お兄ちゃん、結婚って幸せですか? 離婚する兄が教えてくれたこと
「緊急事態なんだよ。今から地元に帰ってこれない?」
とある土曜日の早朝、私は一本の電話で叩き起こされた。発信元は、一週間前に「離婚する」と言い出した兄。勘弁してほしい、いったい何ごとだというのか。
「ついこの前会ったばかりじゃん。そんなに慌てて、何があったの?」
「今から家出する。だから、引越しを手伝ってほしいんだ」
「はあ!? どこに住むつもりなの? それに、ミキさんはどうするわけ?」
「昨日から家出用のアパートを借りてる。妻には秘密で家を出ようと思う」
医者として働く兄は、もっと賢い人間だと思っていた。いつも冷静沈着で、ロジカルに行動するのが大得意。でも、今はどこまでも無鉄砲で、衝動的すぎる。そこに30歳の落ち着きはなく、言うことを聞かない3歳児みたいだ。――でも、兄をここまで突き動かす理由って?
ふと、数日前の編集会議で決まった特集「ねぇ、先輩。結婚って幸せですか?」が頭をよぎる。うん、いいかもしれない。次の瞬間、私自身も衝動的に言葉を発していた。
「手伝ってもいいけど、条件がある。お兄ちゃんの話、記事にさせて」
6,000万円の家を手放すことなんて、どうでもいいらしい
突然の引越しから少しが経った夜。私はペンとノートを片手に、兄へ電話をかけていた。身内に取材するのははじめてだから、妙にやりにくい。一方の兄はなぜか堂々としていて、「どうぞ、なんでも聞いて」と潔すぎるスタンスに若干引いた。目下に「離婚」という大問題が構えているというのに。そうそう、水面下で進んでいた離婚話だったけど、ついにお互いの両親へも打ち明けたらしい。
「別居して数週間経つけど、最近はどう?」
「気持ちが楽になったかな。俺、実家を出たと同時にミキと同棲生活をはじめたから、ひとり暮らしがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」
「お父さんとお母さんが聞いたら安心するだろうけど、それ以上にゾッとするんじゃない? 離婚を軽く考えすぎだって」
「それもあって、両親には離婚の話を言いたくなかった。まるで『離婚=犯罪だ!』みたいに言いそうだろ? 俺だって別に軽く考えているわけじゃないんだけど」
結婚30年目を迎える両親は、高校3年のときから付き合っていたらしい。つまり、人生の大半を一緒に生きている。正直仲がよすぎてどうかと思う瞬間もあるけど、兄も私も両親の結婚が理想だった。「一度結婚したら、生涯その相手と寄り添うこと」という価値観はいったいどこへ消えたのか。
「お兄ちゃんは、なんで急に家を出ようと思ったの?」
「ミキには、この先の人生から『俺がいなくなること』をきちんと受け止めてもらいたかったんだ。離婚話になった今、一緒に住んでいることは相手のためにならないと思ったしね。結果的に、別居をはじめたことによって彼女の気持ちにも変化があったみたい。離婚を受け入れようと思う、ってついこの前電話があったところだよ」
「離れることで気持ちの整理がついたのかな。ちなみに、せっかく建てた6,000万円の家はどうでもいいの? それを手放すのって痛くもかゆくもない?」
「痛いし、かゆいよ。でも相手の人生のため、自分の人生のためだったらどうでもいい」
離れるのは、“お互いのため”なのか。働いて家庭を支えたかった夫と、子育てをしながら家庭を守りたかった妻。だけど、2人のあいだに子どもができなかったことによって、その関係性は揺らいでしまった。そして、兄は「ミキのことが好きだから、離婚したい」と言う。
そろそろ綺麗ごとはやめて、その奥深くにある気持ちが聞きたいのに。
兄が「離婚は必要だった」と語る理由
「離婚の理由についてだけど。必死に働いてる自負のあったお兄ちゃんは、どこかで専業主婦のミキさんが許容できなくなったんじゃない?」
「そりゃあ、やっぱり当然のように仕事をがんばっている女性は魅力的だよ。でも、それは仕事をしている・していないの線引きじゃなくて、自分の人生を生きている女性かどうかってことだと思うんだ。『あなたがいないと生きていけないから結婚する』よりも、『あなたがいなくても生きていけるけど、一緒にいたいから結婚する』って女性のほうが何倍も俺の目には素敵にうつるよ」
「自立している女性がいいってこと?」
「精神的にね。別に人間はひとりで生きていってもいいわけじゃん? それでも、結婚を選ぶのは『1+1=2』にしたいから。どちらかが相手に頼りたい、依存したいっていうマイナス1の気持ちじゃきっとうまくいかないよ」
「お兄ちゃんといることで、ミキさんは自分の人生を生きていく感覚を見失っちゃったのかな」
「まさにそのとおりだと思う。だから、ミキの人生が心配になったし、俺と離婚すべきだと思った。別に専業主婦になってもいいんだよ。でも、『自分が楽したい』『働きたくない』なんて理由じゃ男性側も納得しないはず。まずは相手に何を与えられるか考えなきゃ。もちろん、それが自分のためになるかどうかも。たとえば、社会とのつながりを切ってまでもそれを優先すべきなのか、とかね」
「かなり辛らつだね。お兄ちゃんの考えはミキさんにも伝えたの?」
「直接言葉で伝えたわけじゃない。でも、離婚の流れになってからミキはすごく変わったよ。今はヨガインストラクターの資格を取るためにスクールへ通いはじめたみたい。やりたいことを30歳になってやっと見つけたんだって。正直、ミキがこんなにがんばってる姿を見るのははじめてでさ。矛盾してるけど、そこで改めて実感するんだよね。俺たちには離婚が必要だったんだ、と」
ねぇ、お兄ちゃん。結婚って幸せですか?
