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コラム デート・カップル

「それは見る音楽だった」在りし日の風景を浮かび上がらせるやさしい歌 #ラブソングのB面

佐々木ののか

聴く人、聴く環境によって「ラブソング」の捉え方はさまざま。そんなラブソングの裏側にある少し甘酸っぱいストーリーを毎回異なるライターがご紹介するこの連載。今回は文筆家の佐々木ののかさんに「ラブソングのB面」を語っていただきます。

私は音楽を聴かない。

だから、今回のご依頼をいただいたときに正直困った。ましてやラブソングだ。恋愛しているだけでも瀕死なのにラブソングをわざわざ聴く必要性がよくわからない。

ラブソングなんて聴いたらtoo muchではないかなどと思ったが、私の感性の話などはどうでもよく、目下このお仕事を承れるか否かのお返事が最優先事項。

記憶を一生懸命に手繰り寄せ、音楽を聴かないなりに思い出深い曲を書き出していく。片っ端から歌詞を調べていくと、その中にひとつだけラブソングが“あった”。

“あった”と言ったのは、私がそれまでその曲を「ラブソング」だと思って聴いたことがなかったからだ。歌詞を意識して聴いたこともない。もっと言えば、私にとってその曲は音楽と呼ぶのも疑わしいほどに特殊で、とても思い入れのあるものだった。

彼の好きなものを好きになりたかった

そのラブソングとの出会いは、もう6年近く前になる。

その日、当時まだ学生だった私は恋人と車で水戸美術館に向かっていた。茨城のつくば市にある大学に通っていた私たちにとって水戸はドライブにはちょうどいい距離だった。

彼の運転する車の助手席に乗るとおとなになれたような気持ちになった。「せっかくのドライブデートだし」などといって用もないのにサービスエリアに寄り、さして食べたくもないソフトクリームを買うのも楽しかった。

美術館デートもとりたてて珍しいものではなく、芸術学科だった彼の“勉強”に付いて行くことばかりで、美術館に行った帰りに飲みに行く以外のデートをした記憶がない。

「ついでみたいにしないでよ」と言いながらも、私は彼との美術館デートが好きだった。

美術館めぐり以外でも彼はいろいろなライブやインスタレーション、映画、漫画や小説を教えてくれた。高校時代までは勉強と部活しかしてこなかった私は、美術館はまだしも本や映画にさえほとんど触れてこなかった。

だからこそ芸術や表現への憧れも強く、彼が見せてくれる知らない世界が、彼のことが好きだった。

けれど、彼と見るものにはハズレも多かった。

そのハズレは単に「おもしろくなかったね」という種類のものでなく、感覚が過敏な私は、著名なDJが集まる豪華なライブに行けば不慣れな大音量で頭痛になり、ライゾマのバッキバキのインスタレーションを観れば激しく点滅する光で眩暈と吐き気をもよおし、革命アイドル暴走ちゃんの公演では劇場内でわかめと水をばらまく演出で放心状態になり、映画『そこのみにて光輝く』を観たときはフラッシュバックを起こし、白目を剥いてけいれんした。

クリエイターの方は悪くないし、彼の紹介してくれるものはどれもこれも面白いのだけれど、全身で拒否してしまう。

そのたびに彼は「何か違うデート考えるね」と申し訳なさそうにしていたけれど、こちらのほうが申し訳なかった。

それに、諦めたくなかった。彼の好きなものを知り、彼の好きなものを好きになりたかった。恋愛の醍醐味はその人の好きなものに触れ、思想にダイブしてもみくちゃになって変容していくことだと思っている。だからできるだけ、彼の世界を泳ぎたかった。

そのラブソングはまるで“動く絵画”だった

そういうわけで、その日も「今日は卒倒しないだろうか」と半ば緊張しながら水戸美術館に向かっていた。

いつものように彼のバカ話を聞き、お腹を抱えてカラカラ笑っていると、目の前にパーンと映像が映った。何が起きたのだろうと一瞬目を疑ったけれど、どうやらそれは“耳から入った映像”のようだった。

