【#4】「家の呪縛を断ち切りたい」地元の男尊女卑から解放された紗希子さんの場合・後編
“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?
結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。
「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。
放送業界でプロデューサーとして働く藤森紗希子さん(仮名/37歳)と、同じ業界でディレクターとして働く夫。二人とも家父長制の根強い地域の出身で、「“家”の呪縛を断ち切りたいから」という理由から子なしを選択している。
仕事の都合で別居婚しているものの、とても仲が良い藤森さん夫婦だが、周囲からは偏見の目で見られることもあった。
母の理想は「実家近くで、堅い職業の人と結婚、出産してほしい」
私の両親も、離婚はしていないものの、別居していて、仲は良くありません。母に「子どもを持ちたくない」ということは言っていませんが、きっと察しているでしょう。
母は、幼い頃から私に「実家の近くに住んで、公務員などのお堅い職業の人と結婚して、子どもを産んでほしい」と言っていました。私が放送業界のディレクターと結婚して、あっちこっち飛び回りながら生活して、さらに子どもも産まないなんて、母の理想とは真逆なんです。
母にとっては、子どもや孫を自分の近くに置いて、みんなに囲まれて暮らすのが「幸せの証」なんだと思います。私の地元の同級生の中にも「子どもを産まないなんて、親がかわいそう」などと言ってくる人もいますし、いまだに「家族はみんなで近くに住んで、三世代で一緒に生活するのが幸せ」という考えが地元では根強いです。
母も、内心は私に子どもを産んでほしいんだと思いますが、そんなことを言ったら私とは絶縁状態になるだろうとわかっているので、何も言ってきません。
子どもがいない=夫婦仲が悪い=不倫してる?
別居婚で子どもがいないことで、周りから「夫婦仲は大丈夫なの?」と心配されることもあります。「めっちゃ仲良いから大丈夫です」と返しますが、余計なお世話ですよね。
さらに、私がビジネスパートナーの男性と二人でいたとき、不倫を疑われて、変な噂を流されたこともありました……。もちろんその男性とは、不倫関係は一切ありません。
「別居している」かつ「子どもがいない」ことで、「夫婦仲が上手くいっていない」「不倫しているのではないか?」と思ったんでしょうね。
ひどい偏見だなと思います。同居していても、子どもがいても、仲が悪い夫婦だってたくさんいるのに。
他にも「将来、二人だけで大丈夫なの?」とか「子どもがいないと寂しいよ」とかもよく言われますね。
介護要員がいなくて大丈夫? ってことなんだと思いますが、子どもがいたら将来安泰ということでもないですし、私の母親や夫の父親のように、子どもがいても寂しい老後を送る人もいます。つくづく変な話ですよね。
産んでも産まなくても、少なからずは後悔する
私たちは結婚7年目なのですが、子どもについては事あるごとに「本当になしで大丈夫?」という確認をし合っています。私も夫もアラフォーで、身体的なリミットもありますし。
私は今の生活がめちゃくちゃ楽しいので、やっぱり子どもはいなくていいと思うのですが、「いつか後悔するのかな」と思うことも、正直全然あります。
私自身は子どもが好きだし、夫との子どもなんてそりゃ絶対かわいいでしょうから。そんな存在が得られない、もう戻れないという後悔は、いつかするかもしれません。
でも、産んでも産まなくても、どっちにしろ多少は後悔するものだと思うんですよ。
私が子どもを持たないことについて前向きに考えられている理由は、子なし夫婦のロールモデルが身近にたくさんいるからだと思います。
業界の先輩方には、すごく仲が良い子なしのご夫婦がたくさんいて、そういった方々を若い頃から目にしてきました。
結婚して20年以上夫婦だけで楽しく生きている人たちもいるし、逆に夫の両親や私の両親のように、結婚して子どもがいるけれど幸せそうには見えない人たちもいる。子どもの有無と幸福度は関係ないんだということを、身近な例を見て知ることができました。
ちなみに、離婚して本家を出ていった夫のお母さんとは交流があって、仲良くさせていただいています。「あなたたちは自由に生きるべき。好きにやりなさい」と私たちを応援してくれています。
同じ地域で生きていても、私たち夫婦や夫のお母さんのように「家父長制の呪縛を断ち切りたい」と思って逃げる人もいれば、若い世代でも「子どもを産まない・家を継がないなんて親不孝だ」と言ってくる人もいて、考え方は人それぞれです。
いろんな人がいるけれど、大切なのは私たちが何を選択するか、どのように自分たちの人生に責任を持つか、だと思います。
「自由」に代償はあるのか?
