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【#2】「産みたくない自分」と「妊産婦の健康を研究する自分」で揺れ動く聡美さんの場合・後編

#母にならない私たち

月岡ツキ

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施し、「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。

本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

女性の妊娠・出産について研究している松田聡美さん(仮名/33歳)。だが、自身が子どもを持つことには前向きになれないでいる。それは研究職というキャリアが途絶えることや、それに伴う収入低下への不安といった理由が大きい。

しかし話を聞いていくと、聡美さん自身も自覚していなかった「立場や属性を度外視したときの本当の望み」が見えてきた。

前編の記事はこちらから

https://woman.mynavi.jp/article/241024-3_12000673/

経産婦の話を聞くと「私には無理」と思ってしまう

研究の一環として、妊娠・出産された女性にヒアリングすることがよくあるのですが、出産や育児にまつわる様々なご苦労を打ち明けていただくにつれ、「そんなこと、私には耐えられない」「人間を育てるなんて、私にはまだ無理」と思えてきてしまいます。

さらに、「妊娠・出産で休んだ人のカバーをする側」の気持ちもわかるので、「もし自分がカバーしてもらう側になったら、周りからどう思われるだろう」とも思ってしまう。

私も以前いた職場ではカバーする側になって、フラストレーションを溜めてしまった時期がありました。

社会的には「職場では子どもを持つ人の都合を理解して、応援してあげましょう」というのが正しいあり方だけれど……正直に言えば、「どうして私ばっかり」と不公平感を募らせていました。

そんなふうに考えてしまう時点で私は未熟だし、そんな未熟な私が親になるなんて、なおさらダメなんじゃないかと感じてしまいます。

しかし、私も属性としては「出産適齢期の既婚女性」なので、「産むかもしれない側」として扱われたこともあります。

今の研究機関に入ったのは大学時代の先生づての紹介だったのですが、前任の方が着任後すぐに妊娠して辞めてしまったとかで、裏で「松田さん(私)は年齢的に出産適齢期だけど、“そういうこと”はないよね?」という確認をされていたそうなんです。

大学の先生が親切にその旨を耳に入れてくれたのですが、ショックでした。出産適齢期の女性=そのうち妊娠して辞める人、とみなされるのも嫌ですが、妊娠出産に関する研究をしている機関でもそんなことがあるなんて、なんて矛盾しているんだろうとも思ったり。

ただ、雇う側だってすぐに辞められてしまったら困るという都合もわかるので、なんとも言えない気持ちでした。そもそも妊娠出産に関する負担が女性にばかり寄っているから、仕事を辞めなければならない人が出てくるわけですが。

私だって、まだ大きな研究成果を残せていない今の状況で、妊娠して職場を離れるのは嫌です。周囲から「タイミング、見計らわなかったの?」と言われるのも嫌。直接そう言われなくても、自分が誰かに対してそう思うことがあるから、自分に対してもそう思ってしまうんでしょう。

研究者として、こんな状況はおかしいと思いますし、職場の環境整備や経営陣の意識改革が必要な案件だと感じます。しかし、企業が限られた予算の中でたくさん人を雇うのもなかなか難しい。

また、仮に経営層を女性にしたからといって、むしろ「私のときは子育ての都合で仕事を休んだりしなかった」「親に子どもを預けたらいい」など、女性でありながら経営者にまで到達できた上の世代ゆえの意見が上がることも目に見えています。

年長男性の意識だけを変えれば良いというわけでもなく、本当に難しい課題です。「難しい」と言ってしまったら、考えるのをあきらめるみたいで嫌なんですけど、考えるほど難しくて……。

家族や子持ちの友達には言えない「本当は親になりたくない」

子どもを持ちたいと思わないことについて、キャリアや経済的な理由などいろいろと挙げてきましたが、そもそも私には「親になりたい」という願望が無いのかもしれません。

小さい頃から自分のやりたいことにフォーカスを当ててきた人生で、親になって子どもを支えて育てることは想像してきませんでした。

そもそも自分の母親が精神的に未熟なので「嫌だな」と感じることが多く、しかし私も先に述べたように未熟な人間なので、なおさら親になれないと思うのかもしれません。

母はかなり過保護で、今も私たち子どもに精神的に依存している部分があります。学生の頃は門限が厳しく、外泊なんてもってのほか。社会人になっても長らく母から一人暮らしを禁止されていて、終電で帰宅すれば必ず最寄り駅まで迎えに来るほどでした。

結婚して初めて実家を出ることができましたが、それまでは何度も母が過保護すぎることについて言い合いをしてきました。

家族とは仲が良いし、大切に育ててもらったことには感謝していますが、母を見ていると「人間的に未熟なまま親になること」について、不安を感じてしまうのも事実です。

そんな母も内心は私に子どもを産んでほしいのだと思いますが、直接的には言ってきません。でも、私は長女かつ親族の中で一番年長の子どもで、高齢の祖父母にひ孫の顔を見せてあげられそうなのは私だけ。最後の祖父母孝行をするべきなのではないかという気持ちは捨てきれません。