耳から脳に響き、視神経を通って私の視界に投影された映像にすっかり気を取られた。そして、彼のとっておきの話がピークを迎えそうな折、我慢できずに話を遮った。

「ねぇ、ごめん。これ何?」

「えっ、この曲好き?」

数えるほどしか彼のお気に入りを受け入れられない私が興味を示したのを見て、彼はとてもうれしそうにしていた。

その曲は、Fishmansの『いかれたBaby』だった。

幻想的な空気をまとうリズミカルな前奏から始まるこの曲は、まるで動く絵画のように、私の視界の表面を流れていった。“絵画”だから“見る”ことに夢中で、歌詞はよく聴かなかった。それでも、多幸感のあるやさしい歌だということはわかった。

「これ、音楽じゃなくて絵みたいだね! この辺にね、動く絵みたいに映って見えるの! こんな曲聴いたことない!」

そう興奮気味に話すと、「ののかさんと好きなものをひとつ共有できてうれしいな」と言った。私もようやく、彼の好きな世界に足首を浸せたような気がしてうれしかった。

それからというもの、私はTSUTAYAで借りてきたCDをiPodに入れ、毎日のように聴きかじった。いや、見ていた。

Fishmansは『いかれたBaby』以外の曲も、おしなべて動く絵画だった。彼に会えない日もFishmansを“見る”ことで彼の一部を泳いでいるような気がした。そして、それはとても幸せな時間だった。

歌詞の意味を知り、6年越しに歌と出会い直す

その後、私は東京で就職し、大学院に進んだ彼とは中距離恋愛になり、社会人になってまもなく、私は体調を崩して休職することになった。徐々に病み募らせ、依存度が高まる私を支えきれず、彼から別れを切り出した。

「嫌だ、別れたくない」と堂々と言える状態でもないことは、自分が一番よくわかっていた。

それでもやりきれなくて、別れを切り出されたインドカレー屋で、卓上の紙ナプキンを鼻をかむためにすべて使い切り、くしゃくしゃに丸めたそれを片っ端から彼に投げつけた。

彼はよけずにすべて受けてくれたけれど、それは同時に黙って受ければ私が納得すると思っているかのようにも見えた。

私が投げるのをやめて「わかった」と言うと、彼は泣きながら「ありがとう」と言った。情けなくて消えたかった。

彼を思い出してしまうので、しばらくの間はFishmansを聴かないようにしていた。

それでも、急に心もとなくなる夜中に『いかれたBaby』をかけると、水戸に行く道中の情景がローソクに火を灯したかのごとく浮かび上がってくる。

彼の不在に殺されそうな夜を迎えるたび、手を伸ばしても触れない、蜃気楼のような風景に背中をさすられて乗り越えてきた。相変わらず歌詞は知らなかった。ことばのない世界に身を浸しているのが心地よかった。

あれから、もうすぐ6年になる。会社で数年働いたら独立してアーティスト活動をするのだと言っていた彼は恐らくまだ勤続していて、新卒で入った会社に骨をうずめるのだと豪語していた私はあっけなく1年足らずで会社を辞め、たまたま流れついた先で文筆業をしている。

音楽を聴かないのにラブソングに関する原稿依頼をいただき、両手におさまるくらいしか知らない思い入れのある曲の歌詞を片っ端から調べてみると、その中にひとつだけラブソングがあった。

私はその曲がラブソングだと知らなかった。もっと言えば、その曲が私にとって音楽であるかも疑わしかった。私はその歌を“見ていた”から歌詞をきちんと知らなかった。

ただ、やさしい多幸感だけを感知していた。

指でなぞるように、歌詞をたどっていった先、私は6年越しにこの曲と出会い直すことになる。

人はいつでも 見えない力が 必要だったり してるから
悲しい夜を 見かけたら 君のことを 思い出すのさ

(文:佐々木ののか、イラスト:オザキエミ)

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