将来、いま自由に生きていることの代償がいつか出てくるのかどうかは、その時になってみないとわかりません。
夫とは「とりあえず後悔のないように生きよう」と話していて、仕事でもリスクのあるチャレンジをしてみたり、そのために別居婚に踏み切ったりもしてみました。
本当は夫婦一緒に暮らしたいですが、離れた土地でどうしてもやってみたい仕事があり、夫も「今は頑張りどきだから、やってみなよ」と背中を押してくれました。
夫自身も彼のやりたい仕事にチャレンジして、とても充実した生活を送っています。
幼少期は家に縛られて「チャレンジする」という選択もできなかった私たちなので、やってみたいことに挑戦できる今の状況が心からうれしいです。こんな働き方もライフスタイルも、子どもがいたら完全に不可能なことなので、私たちはこれで良かったんだと思います。
10年後、20年後の自分たちにとっての「楽しいこと」がなんなのかはわかりませんが、その時に楽しいと思えることを選択できる状態でいたいと思っています。
夫も私もお互いの自由を大切にしながら応援し合って、たまに二人でおいしいご飯を食べに行くような暮らしができていたら良いですね。
私たちは作品を生み出す仕事をしているので、それが自分たちの子どもみたいなもんだよね、とよく話しています。私たちが生み出した作品は残り続けるし、その作品によって誰かの人生が良い方向に変わったらいいなと思っています。
年を取ることは全く怖くありません。ロールモデルにしたい50〜60代の素敵な先輩方がたくさんいるので、私も年下の人たちからそんな風に思ってもらえるように、かっこよく年を取っていきたいです。
インタビュー後記(文:月岡ツキ)
私自身も、九州ではないが田舎の「本家」の出身で、家を取り巻く呪縛については語り尽くせない思いがあるので、他人事とは思えないインタビューだった。
ともすれば重くなりがちな「家の呪縛」の話だが、紗希子さんは非常にあっけらかんとした明るい語り口で、さまざまな実家・義実家エピソードを話してくれた。
特定の地域への偏見を助長するのは良くないが、実際に紗希子さんやその夫のご実家のような、地方のエピソードはたくさん耳にする。
もっとも、程度の差こそあれ家父長制の名残りや男女差別がひどいのは、九州だけではなく日本全国のさまざまな場所で起こっていることで、どの地域であってもそれは改善されていくべきだ。
そして、紗希子さん夫婦や、紗希子さんの夫のお母さんのように、「家」の呪縛から逃れ、その流れを断ち切りたいと、もがいている人だってたくさんいる。
「家」の呪縛の悪いところは、「家」という名の下に個人の自由を奪うことを正当化するという点だ。家父長制で家族を縛ることの弊害は、なにも女だけに及ぶものではない。
紗希子さんの夫の父も、本当はやりたい仕事があったのに家のせいで断念したという過去があったように、男だって可能性の芽を摘まれてしまうのだ。家父長制は誰も幸せにしない。
「結婚して子どもを産み、家族がみんな近くで一緒に暮らすことが唯一の幸せ。そうしないのは親不孝」と信じている紗希子さんの実家や義実家には、不協和音が漂う。
一方で、「離れて暮らしていても、子どもを持たなくても、お互いを尊重していれば大丈夫」と信じて別居婚をしている紗希子さん夫婦が強い絆で結ばれているというのは、対照的であり、非常に皮肉である。
紗希子さんは「子なし夫婦の先輩たちのように、幸せに生きている姿を下の世代の子たちに見せられるようになりたい」と言っていたが、すでに十分かっこいい人だ。とても心強い気持ちになったインタビューだった。
(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)
※この記事は2024年12月25日に公開されたものです