私。

どれだけ着飾ってもどれだけ男に媚びても、こんな女に魅力なんてない。こんな女にまで成り下がって、私は何がほしかったんだろう?

そうだ、私はラベルがほしかったのだ。誰かに私という人間にラベルを貼って、一番高い棚に並べてもらいたかった。そして、その高い棚に手が届く男から選ばれるのをただ待ちたかった。って、言葉にして自分が一番引いてる。

そして今日も最近お気に入りの居酒屋で薫と飲んでいる。赤提灯のお店はどこも駅から離れているので、何億光年ぶりかにスニーカーを買った。もくもくの煙に身をまとうんだから、服装は洗濯機でガシガシ洗えるTシャツにパンツ。おいしいおつまみを大きな口で頬張るのに楽ちんだから、髪型はおだんご。

なんでだろう。なんか悪くない。ユニクロは最高。GUはもはや神。以前の私ならファストファッションはZARA以外に手を出したら負けって思ってた。誰と戦ってたかって? センスがない自分と戦ってたの。お金が許すなら、マネキンが着てるやつそのまま全部くださいって言いたいくらい。素の自分のままで華やかに着こなせる由美がうらやましかったっけ。

今の私は“男性に選ばれる”女じゃないかもしれない。でもいいの。

完全に、恋愛<<<<<<<<薫との赤提灯だから。

「はい、イカの塩辛ね」

大将がナイスタイミングでカウンター越しから差し出す小鉢。

「ありがとう!」

思わず食いしん坊万歳みたいな笑顔を大将に向けてしまう。

「よし……」と小さく呟いていただきます。じゃがバターの上にイカの塩辛をのせて、大きな口で頬張る。そして、ハイボールをひと口、いや二口ゴクリ。ああ! 幸せ。

「それ、おいしいんですか!?」

振り返ると、そこには同い年くらいの大きな男が立っている。ちょっとくたびれたTシャツにハーフパンツ、足元はビーチサンダル。1分前まで海の家で働いてたのかな? という風貌。それにしても、びっくりするほど日に焼けている。

「あ、え、ええっと……じゃがバターとイカの塩辛のこと?」

「そうそう! さっきおいしそうに一緒に食べてたでしょう?」

「これはね、この子が北海道旅行に行ったときに出会った食べ方なんだって。私も初めて食べてハマッたの! おいしいよ、おすすめ!」

ぽかんとしている私に代わって、薫が答える。薫は誰とでも同じテンションで話せる。私はいきなり話しかけられると、相手の様子を伺ってしまう癖がある。薫ってすごいなぁって関心していると、大将がめずらしく会話に入ってきた。

「こいつはね、マサっていうんだ。実家の花屋を継ぐために東京の花屋で修行中。よくひとりでうちに来るんだよな」

思わず噴き出してしまった。みんなが不思議そうな顔でこちらを見ている。

「ごめんなさい! でも、その見かけで花屋っていうのがシュールすぎて……」

それから、私たちは3人でカウンターに並びポツポツと会話を続けた。マサは私たちより2つ年下で、東京の花屋で経営ノウハウなどを学んでいること、花屋はこうみえて体力勝負なこと、修行は今月で終わり8月には故郷に帰ることを話してくれた。

「外の世界に出て、お金を稼ぐことの大変さを一から学んでから実家を継ぎたかった」

そう話す彼の顔を見つめながら、年下なのになんて人生に誠実なんだろうと感心した。私なんて男に選んでもらって、そのままその男の人生に乗っかろうとしてたんだから。

「あんたは偉い!」

うっかり酔っ払った勢いで肩を叩いてしまった。それを見て薫が爆笑している。そしてマサと私は同郷であることが発覚し、地元ネタで大いに盛り上がり、世間は狭いなあと思ったりしたのだった。

酔い覚ましにひと駅分歩いて帰る。お気に入りのスニーカーを見つめながら、しっかりと踏みしめるように歩ける靴って素晴らしいよなぁと思う。

ふと立ち止まって薫にLINEをする。

「ねえ私、生まれてはじめて男の子の友だちができたよ」

見上げた夜空に東京とは思えないくらい大きな満月が輝いてる。まるで私に会いに来てくれているように思えた。

―――――半年後――――――

チン!

できたできた。電子レンジを開けるとほんのり甘い香り。最近、レンチン熱燗にハマッている。今日はこれを飲みながらコタツでぬくぬくする日。おつまみはコンビニのおでん。明日はお休み。こんな幸せな金曜日あります? 合コンという戦場にいる全女子に伝えたい。この極楽を。

ふとスマホを見るとLINEがきている。きっと薫だ。来週に迫ったクリスマスイブは、2人でベストオブ赤提灯のお店を決定し、そこに行くのだ。今のところ意見は割れている。

どれどれ? と開くと、それは薫じゃなくマサだった。

あの出会いの2週間後にマサは地元に帰ってしまったが、ちょくちょく連絡をくれていた。お盆休みは、帰省したら飲みに行こうという誘いも。でも、私は帰らなかった。私だって、地元は好きだ。海からの暖かい風もやしの木が並ぶ国道も。駅前の赤提灯がたくさん灯っている光景なんて、思い出すだけで今すぐ飛んで帰りたいくらい。

でも、どうしても思い出すのだ。あの恋を。何もわからないままはじまって、有頂天になってそして突然消えた恋。今なら納得できる。リョータが私と一緒にいると退屈だったことも、私の名前すらちゃんと覚えられなかったことも。もっとさらけ出せばよかった。名前、まちがえてるよって普通に言えばよかった。ついでに名前の由来のひとつでも話せばよかった。今なら、私よりバレー部のあの子のほうが魅力的だって痛いほどわかるよ。

だってあの子、薫にとっても似てるから。

女の私でさえ魅力的だと思う薫に、私は今でも敵わないもの。

振られたあとの高校生活は地獄だった。狭い田舎だから噂なんてすぐ広まった。私は陰でこう呼ばれていた。

“賞味期限1カ月の美女”

だから高校卒業後、逃げるようにしてこっちの大学に進学した。

そんな辛い過去を引きずりながら、自分の人生をしっかり歩むマサと地元で会うのはどうしてもできなかった。

はじめのころは近況や地元の様子を送ってきてくれたマサだったけど、返信の間隔が遅くなるにつれて連絡も少なくなった。前に連絡がきたのは10月にあった地元の祭りの様子だっけ。マサは賢い子だから、私が帰りたくない様子を察したのかもしれない。

冷めないうちに熱燗をひと口飲んで、LINEを開く。

「あい子ちゃん、年末は帰っておいで。大丈夫だから。俺が空港まで迎えに行くよ」

のど元から熱いものが流れて、胸元がじんわりとあったかくなるのがわかった。これが熱燗のせいなのか、マサのせいなのかわからない。でも、私は自然と返事を打っていた。

「マサ、ひとつお願いがあるの」

「なに? お金ならないよ?(笑)」

「あのさ、空港まで迎えに来てくれたら、そのまま地元の宮崎で一番おいしいチキン南蛮食べに行こう!」

薫とおいしいものを飲んで食べて3kgも太った私を見て、マサはどう思うだろうか。きっと、ケラケラと笑ってくれるだろう。全然気にしなくていいじゃんって言われてすっかり安心した私は、きっと大きい口でチキン南蛮にかぶりつくんだ。向かいにはマサがいる、それだけで私はきっと大丈夫。

(文:桑野好絵/マイナビウーマン編集部、イラスト:黒猫まな子)

※この記事は2018年08月04日に公開されたものです

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