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あのとき傷ついてよかった。『Radiotalk』女性プロデューサーの自分軸

高橋千里

あこがれの人、がんばってる人、共感できる人。それと、ただ単純に好きだなって思える人。そんな誰かの決断が、自分の決断をあと押ししてくれることってある。20~30代のマイナビウーマン読者と同世代の編集部が「今話を聞いてみたい!」と思う人物に会って、その人の生き方を切り取るインタビュー連載【Lifeview(ライフビュー)】。

働く女性にインタビューしたい。そう思ったとき、一番最初に思い浮かんだ人がいた。

トーク配信アプリ『Radiotalk』プロデューサーの井上佳央里さん。誰でも自分だけのラジオ番組を配信できるユーザー投稿型サービスを立ち上げた彼女は、多方面のメディアから注目を集めている(実は私の大学時代の先輩でもあり、今でも一緒にお酒を飲みに行くなど、仲よくさせてもらっている)。

女性が活躍しやすい社会になった今、自ら会社や事業を立ち上げる女性は多い。その中でも私が佳央里さんに話を聞こうと思ったのは、単純に仕事ぶりや成果物に惹かれたから、だけではない。プロジェクト立ち上げ期に降りかかったあらゆる困難にもくじけず立ち向かう姿を目にして、それがものすごくかっこよかったから。

小柄でかわいらしい外見からは一見想像できない、強い生き様。その原動力はどこから来ているのだろう。佳央里さんの人生観をもっと深く知りたくなって、彼女が働くエキサイト株式会社を訪れた。

居場所がなかった幼少期。救ってくれたのは「新聞の投稿コーナー」

「幼少期の私は、全然リアルが充実していないダメな子だったんですよ。塾では成績順でうしろの席ばかり。バスケットボールのチームを決めるときなんて、どのキャプテンからも最後まで選ばれないから、ジャンケンで負けたキャプテンのチームに入れさせてもらうとか。習い事で通っていた合唱団では、緊張しすぎて嘔吐しちゃって、退団を余儀なくされたり。生きる楽しみが見つけられなかったんです」

インタビューがはじまるやいなや、笑いながらそんなことを話し出すからびっくりした。そのかわいい容姿と明るい性格で、何不自由ない子ども時代を過ごしてきたと思っていたから。だけどそんな幼少期こそが、今の自分を形作る原点になったと語る。

「そんなとき『朝日小学生新聞』の読者投稿コーナーに小説やイベントレポートを投稿していたら、新聞公認の“朝小リポーター”になれて、記者活動みたいなことをさせてもらえるようになって。ほかにも雑誌のお便りコーナーに葉書を送ったり、同じ感覚で2ちゃんねるにも投稿しちゃっていました。しりとりスレとかに(笑)。リアルで肩身が狭かった私に、地味ながらも活躍できる場所があるのがうれしかったんです」

それから“ユーザー投稿もの”に愛着が沸き、自分もユーザー投稿型サービスを作って、世の中に笑顔を届けたいと思うようになった佳央里さん。それが実現できそうだと感じて新卒で入社したエキサイトでは、「エキサイト翻訳」「エキサイトブログ」などのウェブサービスのプロデューサー経験を経て、社会人6年目になった昨年度、社内ベンチャー制度(※1)で新規アプリ事業『Radiotalk(ラジオトーク)』を企画した。

『Radiotalk』2018年4月 正式版iOSアプリリリース

「音声入力の利用率が伸びていること、スマートスピーカーの普及がはじまったことから、文字だけでなく声で発信したり『ながら時間』を楽しむことに可能性を感じたんです。最初は社内でも主務が別にあって、空き時間に進める小さな個人企画だったんですが、8月にリリースしたベータ版(※2)の反響が想定よりよくて。社内でも『自分も携わりたい!』と言ってくれる人が出てきたり、まわりから叱咤激励されるようになって、本気度が変わりました。あと、目標達成率だけでなく『Radiotalkをはじめて自分自身が変わった』というようなメッセージを音声で聴けたときはしびれるほどうれしいですね。これから先、歩いているときとか、洗い物中とか、世の中の退屈な時間すべてを楽しい時間に変えたいと思っています」

なんだって、新しいことをはじめるのは楽しい。だけどひとつのプロジェクトを立ち上げるのは、仕事である以上、成果が求められる。社内外問わず「音声系サービスはマネタイズで失敗する」「素人のトークを誰が聴くの?」「大手企業で新規事業が成功するの?」など否定的な声も少なくなかったという。

「今でも賛否両論です。だけど企画において、万人がいいと言うものはありきたりでおもしろくないはず。否定派がいることは強みだと思うし、意見にヒントが隠れているかもしれないので、無視するよりは『私はこう考える』というアンサーを持つようにしていました。あとは、肯定派の熱量をいかに上げるかを考えます。それでもくじけそうなときは、他社や起業家の考え方を聞きに行ったりして立て直します(笑)」

