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察するとは? 察する能力を鍛える必要はあるのか

トイアンナ

「そこは、察してよ……」と思う時もあれば、誰かに思われていることもあるかもしれません。簡単なようで実は難しい「察する力」を身に付けることはできるのでしょうか? コラムニストのトイアンナさんに聞いてみました。

こんにちは、察する力が皆無なトイアンナです。極端に察する力が無さすぎて、空気を読めない言動などを取りがちなASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)の疑いがかかったこともあります。

中でも、個人的にとても悩んでいるのは、「相手を褒める」シチュエーションです。

私「〇〇さん、そのヘアピンすてきですね……!」
相手「ええっ? こんなの安物だよ。100円くらいだったし!」

など、相手が謙遜してきた後のアプローチです。

私の場合、え……自虐されてもどう返せばいいか分からない……私の見る目が無かったってことなのかな……? 「そ、そうなんですか? お金ないんですね~」なんて答えたら関係が終わるのは分かるけど、正解の答えが分からないっ! 察することが……できないっ! となってしまいます。

さすがに私レベルの方は少ないと思いますが、日常会話では相手の気持ちを察した発言が求められることが多いですよね。

そこで、今回は「察する力」について考えていきましょう。

「察する」とは何か?

「察する」とは、辞書通りの意味なら「隠された事情などを、何となく外に現れた表情や様子から感じ取ること(出典:『三省堂 大辞林 第三版』)」です。特に日本人は世界的に見ても察することをビジネスでも、プライベートでも求められやすい風潮があると感じます。

例えば、上司が「暑い」と言ったら、それが「クーラーを点けて」という意味だと、外国人に通じるとは思えません。英語で「暑いね」と部下に言っても、「そっすね!」と返ってくるのがオチでしょう。

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