【File68】マッチングアプリで軽犯罪級の写真詐欺男と出会った話

歯科医で開いた恋の記憶の扉

先日親知らずを抜いた。それはもういとも簡単に抜けた。抜くのが怖くて何年も渋っていたが、こんな簡単で痛みも腫れも無いならさっさと抜いておけば良かった……とぼんやり考えていると、突然私の記憶の扉が一気に開いたのだった。そう、歯科医で。

婚活中、マッチングアプリでの出会い

きっかけはマッチングアプリ。絶賛婚活中だった私はいつものように、いいねを選別していた。その彼はぼんやりとしか写真が載っていなかったが、嫌いな顔ではなさそう、というのと、明るくきさくそうなプロフが好印象でマッチングした。

そこからメッセージを重ね、第一印象通りの人柄の良さを感じたことから、テンポ良く会うことになった。

軽犯罪法で裁かれてもいいほどに写真詐欺

当日、先にお店に入り、彼の到着を待った。マッチングアプリはいつもこの瞬間が一番緊張する。一瞬を切り取る写真ではステキでも、実物に会うと、所作や話し方で人の印象って大きく変わるもの。

例えばどんなにイケメンでも、ナヨナヨしながらデュフフと笑い、食事をすればクチャラー、とかだと、イケメンでも七難隠しきれず、きしょ……と感じてしまうもの。ましてやそれが普通の人なら尚更。メッセージを交わすことで、ある程度内面の良さは担保できても、外面の印象だけはやっぱり会ってみないと分からない。

だから私はこの瞬間が一番怖いのだ。

ここに来た意味を失いたくないから、オンライン上の好印象をどうにか落とさないでほしい。メッセージでは饒舌でも、実際会ったら隠キャだったらどうしよう。裾を折り返したらチェック柄がチラ見えする、どこで売ってんのか世界3大ミステリーなパンツや、謎の英字が呪いのように大量にプリントされているTシャツを纏ってきたら？　そしてなにより、写真詐欺だったら……？

そんな不安な空気をぶち破るように彼は登場した。メッセージ通りの打ち解けやすい明るい雰囲気と、写真とは全然違う顔を纏って。会うないなや彼は言った。

「ごめん、顔、びっくりしたよね？」

写真詐欺の真相

写真で詐欺っている自覚はあるらしい。

「実は昨日、親知らず抜いて……顔めちゃくちゃ腫れてるんだ」

水を極限まで入れまくった水風船を彷彿とさせるくらい、とにかく下膨れている。ここに小学生がいたら、大興奮で彼の顔面を地面に投げつけ、水風船を破裂させているだろう。それくらい下膨れているのだけれど、腫れが自然に顔に馴染んでいるというか、なんとなくそれが彼の本当の顔のように、私の中にスッと入ってきた。

彼のベストコンディションの顔を知らないから、私にとっては親知らずを抜き、腫れに腫れたナスの擬人化のような顔面が彼の第一印象であり、顔そのものなのである。しかし、一つ間違いないのは、小学生ウケは抜群でも、女子受けは抜群ではない顔面に仕上がっている、ということである。

「これは一時的な顔！　普段とは全く違う！」と主張するので、新しい顔を強肩でぶん投げてくれるジャムおじさんの登場が待たれたが、アンパンマンのように顔面を気軽に交換することはもちろん叶わず。

普段の写真を要求したものの、男性あるあるで普段写真を撮らないもんだから大した写真が出てこず、やっぱりよく分からない。

ナスが横浜流星になるくらいの変化があるわけでもなく、結局中身の造形は同じなので、なんかもう結局同じじゃね？　というお気持ちになり、私の中でますますナスとしての地位を高めていく彼。

ナスの悲劇

「昨日、大変だったんだよ……」とナスは親知らずのエピソードを語り出した。下の親知らずは上に比べて抜くのが大変、とは聞いたことがあるが、彼が抜いたのもまさに下。抜くところまでは良かったが、抜歯後、歯科医も同様するほどに出血し、ガーゼを噛んで圧迫しても止まらない。

動揺した医者は突如隣の部屋へ消えた。そしてそこから聞こえてくるのは「カタカタカタ！　カタカタ！　ターン」という音。そして唐突に流れだすヒーリングミュージックの代名詞、エンヤと共に部屋に戻ってきた歯科医。「ちょっとこの曲聴きながら深呼吸してて。リラックス！　リラックスして！」

そしてまた隣の部屋に戻り、再度聞こえてくる「カタカタカタ！　カタカタ！　ターン」。するとまたひょっこり顔を出し、「どう？　止まった？」と、確認してくる歯科医。エンヤで止血したら学会をも揺るがすとんでもない発見になるに違いないが、もちろん止まるわけはない。

その後もあらゆる方法をカタカタ音の後に提案し、止血を試み、また別室へカタカタしに行く歯科医。そこでナスは察した。

「あいつ……八方塞がりになってPCで止血方法ググってやがる……!?」

「親知らず後に血が止まらない？　原因は？　対処法10選！」的な血迷った方法をしこたま試された後、夜も遅いため、「何かあったら深夜でも気にせず、何時でもいいからすぐここに電話して！」と個人的な携帯の電話番号を渡されて帰され、不安な夜を経て今日に至るらしい。

「全知全能のgoogle様でも解決できないこともあるんだね。じゃなくて、カタカタターンのくだり、作っただろ?!」と突っ込んだものの、ナス曰く実話らしい。何か大きな医療ミスを隠されているような気配がぷんぷんするが、予後は良いようでその日はしっかりと食事を咀嚼していた。ただ一つ輪郭がバグっている点を除けば。

話は楽しく、明るく優しい人柄で、メッセージの印象通りのとても楽しい夜だった。でもどうしてか、輪郭のせいでただめちゃくちゃ面白い人、で終わってしまい、後日彼の正常な輪郭を確認する気持ちにはなれず、彼とはその日を最後にした。

でも後々、あんなにいい人で気もあったのだから、2回目行けば良かったな、と少し後悔したのでした。

イタい恋から得た教訓「安易に人を切るな！」

初対面の前に親知らずは抜くな!!　……じゃなくて、いい人だったら、一時的なものに惑わされずそこですぐ切るな！

ナスが平野紫耀にならなくても、きゅうりくらいにはなったはず。ついついマッチングアプリは出会いが豊富だから、一つの出会いを軽率に扱いがちですが、すぐ切らずにいいところがあったら長期的な視点で見ることも大事。

その後、他の方にも色々会いましたが、あの人やっぱりいい人だったなぁ、と比較してから初めて気づいても後の祭りでした。あと、親知らずはいつ何があってもいいように、さっさと抜きましょう。

（文・やまとなでし子、イラスト・菜々子）