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群馬から飛び出した彼の世界が、知りたかった。Da-iCE和田颯インタビュー

私の地元にベイシア文化ホールという、キャパ2000人くらいの広い会場がある。

実家を出てすぐのそこは、田舎の街並みにはちょっと不釣合いな大きさの建物。駅からのアクセスはお世辞にもいいとは言えなくて、歩いたら30分弱かかるんじゃないかと思う。電車もバスも十分に整っていないこの場所に人を集められるのは、本当に人気があって愛されている存在だけなんだろうな。有名なアーティストがここへ来るたび、私はこんなことを考えていた。

「群馬じゃ見たこともない数の女の子が集まってるよ。Da-iCEっていうグループだって」

彼らがこの会場でライブを行った去年の秋、人だかりに驚いた母が大興奮で電話をしてきた。もともとDa-iCEの存在は知っていたけれど、どうやら私と同じ群馬出身のメンバーがいるらしい。それを知ってすごく興味がわいたし、親近感を持った。自分と同じ地元で育ったその人は、ここを飛び出してどんな景色を見てきたのか。私は、和田颯という人物にどうしても話が聞きたくなった。

頑張んなきゃいけないって気づいてた。

「僕、もともとはこの業界にまったく興味がなかったんです。当時の夢は、ダンスの先生になることだったから。だけど、地元のダンススクールの先生に『芸能事務所のオーディションがあるから受けてみたら?』と声をかけてもらったんです。そうしたら受かっちゃった。軽い気持ちで挑戦して、『本当に受かっちゃった』っていうのが正直なきっかけでした」

オーディションに合格したのは12歳のとき。ダンスがしたい、そんなまっすぐな気持ちはあったものの、まさか自分がオーディションに受かるとは。突然やってきたきっかけは、まだ中学生だった彼の生活を大きく変えた。

「学校が終わったら、速攻で車に乗り込んで駅に行く。中学の頃はレッスン、高校2年の時にはDa-iCEのメンバーになっていたから、東京でライブをして日帰りで地元へ戻ってくるような生活でした。終電を逃したらメンバーの家に泊めてもらって、次の日の朝に帰ることもあった。大変だったのかもしれないけど、中学生からずっとこの生活を続けてきたから、いつの間にかこれが当たり前になっていました」

20歳で上京するまでの8年間、地元の群馬と東京を往復し続けた。当時の彼がどんな生活を送っていたのかと聞けば「最低でも週に3~4日は東京へ来てたんじゃないかな」なんて、さらっと話す。

群馬から東京に向かう電車の中で過ごす、約2時間。彼と同じ地元で育った私は、その距離を知っている。東京は近いようで遠い場所。学生時代の私にとって、この地元から一歩外へ出ることがどれほど勇気のいることだったか。

「地元の群馬から東京に通う日々の中で『あ、これ頑張んなきゃいけないやつだな』って、中学生の僕なりに気づいてた。グループを組んでからは、この業界でやっていきたいって気持ちを強く持つようになりました。Da-iCEとして、僕の好きな踊りをみんなに届けたいって」

「これは事件だ」ターニングポイントと憧れの存在。

2018年、メジャーデビューから5周年目という記念イヤーを迎えるDa-iCE。今や日本武道館や幕張メッセの会場をいっぱいにするグループにだって、もちろん下積み時代があった。Da-iCEとして活動するなかで、彼のターニングポイントはどこにあったのか。

「2012年のイベントで、AAAさんのオープニングアクトをやらせていただいたのがいちばんのターニングポイントでした。だって、僕たちDa-iCEのことを多くの人に知ってもらえた出来事だったから。オープニングアクトを務めたあと、ツイッターで100人くらいのファンから反応があったんです。たった一回やっただけで、ですよ? 僕自身『どういうことだ!?』って驚いたし、メンバー5人で『これは事件だ!』って話していたのを覚えています」

そのステージで、たしかな手応えだって感じることができた。

「オープニングアクトのステージに立った瞬間は、お客さんもまばらで僕たちにまったく興味を持ってもらえてなかったんです。でも、パフォーマンスの最後のほうには変化があって。お客さんがちょっとずつ前に集まって、僕たちを観にきてくれました。あれは本当にうれしかった」

そして、ステージのあとに見た先輩たちの姿に、彼は心から憧れた。

「AAAさんは大尊敬する先輩です。オープニングアクトがきっかけで、『オーラがちがう』『ステージに立ってるだけでかっこいいな』ってすごく感じて。庶民派でどこにでもいそうな僕たち5人とは正反対で、それはもうスターなんですよ。踊っている瞬間以外にも、振る舞いとか、歩いているときの仕草とか『こうやったらかっこいいんだ』と思う部分がたくさん。いつかDa-iCEもあんな風になれたらなって」

和田颯は、どこか落ち着いていて、ゆったりとした空気感を持っている。でも、それとは裏腹に期待とか野心をたっぷり詰め込んだ言葉を選ぶから不思議だ。

「2017年のアリーナ公演はソールドアウトできなかった会場もあったので、次はもっと大きいステージを満員にしたいなって思います。3年後の目標は、東京ドームに立つことですね」

やっぱり私は、彼の話が聞けてよかった。ちょっぴり刺激が足りないあの地元を飛び出し、こんなに眩しい話し方をする人がいたなんて。インタビューを終えたあと、自分ももっと東京で頑張ろうと思えたし、昔は出たくてしょうがなかった故郷をなんだか誇らしくさえ感じた。

年末に帰省したとき、ベイシア文化ホールの横を母と通りかかった。忘れっぽい母が「Da-iCEっていうグループがね」と、聞いたことのある話を繰り返した。編集者になりたくて上京してきた私は、この会場をいっぱいにする彼と記事を通して向き合っている。そんな話をしたら、母はきっとまた大興奮するんだろうな。

(取材・文:井田愛莉寿/マイナビウーマン編集部、撮影:前田立)

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