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大森靖子の歌詞に重ねる「好きだから見せたくない私」

#ラブソングのB面

ねむみえり

聴く人、聴く環境によって「ラブソング」の捉え方はさまざま。そんなラブソングの裏側にある少し甘酸っぱいストーリーを毎回異なるライターがご紹介するこの連載。今回は、ライターのねむみえりさんに「ラブソングのB面」を語っていただきます。

恋愛をしている時にヘビロテして聴いているのは、椎名林檎・Cocco・大森靖子の、私にとっての三大女神アーティストの曲だ。

椎名林檎の『ここでキスして。』みたいに真正面から誰かを好きだと言いたい。Coccoの『遺書。』みたいに命をかけた恋愛もしてみたい。

でも今の私がしている、ちょっと一筋縄ではいかない恋愛にピッタリ寄り添ってくれるのは、大森靖子の歌う、同じ背丈ぐらいの女の子のラブソングなのだ。

「ありのまま」を見ないで

私が恋愛中によく聴いている曲は『ミッドナイト清純異性交遊』と『君に届くな』の2曲なのだが、そこに共通しているのは、「ありのまま」の私を見せたくないということ。

私は自分に自信がないし、ややこしい人間だと思っているので、好きな人に「ありのまま」を受け入れてもらうなんて、ぜいたくなことは言えない。たまに表れる「元気な私」だけを見ていてほしい。

『ミッドナイト清純異性交遊』で、こういう歌詞がある。

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

聴いた瞬間に、「これ!」と思った。大丈夫じゃない私なんて、好きな人は知らなくていい。「ありのまま」なんて、見せられない。

ややこしい私を見せない恋愛

私はとにかく情緒不安定だ。何でもできる! とものすごく活動する日もあれば、頭にもやがかかって誰ともコミュニケーションが取れない日もある。

今までの恋愛は、「こんな私を認めてよ」という思いが強かった。どれだけ情緒不安定でも、どんな私でも、あなたが私を好きなら受け入れてよ、というようなスタンスだった。あんまり良くない恋愛をしていたなと思う。

ただ、今の恋愛がこれまでの恋愛と全く違うのは、好きな人がややこしい私を(多分)知らないということだ。

日々の楽しいことは伝えるけれど、何に悲しんでいるとか、何に怒っているとか、そういう感情を今のところ、好きな人に言ったことはほとんどない。私が好きな人に伝える言葉は、ものすごく自分によって検閲された言葉だ。

その代わり、好きな人から聞くのはどんな話でも好きだ。楽しかった話だけじゃなく、悲しかった話や、怒っている話を聞くのも好き。その話を私にしてくれるのがうれしい。全部話して、と思う。

ここに微妙にねじれみたいなものが発生しているのは分かっている。自分のことは全部話さないのに、相手には全部話してほしいと思うの、ちょっとずるくない? って。

でも、そもそも相手はまだ「好きな人」なのだ。何かしらの形に成就していない状態の人に、私のややこしい部分を見せてしまうのは、あまりにも相手に負担がある。

仮にいつか成就したとして、私のややこしい部分を見せるかどうかは分からない。私の内面は複雑怪奇だから、そっと離れられるのが怖い。もしも一度受け入れてくれたのなら、永遠に離れないでほしい。

ほら、ややこしいんだよ。だから見せたくない。

君にだけは届けたくない

私が恋愛中によく聴いているもう一つの曲『君に届くな』には、初めて聴いた瞬間ドキリとして、それから離れなくなった歌詞がある。

君が笑ったり 君が泣くのが 私のことだなんて許さない

全世界にぶち撒けたい私の全てを 君にだけは届けたくないほど 君が好き

ああ、こういう気持ちがあっていいのだと思った。

正直言って、ややこしい私を隠したままで、好きでいるというのには後ろめたさもある。嘘をついている気分に似ている。いつも元気じゃないし、大丈夫じゃない。言えていないことがたくさんあるままで連絡を取って、食事に行ってデートをするのが、相手をだましているような気持ちになる。

ややこしい自分を全部ぶち撒けて、それで引かれて、何もなかったことにしてしまおうかと思ったこともある。

でもそれができないくらい、どうしようもなく、好きなのだ。

だからどうか、私のややこしいところなんて見ないでほしい。私も聞かれるまで見せるつもりはない。それは苦しいのではないかと思われるかもしれないけど、そういう恋愛の形があってもいいのだと思っている。

いつか私が元気になって、大丈夫な日が増えて、あなたに釣り合う時が来たらいい。

それまでどうか、私の全てが、君に届くな。

(文:ねむみえり、イラスト:オザキエミ)

※この記事は2020年06月16日に公開されたものです

ねむみえり

1992年生まれ、東京出身。ライターとして働きながら、現代詩の創作も行なっている。本、舞台、映画、音楽、お笑い、ラジオ、アートなど、無意識のうちに多趣味な人間になっていた。いつか黒猫と暮らすのが夢。

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