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専門家 デート・カップル

清らかな乙女ではなく、実は腹黒い美少女!?  男性経験なしだった樋口一葉の人生

堀江 宏樹

五千円札の顔である樋口一葉。顔と名前は地味~に知られているけれど、どんな作家かまでは知られていないかもしれませんね。

一葉の実像は腹黒い美少女、つまり黒乙女だったように筆者には思われます。
一葉は日記を残しており、その中で、しきりに自分が清らかな乙女であると強調しています。なのに、彼女の文学の師匠で、悲恋の相手でもあったとされる半井桃水(なからいとうすい)、さらに他に別の男性からも、それぞれ毎月20円のお金をもらっていたようなんですね。いわば援助交際!? それも現在で20~30万円ほどの価値ですから、たいしたもんです。

しかし、この愛人手当同然のお金を男性陣からせしめていながら、一葉は男性の誰ひとりともセックスをしていなかったのでは……と筆者は考えています。一葉には特別な事情がありました。彼女は父を早くに失い、一家全員を支えるため、当たれば大金を稼げる職業として小説家を志しました。

そして、半井桃水自身によると、彼の反対を押し切り、無理矢理に弟子入りしたそうです。一葉は彼の色白で筋肉質な外見が好みでしたから、「彼のお嫁さんになれたら……」ということも当然、狙っていたと思います。が、半井桃水は職業が新聞記者という当時のエリートで、名家のボンボンでした。没落士族の樋口家とは釣り合いませんから、身分制が厳しかった当時、一葉を正妻にしてくれる可能性はゼロです。
当時の女性にとっては今日以上に、リッチな男性との結婚が、幸せな人生の鍵として考えられていました。結婚を重視するなら、半井は捨て、新しい男性を一葉は捜すべきだったのですが……そこは惚れた女の哀しみというやつで、ずるずると関係は続いてしまったようです(その代償として、お金はもらっていましたが)。

明治時代になると、女性に求められる条件は江戸時代とは一変、若い女性が「よい結婚」をするには処女であることが絶対条件となります。一葉の最初のヒット作は、彼女の死後に出た『樋口一葉全集』ですから、処女という人生の切り札を簡単に捨てようとしたとは思えません。だから24歳で結核で亡くなるまで、一葉は望みを捨てず、処女であり続けた……ようなんですね。

一葉は恋愛小説に興味がありました。作家には、経験が大事ですから、未経験のままオトナの男女の世界を描くことは難しいでしょう。作家として煮え切らないまま、婚活女性としても理想の男性とは結婚はできないという状態から次の一歩を踏み出せず、苦しんでいたと思われます。

ところが一葉は、死の約14カ月前から吹っ切れます。吉原の裏町で、原稿を書きながら、駄菓子屋を経営していたこともある一葉は、色街で暮らす少年少女の初恋を描いた『たけくらべ』や、遊女が愛人と心中する『にごりえ』。さらに男女の不倫愛を描く『裏紫(未完)』などオトナなテーマの恋愛小説に着手します。
それまでは玉の輿に乗った後、オトナな小説を書いていたことが(姑たちに)問題視されるのを恐れていたのかもしれません。キレイ売りしたかったのでしょう、少女趣味な作品ばかり書いていたというのに……。

しかし、この「開き直った」14ヶ月間の作品が、彼女をはじめて偉人小説家の域にまで押し上げたのですね。結核が悪化し、死期が迫る中で「もうお嫁さんにはなれない。ならば作家として傑作を残し、永遠に生きてやる」。彼女の中で決意が、やっと固まったのだと筆者には思われてなりません。

樋口一葉は、自分の美貌を巧みに利用して生きているようで、悪女にもなりきれなかった。
この不器用さが樋口一葉という女流作家の本質であり、不幸さであり、愛おしさでもあると思うのです。

(堀江宏樹)

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