「日常に溶け込んだ恋や愛を描く」星野源のラブソング
聴く人、聴く環境によって「ラブソング」の捉え方はさまざま。そんなラブソングの裏側にある少し甘酸っぱいストーリーを毎回異なるライターがご紹介するこの連載。今回は、ライターの市岡光子さんに「ラブソングのB面」を語っていただきます。
今週末、恋人に会える。その約束があるだけで仕事をちょっと頑張れる。帰り道にふと見つけたものをシェアして笑い合える人がいる。それだけで、日々を少し楽しく、強く生きていける。
燃え上がるような恋もいいけれど、日常の中に溶け込んだ穏やかな恋愛が好きだ。
そんな私だからだろうか。星野源さんの創り出すラブソングがとても心地良く感じる。
源さんのラブソングは、日常の中にある愛を飾らずに描くのが特徴だ。特別な2人の物語ではなく、キュンとする気持ちや孤独、生きることと死ぬこと、それらすべてを含めて恋や愛を歌い上げる。
今回は、そんな星野源さんのラブソングの変遷について考察してみたい。
静かに愛と幸福を歌う“老人目線”のラブソング
星野源さんの初期のラブソングは、アコースティックギターがベースの音楽に、日常の中のストーリーを切り取った歌詞というスタイルが定番だ。
ファーストアルバムに収録された『グー』という曲は、おじいちゃん目線で描かれた妻へのラブソング。長い年月を重ねて育んだ愛情と、死の間際まで伴侶と過ごした日々の幸福感が、曲の中で静かに、でも軽やかに描かれている。
源さんなりのラブソングを追求したら老人の物語にたどり着いたらしいのだが、私はこの曲を聴くまでそんなアプローチの曲は聴いたことがなかった。焦がれる恋を歌わなくてもラブソングになるのか、と源さんの才能にうなった一曲である。
例えば、こんな歌詞がある。
“夢を見た日の寝起きの顔 ぶちゃむくれているけど好きなの”
メイクをしたり着飾ったりした姿ではなく、寝起きのちょっとむくんだ素顔が好き。
直接的な愛の表現ではないのだけど、生活の中で見える伴侶のふとした表情を好きだと言うことで、妻への深い愛情が伝わってくる。
曲の最後でおじいさんは亡くなってしまうのだが、死の描写がありながらも幸せな空気をまとったラブソングとして成立しているのは、生きることと死ぬことをコアな部分に据えながら音楽を作り続けている星野源さんならではの表現だからかもしれない。
「愛している」と言わないけれど、キュンとするラブソング
セカンドアルバムに収録された『くだらないの中に』は、星野源さんが苦手だという「愛している」というドストレートな言葉を使わずに創られたラブソングだ。
サビの歌詞を見ると、源さんの恋愛に対するスタンスが少し見えてくる。
“魔法がないと不便だよな マンガみたいに
日々の恨み 日々の妬み 君が笑えば解決することばかり”
源さんの考える恋愛は、ちょっとしんどい日常を生きていくための魔法であり、希望だ。
恋人の笑顔を見たらほっとして、今日あった嫌なことや疲れた気持ちも吹き飛んでいく。この感覚、共感できる方も多いのではないだろうか。
そして、大サビに向かう直前の歌詞も、ぐっとくる。
“僕は時代のものじゃなくて あなたのものになりたいんだ”
「愛している」と言わないのに、あなたとずっと一緒にいたいという気持ちが溢れ出ている。こんなセリフを一度は言われてみたい、とキュンとするのは私だけではないはず……。
幸せばかりじゃない日々の中で育まれる愛の尊さを描く
大病を経て「人生観が変わった」と語る星野源さんの音楽は、新たなフェーズに入っていく。
まず曲調が大きく変わり、源さんの傾倒するブラックミュージックがベースとなった“踊りたくなるような音楽”がメインとなる。社会現象になった『恋』が作られたのも、この頃だ。
5作目のアルバムに収録された『Pair Dancer』は、そんな源さんの変化が感じ取れるラブソング。曲調もそうだが、歌詞の書き方も変わっている。この曲では、言葉にできない気持ちに言葉をつけたら、結果的にラブソングになったのだとか。
そのため、言葉の抽象度が上がり、まるで幻想的な情景を見ているような気持ちになる。
“晴れの日にも 病める時も 側にいてよ baby
駄目な時も 悪い人も 置いていけ
笑う君も 怒る声も 側で舞う baby
間違う隙間に 愛は流れてる”
恋をしていたってハッピーなことばかりではないのが私たちの日常だ。駄目な時も、間違える時も、病める時だって普通にある。でもそういうしんどい日々の中で、誰かとの愛は育まれる。
恋愛も含めた人間の当たり前の営みが、美しくて愛おしい。そんな壮大なテーマすら感じさせる曲である。
人間は究極に孤独だからこそ恋をする。ギュンとするラブソングの誕生
そして、源さんの音楽は今もまた新たなフェーズに入っている。これまで意図的に避けてきた「自分の意志や考え」を曲の中で表現することにチャレンジしているという。
ドラマ主題歌として制作された、ギュンとするラブソング『不思議』。
源さん自身が「キュンを通り越してギュンとする曲ができた」と語っているのだが、これが星野源さんファン10年選手からしても、どう考えても最高なのだ。
80~90年代の邦楽を彷彿とさせる音楽に、源さんのこれまでの人生から「恋愛」の要素をギューッと絞り出したかのような歌詞が心地よい。
“ “好き”を持った日々を ありのままで
文字にできるなら 気が済むのにな
まだ やだ 遠く 脆い
愛に足る想い
瞳にいま 宿り出す”“命込めて目指す
やがて同じ場所で眠る 他人だけの不思議を”
人間はいつか死にゆく究極に孤独な存在だ。そして、恋人といえど生まれ育った背景は全く違う他人である。
でも、そんな孤独な他人同士が心を通わせて恋したり、愛したりするからこそ、限りある人生を踏みしめ、楽しみながら生きていくことができる。
いつか終わる寂しさと恋人との日々の愛おしさ。「人生っていいなあ」と胸が熱くなるラブソングなのだ。
特別ではない毎日を大切に生きること
私たちの恋愛は、ドラマのような特別な展開にはならない。でも、普通の穏やかな恋や愛の中にもキラリと光る物語や感動があって、源さんのラブソングはその尊さを教えてくれる。
特別ではない毎日を、誰かと共に大切に生きる。そんな私たちに寄り添ってくれる音楽として、星野源さんの曲を聴いてみてほしい。
(文:市岡光子、イラスト:オザキエミ)
※この記事は2021年05月21日に公開されたものです