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【#7】“DINKWADs”という選択。子どもは持たず愛犬と暮らす綾子さんの場合・前編

#母にならない私たち

月岡ツキ

高橋千里

“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。

「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

都内在住でフリーランスのデザイナーとして働いている志田綾子さん(仮名/39歳)は、夫と結婚して15年目。子どもは持たず、愛犬のマックスくん(仮名)と三人(匹)で暮らす、いわる“DINKWADs”(※)だ。

※DINKWADs(ディンクワッズ)とは……「DualIncome,No Kids,With a Dog」の頭文字を取った言葉。結婚して子どもを持たず、ペットを飼っている共働き夫婦のこと

綾子さんは、子どもを持たない理由について「例えば、ピーマンが好きじゃないことに理由が無いのと同じで、明確な理由は無いかもしれません」という。

現在の生活に至った経緯と、夫婦二人の生活の中で「動物を家族に迎えること」にはどんな変化があったのか、お話を伺った。

「ピーマン嫌い」と同じで「欲しくない」に理由は無い

20代前半のときに、学生時代から交際していた今の夫と結婚しました。気づけば結婚生活も15年目になります。夫は同い年で、広告業界で働く会社員です。

交際当時から二人とも「子どもが欲しい」という気持ちがあまり無く、かといって「絶対にいらない」という確固たる考えがあるわけでもありませんでした。私たち、実は子どもについて突き詰めて話し合ったことがほとんど無いんです。

二人とも同じくらいのテンションで「子どもはいらないよね」と思っている感じです。今回インタビューを受けるにあたって、改めて夫と話してみましたが、やっぱり「まあ、やっぱり今はいらないよね」という話に落ち着きました。

二人とも子どもが嫌いというわけでもないのですが、自分の子どもが欲しいかというと、違うんですよね。

私たちは都内在住ですが、周りの友人にはDINKsの夫婦がほとんどおらず、独身か子育て中のどちらかです。住んでいるエリア的には、子育て世帯が多いのかもしれません。近所のファミレスにはベビーカーがずらっと並んでいるような地域です。

友人の子どもと触れ合う機会も多く、かわいいなあとは思うのですが、「自分も欲しい」とはならないんですよね。

理由については、やっぱり「これ」というものが思い浮かばず……。「ピーマンが嫌い」なことに明確な理由が無いのと同じように、私の「子どもを欲しいと思わない」にも明確な理由って無いんですよ。

昔からいろんなことを客観的に見てきたタイプで、良くも悪くも人に影響されないので、周りに子育て世帯が多くても「私も……」とはならないのかも。

犬を飼うのは私たちの学生時代からの夢だったのですが、数年前にやっとかなえることができました。だけど、なぜ犬と暮らしたいと思ったのか、明確な理由はありません。

それと同じように、「子どもが欲しい」と思うのも思わないのも、「理由なんて無いけど、欲しいor欲しくない」ということなのかもしれません。

犬は「人間の子どもの代わり」ではない

私たち夫婦はもともとよく国内外へ旅行していたのですが、犬を迎えてからは気軽に行けなくなった、という変化はありました。

ペットホテルなどに預けるにしても送り迎えをしたり、病気や予防接種のために動物病院に連れて行ったり、もちろん毎日の散歩をしたりと、犬ファーストで生活を回して、人間の都合はそれに合わせる、という暮らしになったと思います。もちろん命を預かっているので当然ではありますね。

夫婦二人暮らしの頃は、どちらかというと友達と一緒に暮らしているような、独立した者同士の感覚だったのですが、二人でマックスの世話をするようになってからは、スケジュール調整のためのコミュニケーションが発生するなど、チーム感が増したように思います。

例えば、私が早朝から仕事がある日は、夫が朝の散歩を担当し、その代わりに、私が夕方に長めの散歩に行く。逆に夫が忙しい日は私が朝の散歩を担当することもあり、その日の予定をお互いに確認しながら生活するようになりました。

