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【#3】夫の闘病の末、“子なし”を選択。「幸せの価値」に気づいた由衣さんの場合・前編

#母にならない私たち

月岡ツキ

高橋千里

“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。

「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

高見由衣さん(仮名/33歳)は都内在住、エンタメ関連の会社で若くして管理職として働く、いわゆる“バリキャリ”だ。

そんな由衣さんの夫は14歳年上の47歳で、もうすぐ結婚10周年。周囲にも評判の仲良し夫婦として知られる由衣さんと夫だが、これまでの10年間は決して平坦とは言えなかった。

「夫が難病にかかり、治療の影響で実子を授かることが難しくなりました。でも、夫との時間が何よりも楽しいから、今の二人暮らしが最高に幸せなんです」

愛する夫の闘病を経て、夫婦の関係性がより強固になったという由衣さん。今までと現在の結婚生活、子どもを持つことへの思いについて聞かせてもらった。

大好きな夫が難病に…当たり前だった幸せの価値

私はとあるエンタメ系コンテンツを企画制作する会社で、管理職をしています。複数のチームをまとめながら予算管理やプロジェクト進行をする責任者という位置付けで、かなり忙しくはありますが、日々やりがいを感じています。

夫は前職の先輩で、私がまだ20代前半の新人だった頃に結婚したので、夫婦生活は10年目を迎えようとしています。一回り以上歳上の夫ですが、結婚当初からずっと気が合って、自分で言うのもなんですが、今もかなり仲良しです。

友達や職場の人たちとの飲み会に行っても、内心「夫と話したいから早く家に帰りたいな」と思うくらい。彼はすごく陽気で面白くて、私にとっては夫との時間が一番のエンタメです。

そんな夫が難病にかかったと知ったのは、今から5年前。体調を崩した夫が病院に行ったら「命に関わる病にかかっています。助からないかもしれません」と言われたのです。

まさか、こんなショッキングな出来事が、夫の身に降りかかるなんて。私自身も、こんなに大好きで大切な夫が死んでしまうかもしれないと思うと、目の前が真っ暗になって、現実を受け入れられませんでした。

治療法も限られており、かつ効くかどうかもわからない状況だったので、「この治療が効かなかったら夫は死んでしまうんだ」と、精神的にかなり削られていきました。

それでもなんとか二人で闘病生活を頑張った結果、奇跡的に治療が上手くいき、現在は寛解しています。数ヶ月に一度の通院で様子を見ながら、普通の生活を送れるまでに回復しました。

この状態まで来られたのは本当に奇跡ですし、同時に、夫婦で一緒に過ごせる時間は決して当たり前ではないのだと気づきました。遅かれ早かれ、この暮らしにはいつか必ず終わりが来るのだから、今ある生活を大切にして、お互いに良い関係性を保つ努力をし続けたいと、心から思っています。

「妊娠を望むなら、今すぐ精子凍結してください」

闘病が落ち着いた後、治療の影響で夫の精子が大幅に減少していることがわかり、「妊娠を望むのであれば、今すぐ精子を凍結保存してください」と言われました。

ただ、精子凍結をしたとしても、高度な不妊治療をしてようやく妊娠できるかどうか……という厳しい状態だったので、二人で話し合った末に、「子どもは持たない」という意思決定をしました。

思い返せば結婚当初は、私自身は妊娠出産にかなり前向きで、「子どもを産んで、郊外の広い家に引っ越して、家族でワイワイ暮らすのもいいなあ」なんて思っていました。

そんな矢先に夫の闘病生活が始まったので、それからはもはや子どもどころではないというか。過酷な不妊治療をしてまで「子どもが欲しい」とは言い切れませんでしたし、それよりもあんなに大きな困難を乗り越えたのだから、もう夫が幸せに生きていてくれたらそれで良いと思うようになりました。

夫自身も、生きるか死ぬかの闘病を乗り越えた後なので、「これからの人生は、子どもを育てるよりも自分の人生を優先したい」という思いが強かったようです。

病気は寛解したとはいえ、彼はアラフィフに差し掛かる年齢。あまり心身にストレスをかけることはさせたくないですし、感染症などには引き続き注意が必要です。同じ家で暮らしながら子どもを育てるとなると、通常の育児よりもかなり難易度が上がることも事実ですよね。