私自身が「子どもを産めばよかった」と後悔することはなさそうですが、「ひ孫の顔を見せてあげられなかった」という後悔は、もしかしたら残るかも。そう考えると、やっぱり自分自身としては「子どもが欲しい」と思っていないのかもしれませんね。

友達には子育て中の子が多いので、「聡美はいつ産むの?」などと無邪気に聞かれることもあります。親しい仲とはいえ、「子どもを欲しいと思っていない」という考えをそのまま言うのははばかられるので、「いつだろうね〜」などとぼやかしています。

子持ちの友達には言えません。「あなたの選択している生活は大変そうだから選びたくないと思っている」というふうに受け取られてしまうのが嫌で。

子どもを持つか持たないかについて、こんなにこんがらがった思いを抱いていることは、子持ちの人にはわかってもらえない気がします。

少子化対策は「子どもが増えればそれでいい」のか?

正直に言えば、もし子どもを産んでも戻れるポストがあると保証されていたとしても、産みたくない気持ちは変わらないんだと思います。子どもができたら、きっと仕事へのスタンスや世界の見方が変わってしまうから。

その変化を前向きに捉えられれば良いのですが、例えばいま研究に充てている時間が、お迎えや子どもの用事でなくなってしまったり、夫と一緒に過ごせている少ない時間も育児のタスクに消えてしまったりするでしょう。

私は1人の時間も大切にしたいタイプなのですが、きっとそれもなくなってしまう。今と同じような時間の使い方は絶対にできなくなるので、そういう意味ではマイナスが多いと感じてしまって。

結局、私の優先順位の一番上は、私なんです。

将来の理想の生活は、このまま研究職を続けて、収入もあって、夫婦で過ごす時間も1人の時間も確保できている暮らしです。今とあまり変わりませんね。2人で犬を飼ってみるのも良さそうだけど。結局、今の生活でかなり満たされています。

よく「子なしは子持ちを羨んでいる」というような言説がありますが、どうしてそんな風に思うんでしょうね。ただ自分がこれが良いと思って生活しているだけなのに。望んでいて授かれずにご苦労なさった方々もいると思いますが、そうじゃない子なし夫婦もたくさんいます。

私は少子化を解消するための研究をしていますが、何か一つの施策を打ったからといって解決できる問題ではないと思いますし、単にお金を配ってどうにかなるものでもない気がしてなりません。

人それぞれに、様々な理由から子どもを持ちたくなかったり、持ちたいけれど持てなかったりする。私のように、仮にキャリアのサポートや出産・育児のサポートが充実したとしても、やっぱり優先順位を変えられないから産みたくないという人もいる。誰が良いとか悪いとかではないです。

みんながそれぞれ望んだ選択ができるよう、自分に合ったサポートを受けられる社会になってほしいと思います。そんなの綺麗事かもしれませんが。

私から言えるのは、少子化対策は「子どもが増えればそれでいい」という単純な話では決してない、ということだけです。

インタビュー後記(文:月岡ツキ)

聡美さんは当初、「キャリアや経済的な理由から子どもを持ちたいと思えない」と語っていたが、もし今後産む選択をするとしたらどんな理由かを尋ねると「祖父母にひ孫を見せてあげないと後悔する気がして」と返ってきた。

「もし、誰かが代わりにひ孫を見せてくれたら、『産んだほうがいいのでは』という気持ちは軽減されそうです」とも。

聡美さん自身の中には親になりたい気持ちはあまりないものの、家族の中での立場や、少子化に関する研究者である立場などから「本当に産まなくても良いのか」と揺れ動いているようだった。「自分でも考えがまとまらなくて」と前置きしながら、率直な気持ちを聞かせてくれた。

子どもを産んだとしたら「タイミングを見計らえなかったのか」と責められ、産まなかったら「産んでないのに何が分かるの?」と言われる──これはどちらも聡美さんが誰かに言われた言葉ではなく、自分で自分に対してかけている言葉だ。

しかし、実際に言われたかどうかが問題なのではなく、「きっとそんな風に言われてしまう」と彼女に思わせてしまう社会に問題があるのではないだろうか。実際、産んでも産まなくても文句をつけられる社会なのだから。

聡美さんの「私の優先順位の一番上は、私なんです」という言葉を読んで、「子どもがいない女性は自己中心的だ」と思った人がいたとしよう。それこそが子なし女性に対して向けられている眼差しではないか。

私は彼女に、これからも自分のために、自分の人生を生きてほしいと切に思う。

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

※この記事は2024年10月25日に公開されたものです

月岡ツキ

1993年生まれ。大学卒業後、webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在は都内のベンチャー企業で働きつつ、ライター・コラムニストとしてエッセイやインタビュー執筆などを行う。 プライベートではコロナ禍を機に長野県にUターン移住し、東京と行き来する生活に。
執筆業では働き方、移住、2拠点生活などのテーマのほか、既婚・DINKs(仮)として子供を持たない生き方について発信している。
X:@olunnun
Instagram:@tsukky_dayo
note:https://note.com/getsumen/

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