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男女の本音 カップル

悩み相談時に男女がすれ違うワケ「女性は共感」「男性は解決」

親しい男性に悩みを相談する女性。ドラマでは定番の光景だが、現実ではあらたなトラブルにつながることが多い。

女性は共感を求め、男性は序列を求める。これがすれ違いの原因となり、悩みを解決するどころか、二人の溝を深めてしまうのだ。


■「ワタシも」vs「ボクの方が」

アメリカ・ジョージタウン大学のデボラ・タネン教授は、その著書のなかで、男女が分かり合えず、すれ違ってしまう理由を性差として表している。

女性の場合、特にまだ論理的な思考ができない幼少期は、相手とのつながりを重視する。例えば、友達の女の子が人形を持っていると言えば、私も同じものを持っていると答える。

さらに友達が人形を2つ持っていると言えば、私も2つと答えるような光景だ。実際に持っているかは問題でなく、「私も同じ」と答えることがポイントで、つまりウソをつくのだ。

見栄や対抗心と思えるような光景だが、それはもっと年齢を重ねてからの話で、相手と同じ状態と伝えるための真逆のウソなのだ。つまり、自分と相手の共通点を作り出し、並列の関係であることを伝える。その上でつながりや共感を求めているのだ。

キーワードは「わたしも」。女の子社会の基盤はこの一言で成り立っている。

対して男の子は、幼いほど競争心がむき出しになり序列を重視する。例えば相手がラジコンを持っていると言えば、ぼくは2台持っていると答える。

相手が3台持っていると言い返せば、今度は飛行機も持っていると応酬する。これも女の子と同様に、実は真っ赤なウソが多いのだが、ぼくの方がスゴいんだ!が論点となり、しまいには家に本物のロケットがあるぐらいのことを平気で言い放つ。

悪いことも同様に、「オレは世界一不幸」「いや、オレの方が宇宙一不幸」と言い争う。いったい何が論点だか分からない状態だが、幸も不幸も他人を上回らないと気が済まないのだ。

遊びでも同じ要素がみられ、有利な役割や望ましい立場を競って得ようとする。誰もが体験しただろうテレビや映画の「ごっこ」では、誰が主人公役になるかでモメるのが相場だ。

大抵は言い出した人が先に主人公を宣言してしまうのだが、折り合いがつかないとじゃんけんで決着する。その結果、わき役に回されてしまうと遊びを放棄してしまう子もいる。つまり、目的は遊びではなく、自分が主人公になることだからだ。

平和主義な女の子にも例外はある。姉と妹のような序列は、共感よりも優先されるのだ。おままごとではお母さん役が主人公だろうか、もし姉妹でするなら母さん役は姉が鉄板で、妹に譲るケースは少ない。

共感と序列、どちらも使い分けられる女性の方が、子供のころから一枚上手のようだ。

■共感vs解決

この違いは大人になってからも解消する訳ではない。むしろ子供のような純真なウソがなくなるほどに、溝は深まるばかりだ。

女性が男性に相談ごとをする場合、多くは共感を求めているにすぎない。もちろん深刻な悩みや適切な助言を求めていることも多々あるだろうが、それと同様に単なる共感、場合によっては聞いてほしいだけのグチ話も少なくない。

対して男性は、問題解決にやっきになるあまり、相談者の落ち度を指摘したり命令口調で助言したりするなど、女性が求めていない答えが多い。これは相談者=弱者ととらえ、自分の序列が高いと勘違いしているからだ。

この構図は完全な間違いとは言えず、相談とは他人の知恵を借りることだから、自分よりも序列が高い人でなければ相談相手は務まらない。

ただし、女性は共感を求めているのに対し、男性は解決を探しているのだから、どちらも納得できるゴールにはたどり着けない。最後は「私のことを分かってくれない」「おまえのことを真剣に考えているのに」で、努力むなしく物別れとなる。

女性は成就し、男性は約束する。(ニーチェ・「人間的、あまりに人間的」より)

■まとめ

共感と序列は方法に過ぎず、目的ではない。逆に考えれば、目的を理解すれば、男女が違う方法でアプローチしても同じゴールにたどり着ける。

肝心なのは互いのアルゴリズムの違いを知り、理解し合うことだ。これを愛と呼べば、かなり格好良い格言になりそうだ。

(関口 寿/ガリレオワークス)

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