3秒以上悲しんだら、甘え。逆境が教えてくれた、軸を持つことの大切さ

どこまでも仕事に対して真摯で、前向き。しかし、実は『Radiotalk』ベータ版をリリースしたあと、佳央里さんの生活は順調ではなかった。約3年間付き合って婚約までしていた恋人との別れ。急きょ必要になった転居。転居先で起きた赤の他人との対人トラブルなど。その中でも、リリース直後の失恋は彼女にとって強く印象に残る出来事だった。

「失恋したらショックで仕事できなくなるのが怖くて、彼と出会うまでずっと恋愛できなかったんです。付き合っていたときも、もしこの人と別れることがあったら、出社できないくらい落ち込むんじゃないかなって思っていました」

だけど実際に別れを告げられた瞬間、頭をよぎったのは仕事のことだった。

「リリース直後の大事な時期なので、精神的なダメージで仕事に支障が出たり、遅れをとったりしたくないなと。だから、まずは婚約解消にあたってのToDoリストを作りました。引越し、親への報告、家電の手配、とか。でも仕事で考えなきゃいけないことのほうが多くて。もしふと3秒も失恋を思い出しちゃったら、それは本来考えるべきことから逃げている証拠だ、甘えだ! と思って元の考え事に戻る。そんな“3秒ルール”を作っていたので、結果的に3秒以上は悲しんでいないんじゃないかな。失恋を何分も引きずるのって、百害あって一利なしだと思うので」

もしかすると、ショックをあえて感じないように、無理やり頭を切り替えていたのかもしれない。とはいえ、佳央里さんの人生の主軸は「サービス(=Radiotalk)を通して世の中に笑顔を届けること」。その軸を実現できる環境にいられたからこそ、失恋からすぐに立ち直ることができたと話す。

「もしも私の人生の軸が『結婚して専業主婦になる』だったら、振られたときにちがう選択肢を選んだと思います。でも私にはこの軸があったから、それを支える意思決定をしました。軸を支えてくれる存在として、パートナーがいてくれたらうれしいし、もしいなくなっても自力で軸を支えられる人になりたいです」

傷ついたからこそわかる、救われたときのありがたみ

どこにも居場所がなく、つらい日々を送っていた少女の面影はまるで感じられなかった。もしも、あのころの自分に声をかけてあげるとしたら? そう聞くと佳央里さんは少し考えてからこう言った。「傷つくチャンスがあるだけ、傷ついてみてほしい」と。

「いっぱい傷ついたからこそ、新聞や雑誌に投稿して選ばれたときに『救われた』と感じることができました。救われたときのありがたみがわかったんです。傷つかなかったらずっとハッピーだけど、今の仕事につながることはなかったかな。そう考えると、あのとき傷ついてよかったと思います」

自身が手がけた『Radiotalk』で、世の中の退屈な時間をトークの力で楽しいものにしたいと話す佳央里さん。ユーザーの中にもトークを聴いて疲れが吹き飛んだり、悲しいことを忘れられたりと、救われた人は数多くいるだろう。彼女が経験したつらい過去こそが、今の事業につながっているのだ。

同世代の働く女性で、ここまで自分のやりたいことに邁進できる人はそう多くないと思う。働き方は人それぞれで正解はないけれど、それよりも大事なのは「人生の自分軸を持つこと」なのかもしれない。それは仕事でも、結婚でも、趣味を突き詰めることでもいい。

私は今まで何に心を動かされて、何を大切にしてきたのか。そして、これからどんな人生を歩みたいのか。ずっと曖昧なまま生きてきたけれど、彼女と話したことで、それらが少しずつ紐解けていくのを感じた。次会うときは、お互いどんな話ができるだろう。

(取材・文:高橋千里/マイナビウーマン編集部、撮影:洞澤佐智子)

※1 社内ベンチャー制度:エキサイト株式会社の独自制度。社員が立候補して複数の審査を経て、採用された場合はプロジェクトを立ち上げることができる。『Radiotalk』が第1回の採用となる。
※2 ベータ版:正式版をリリースする前にユーザーに試用してもらうためのサンプルのソフトウェアのこと。

※この記事は2018年05月08日に公開されたものです

高橋千里

高橋千里(たかはし ちさと)

2016年にマイナビ中途入社→2020年までマイナビウーマン編集部に所属。芸能人インタビューやコラムなど、20本以上の連載・特集の編集を担当。2021年からフリーの編集者・ライターとして独立。女性向けジャンル(恋愛・美容・エンタメなど)を中心に活動中。女子アイドル、恋リア、コスメ、お酒が好き!

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