結婚や離婚を悲観するでもなく、電話越しのその人は淡々と話を続ける。感情をなくしてしまったのかと、こちらが不安になるくらいに。兄にとって、ミキさんと過ごした日々はなんだったのか。
で、あの特集テーマについて聞いてみた。「ねぇ、お兄ちゃん。結婚って幸せですか?」と。
「結婚が幸せかどうかかぁ。うーん、幸せなんじゃない?」
「随分他人行儀すぎる回答だね」
「ごめん、記事のためにうまいこと言おうと考えたけど無理だ。ってことは多分、俺自身もまだその答えは出せてないんだよ。でも、ひとつだけ言えることがある」
「うん?」
「結婚したことも、これから経験するであろう離婚も、選択して“よかった”。人生は点じゃなくて線なんだ。結婚も離婚も、点でしかない。そうじゃなくて、結婚してから一緒に過ごした日々、離婚してから続くこの先50年の人生。大切なのはそこだろ? 離婚っていう結果になったかもしれないけれど、俺はミキと出会って過ごした10年間が尊いよ。人生80年あると仮定して、8分の1もの時間をひとりの女性と生きられたわけだからね。その事実は、離婚しても変わらない線の部分なんだ」
「ほう、うまいこと言うね」
「こっちは本心だからね。偉そうに言って申し訳ないけど、最近は『結婚=届にハンコを押させるゲーム』だと勘違いしている女性が多いんじゃないかな?」
「たしかに、適齢期になってくると『結婚すること』っていう点の部分が目的になってしまう女性がほとんどかもしれないね。よくわからない焦燥感に襲われるというか……」
「でも、よく考えてほしい。判を押したその日から、2人の人生は何十年と続く。相手に婚姻届を書かせたらクリアじゃなくて、むしろはじまり。『彼氏にプロポーズさせる方法』なんて記事を目にすることもあるけど、本当にそれでいいのか。『なぜ結婚するか』の本質を見失ったら意味がないからな」
この記事を読んで、結婚に絶望したあなたへ
インタビューを終えたあと、私はひとつの素朴な疑問をお兄ちゃんに投げかけていた。「なんで取材を受けようと思ったの?」と。妹の頼みだからといって、無償で自分の人生を切り売りしたいと思う人間はそうそういないはずだ。
「俺が幸せにできなかった『10年前のミキ』を救ってあげたかったからかな」
「それは、どういうこと?」
「10年前、ミキと出会った俺はこんな結末を予想していなかったし、ただ結婚したいと猛進する彼女の希望に応えてあげたいって無責任に思ってた。彼女がなぜ結婚を望むのか、一緒に考えてあげられなかったんだ。だから、昔のミキのような女の子たちに、この記事が届けばいいなって。もちろん、このインタビューをしている俺の妹にも」
好奇心で書こうと思った記事の結末が、こんなふうになるなんて。お兄ちゃんの離婚話を知った人の大半は、結婚が怖いと感じるかもしれない。結婚なんて幸せじゃない、と絶望するかもしれない。だけど、ごめんなさい。今は正直それでもいいと思っています。
だって、その衝撃も不安も戸惑いも。全部ひっくるめて、あなたにもう一度「結婚とは何か」を考えてほしいから。
結婚する目的も、結婚相手も、タイミングも、そもそも結婚するかどうかも。ぜんぶ自分で決めればいい。この記事を通じて、あなたが自分なりの答えを見つけることができますように、と願いを込めて。
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(取材・文:マイナビウーマン編集部、イラスト:いとうひでみ)
※この記事は2018年10月27日に公開されたものです