例えば、子どもが保育園からもらってきたウイルスで夫の身体に何かあったら……なんてことを考えると、やっぱりそこまでして子どもを育てなくてもいいかな、と思います。

「子を持つ可能性」を捨て切れず、養子縁組も調べたけれど…

一応、子どもを持つ選択肢の一つとして、里親や特別養子縁組の制度なども調べはしました。

でも、もしその子が人生につまずいたときに、私たちは血の繋がらない子どもであってもちゃんと手を差し伸べられるのか? どこかで気持ちの糸が切れてしまうのでは? という怖さがどうしても拭えず、その選択も取らないことにしました。

実子を持つことが難しいとわかっても、子どもを持つ可能性を完全に捨て切れなかったのは、やはり私には「子育てをやってみたい」という好奇心が少なからずあったからでしょうね。

周りの女性の先輩たちの中には、仕事をしっかりこなしながら趣味も育児も頑張っているパワフルな方も多いので、自分もやってみたらできるのでは……?とは思います。

しかし、実子でも養子でも「親になる」ということは好奇心だけで踏み出すには重い選択だし、一度選んだら不可逆であるという点がどうしても引っかかって、結局踏み出せませんでした。

親になることや、今の社会で子どもを育てていくことへの不安はどうしても消えず……。もしかすると、夫の病気がなかったとしても、最終的には子どもを持たなかったのかもしれません。

面白くて最高な夫と、“ちょっとした自由”を楽しむ生活

闘病が一区切りしてから、夫も私も“何気ない生活”が一番楽しいと感じます。

思い立って深夜に車を飛ばして二人でレイトショーを観に行ったり、休日に好きなテレビの特番を延々と流しながらビールを飲んだり。正直「子どもがいたらこういう生活はできないな」と思ってしまうような、“ちょっとした自由”を制限しない生活が最高なんです。

もし無理して子どもを持ったとしたら、こういう自由は無くなるでしょうし、夫に心身のストレスをかけて命を縮めてしまうようなことになったら、なんのために闘病を乗り越えたのかわからないじゃないですか。今ここに存在している夫が何よりも大切なのに。

一緒にスーパーに行くだけで楽しいくらい、面白くて最高な夫です。そんな人、なかなかいないですよ、本当。

私自身の性格は企業戦士っぽいというか、相手を理詰めしてしまったりピリピリしてしまったりするところがあるのですが、優しくて面白い夫が私の至らないところや日常生活の側面を知ってくれているおかげで、人間としてバランスが取れていると感じます。

「このままでいいのかな?」完全には消えない不安

そうは言っても私も33歳なので、妊娠の身体的なリミットを意識しないわけではありません。「子どもは産まない・持たない」という選択をしていて、今の生活に満足しているものの、です。

正直「夫の治療も落ち着いたし、もしかしたら、実子を持てる可能性もなくはないのかも……?」と思うこともあります。

特に、近しい友達に子どもが産まれると、私は本当にこのままでいいのか不安になります。こんなに大好きな夫と一緒にいるのに、様々な手を尽くして子どもを持とうとしないのは、変なんじゃないか? と。

周りから「子どもは?」とか「産んだら楽しいよ」などと言われることはないし、統計的に見れば子どもを持たない人も少数派ではなくなってきているのに、ずっと「世の中の理に背いている」という感覚があります。

そんな感情で揺らいでいたとき、子どもを産んだ友達との間に、とあるショックな出来事が起きました。

(後編につづく)

「子なしの人生」を選んだことで、子持ちの友達との間にできた“隔たり”とは? 後編の記事はこちらから。
https://woman.mynavi.jp/article/241125-14_12000673/

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

※この記事は2024年11月24日に公開されたものです

月岡ツキ

1993年長野県生まれ。大学卒業後、webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在はライター・コラムニストとしてエッセイやインタビュー執筆などを行う。働き方、地方移住などのテーマのほか、既婚・DINKs(仮)として子供を持たない選択について発信している。既婚子育て中の同僚と、Podcast番組『となりの芝生はソーブルー』を配信中。創作大賞2024にてエッセイ入選。2024年12月に初のエッセイ集『産む気もないのに生理かよ!』(https://amzn.asia/d/7nkb2q6)を飛鳥新社より刊行。
X:@olunnun
Instagram:@tsukky_dayo
note:https://note.com/getsumen/

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高橋千里

高橋千里(たかはし ちさと)

2016年にマイナビ中途入社→2020年までマイナビウーマン編集部に所属。タレントインタビューやコラムなど、20本以上の連載・特集の編集を担当。2021年からフリーの編集者として独立。『クイック・ジャパン/QJWeb』『logirl』『ウーマンエキサイト』など、紙・Webを問わず活動中

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