以前はお互いのスケジュールをそこまで細かく把握することはなかったのですが、マックスを迎えてからは自然と「明日はどっちが散歩する?」と話し合うのが習慣になったんです。

育てるのは大変だけれど、かわいい、かけがえのない存在。そのあたりは、子育て世帯の夫婦に近いのかもしれないですね。

とはいえ、私たちとしては「人間の子どもの代わりに犬を迎えた」という感覚ではないので、マックスのことを「私たちの子ども」として捉えているわけではないんです。どちらかというと「生活を共にするパートナー、家族の一員」みたいな感覚に近いかも?

人間と犬の決定的な違いは、寿命の長さ。多くの場合、人間の子どもは親よりも長生きするけれど、犬は私たちよりも短命です。そのため、仔犬から成犬に育っていく姿を見守りながらも、老犬になった時のお世話もしなければいけない。

この点は、人間の子育てとは大きく違います。だからこそ、限られた時間を楽しく過ごしていきたいと思っています。

子どもを育てている人の「学び」の方が上?

マックスは子犬のときに迎えたのですが、子犬を育てていく過程は、人間を育てる過程と共通する部分もあるのかもしれないな、とも思います。こんなことを言ったら、人間の子育てをしている方からは叱られるかもしれませんが。

例えば犬のしつけも「1から10まで言わずに、自分で考えさせる」というのが重要だそうで、あえて何も言わずに見守るとか、どのように動くか見て待つとか、そういう態度が飼い主に求められるみたいなんです。

私たちも、マックスと暮らし始めてから「見守ること」の大切さを実感した出来事がいくつもありました。

マックスがまだ生後半年くらいだった頃、家の小さな段差を降りるのを怖がっていたんです。最初は抱っこして降ろしてあげようかとも思ったのですが、それではマックスが自分でできるようにならない。

そこで、私たちは一歩目だけサポートして、あとは自分で降りるのを待つことにしました。最初は前足を出したり引っ込めたりして迷っていましたが、何度か挑戦するうちに「こうすれば降りられるんだ!」と気づいたようで、それからはスムーズに降りられるようになりました。

私と夫は、その様子を見守りながら、「がんばれ! がんばれ!」と声援を送っていました。

犬は人間が歴史上最も長く一緒に過ごしてきた動物だといわれているので、人間と犬との距離感や関係性は、人間同士や親子のそれにも近いのかもしれません。

私は仕事でも管理職的立場を任され始めてきたところなのですが、若い部下に対して「口を出しすぎるのではなく、信じて待つ」という忍耐力がついてきたようにも思います。これはマックスを育てることによって得た学びのひとつかもしれません。

でも、こういう「犬を育てること」によって得られた気づきについて話すとき、人間の子どもがいる人の前だとすごく遠慮してしまうんです。

人でも犬でも、「育てること」で得る学びの共通項はいろいろとあると思うのですが、人間の子どもを育てている人が「それは違うよ」と言ったら、そっちが正解みたいな感じになってしまう気がして。

人間を育てている方の経験が絶対的で、育ててない人は遠慮しなきゃいけない、という雰囲気があるように感じてしまいます。

ミクロな視点で個々人を見れば、子どもにしろ動物にしろ、“命を預かって育てる”という経験を得ると、人として成長すると思います。でも、マクロ視点で社会全体を見れば、子育てをしている人がみんなすばらしい人間性を持っているかというと、そうとは限らないですよね。

子どもを持たない人だって、また別のベクトルでさまざまな学びを得ていると思うので、「人間は、子どもを持つことで成熟する」みたいな考え方はどうなんだろう? と。

会社などでも、子どもを育てている人が頻繁に休みを取って、子どもを育てていない人がモヤモヤする、という問題がよく取り上げられるようになってきましたが、子どもの都合で休むのはやむを得ないとして、子どもがいない人も自分の都合で休んでいいと思うんです。

