【File49】彼氏の完全同意botだった頃の話
今振り返れば「イタいな、自分!」と思うけれど、あの時は全力だった恋愛。そんな“イタい恋の思い出”は誰にでもあるものですよね。今では恋の達人である恋愛コラムニストに過去のイタい恋を振り返ってもらい、そこから得た教訓を紹介してもらう連載です。今回は白井瑶さんのイタい恋。
大学生の頃、初めて社会人の彼氏ができた。
すごく仕事のできる人で、楽しそうに仕事を語る姿が魅力的に見えた。彼の会社の広告や、関わったモノを街で見かけるたび、わたしまで誇らしい気持ちになった。
大学を卒業してからは、ますます尊敬の気持ちが増した。働き始めたわたしは、自分のあまりの仕事のできなさに絶望していた(今考えれば、その仕事が向いてなかったのもある)。そんな中、やりがいとやる気でガンガン仕事をこなす彼は素敵に見えた。
はじめは対等だった彼とわたしの力関係は、いつのまにか完全に彼が上になっていた。働き始めたわたしの自信がバキバキに折れていたのもあるし、「働き続けるの無理じゃない? 結婚したい!!」という邪な気持ちもあって、めちゃくちゃ下手に出ていたのも原因だと思う。はじめはちゃんと話し合って決めていたようなことも、だんだん「彼が決め、わたしが同意する」が当たり前になっていた。
自分で考えなくても決めてもらえる楽さは、大体の人にも分かってもらえると思う。でも、その時のわたしはもっと上の、「決めつけられる心地よさ」にある意味酔っていたのだった。
決めつけられる心地よさ
雑な例えだけれど、初めて会ったメンバーでランチに行くとする。その際、全員が「何でもいいですよ」となると気を使いあった微妙な時間が続く。そこで「今日は絶っっっっっっ対サイゼに行きたいです!!」と言う人がいると、わりと助かったりしないだろうか。
大人になって視野が広がると、自分と違う考えや価値観と出会う。自分が正しいと思う事柄がそうでもなかったり、絶対違うと思った意見の背景を知ってしまったり。とにかく、言い切ることが難しくなる。そんな中、全てを言い切ってくれる彼は、わたしにとって神様だった。
彼はあらゆることに自信を持って言い切ってくれた。見解が別れる題材でも、簡単に答えが出ない問題も、サクッと彼なりの「正解」を出してくれたので、わたしはそれを「そうだね〜!」「すごい!」と言っていれば良かった。彼の意見を鵜呑みにすれば、考えず済むので楽だったのだ。
当時のわたしはアホというか、進んでアホになりたがっていたフシがある。わたしがbotくらいすべてに同意するためか、次第に彼も強い言葉を使うようになっていた。
「◯◯なんて言い出す奴はバカ!」
「そうですね!!」
「××に決まってる」
「わかる!!」
まるで笑っていいともである。
違和感があるかもしれないけれど、当時「相手の意見を尊重する」と「完全同意」を混合していたわたしにとって、これらは真摯なコミュニケーションだったのだ。「わかる」と言い続けていれば、彼から「わかっている女」として認定されるのも嬉しかった。
彼はわたしに対しては、そんなに乱暴な言葉を使わなかった。けれど、もっと遠回りな言い方でわたしに「正しさ」をぎゅっと押しつけてきた。
「味噌汁の出汁、粉末なんてありえないよね」
「俺はレトルトのカレーとか食わされるならいらないな……」
「男にこういう言葉遣いする女って……」
……みたいなことを、デート中やテレビを見ている時などに呟くのである。
botのわたしはその都度「だよね〜♡」と同意した手前、粉末出汁やレトルトのカレーを禁じられ、言葉遣いも矯正される。そうやって縛られながらも、「これをしなければ正解である」という基準が与えられたような気がした。守っていれば正しい人間になれた気がして心地良かった。
セクハラ気味の同僚についてポロッとわたしがこぼした際も、「それくらいで? 全然戦力になってないのに、まさかそんなことで騒がないよね?」と半笑いで言われた時すら、「そうだよな〜!」と心から思った。判断基準が彼だったし、彼の考えはわたしの考え! そして正解! そんな23歳だった。
イタい恋から得た教訓「考えを放棄してはいけない」
彼とはわりと最悪の別れ方をしたのだけど、別れのいざこざを差し置いてもあまりいい付き合いではなかったなと思う。彼も彼だがわたしもわたしで、考えるのを放棄して、彼と同じ考えになれば結婚相手に選ばれる♡ というイタめの女だったのは否定できない。
私に対して「◯◯なんて言う奴はバカ!」と言い切っていた彼が、先輩のSNSの投稿に対して「やっぱ◯◯ですよね!」なんてコメントをつけていたことも、知っていたのに当時は完全に無視していた。
別れて数年経ち、「俺と同い年の女なんてオバサンだよ」と言っていた彼が、「オバサン」になったわたしに普通に連絡してきた。すでにbotを卒業したわたしは、半笑いでブロックした。
(文・白井瑶、イラスト・菜々子)
※この記事は2022年05月08日に公開されたものです