子どもがいる人といない人の都合を平等に扱う、どんな人のプライベートも同じように大事にしよう、という風潮になれば、結果的に子どもがいる人も今より休みやすくなりそうですよね。仕事以外の何を大事にしているかなんて、人によって違うわけですから。

「母との関係性がトラウマで……」と理由づけしたくない

私はひとりっ子、母はシングルマザーだったので、ずっと母ひとり・子ひとりで暮らしていました。

母親ががんばって働いてくれたおかげで、私は大学まで行かせてもらえたのですが、その反面、母は私を所有物みたいに扱うところがありました。

私が学生の頃に、異性と付き合うことを「男に媚を売っている」などといって猛反対したり、彼氏と同棲している部屋や働いている会社に押しかけてきたり。大人になるにつれ母の異常性に気づき、今はほとんど会っていません。

こういう話をすると、客観的に「母との関係のせいで子どもを持ちたいとは思えないんだろうな」と分析されてしまいそうですよね。

でも個人的には、母との関係性と、自分の子どもを持つことのスタンスは、関係あるかもしれないし、無いかもしれないし、分からない、としか言えないんです。他者から「こういう生い立ちだから、欲しくないんですね」と決めつけられるのも違和感があるというか。

もちろん親との関係にトラウマがあるせいで「子どもを持ちたい」と思えない方もいるでしょう。でも私は「もし自分が親になったら、母親みたいになってしまうのではないか」という恐怖を感じたことはないんです。

それに、自分の人生を過度に悲劇っぽく捉えたくもありません。実際、今の生活に満足していますし。だから、子どもを持ちたいと思えないことについて、無理やり理由づけするのも違う気がするんですよね。

もともとの自分の性格として、「自分でいろんなことを決めたい」「身軽で自由な状態でいたい」という気持ちが強いので、そういう性質から親になりたいと思わない部分もありそうです。いろんな理由が複合的にあるんじゃないでしょうか。

「aだからbなんだ!」と事象と事象を簡単に結びつけてしまうのって、納得できて楽なんです。でも私は、そういう結びつけ方に違和感を持つ性質なんだと思います。

母についても、うまくはいっていませんが「嫌い」というわけでもないんですよね。母にもいろいろあったんだろうな、一緒に楽しく暮らせなくて残念だなとは思っています。

かといって寄り添いすぎるといろんなことに巻き込まれてしまうので、申し訳なさは感じつつ、離れることにしています。

ただ、私ももうすぐ40歳なので、実子を授かるための身体的なリミットは近づいています。夫と愛犬と3人(匹)で暮らしているのを知った親戚などから、「後悔の予言」をされることもあって……。

(後編につづく)

家族みんなで幸せに暮らす綾子さんが突きつけられた「後悔の予言」とは? 後編は3月27日(木)に更新予定です。

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

※この記事は2025年03月26日に公開されたものです

月岡ツキ

1993年長野県生まれ。大学卒業後、webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在はライター・コラムニストとしてエッセイやインタビュー執筆などを行う。働き方、地方移住などのテーマのほか、既婚・DINKs(仮)として子供を持たない選択について発信している。既婚子育て中の同僚と、Podcast番組『となりの芝生はソーブルー』を配信中。創作大賞2024にてエッセイ入選。2024年12月に初のエッセイ集『産む気もないのに生理かよ!』(https://amzn.asia/d/7nkb2q6)を飛鳥新社より刊行。
X:@olunnun
Instagram:@tsukky_dayo
note:https://note.com/getsumen/

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高橋千里

高橋千里(たかはし ちさと)

2016年にマイナビ中途入社→2020年までマイナビウーマン編集部に所属。タレントインタビューやコラムなど、20本以上の連載・特集の編集を担当。2021年からフリーの編集者として独立。『クイック・ジャパン/QJWeb』『logirl』『ウーマンエキサイト』など、紙・Webを問わず活動中

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