5年先だって不安なのに、10年先のことなんて、もう分からないとしかいいようがないよね。
女子会ではカクテルグラスを片手に、今日もそうして会話の茶を濁す。なぜ、私たちには時限爆弾が設定されているのだろうか。世間の景気とか、晩婚化とか、社会の事情など関係なく、なんとか仕事に慣れてきた時期に「子をなすか・なさないか」という選択が迫られる。
20代の時、子持ちの先輩の話を聞いてみたり、独身を貫くつもりだという女友達の話に耳を傾けてみたりしてみたが、結局腹は据わらなかった。自分で自分のことが分からないのだ。今はいい、そうは思っていても、いつ「やっぱり欲しい」と思うのかすら分からない。先んじて決めておくほどの覚悟もない。だから悩んでしまう。
この手の話というのは結局、自分がどうするかでしかなく、いくら人に話を聞いても自分が納得できなければ意味がない。にも関わらず、下手に口に出すと「持つべき・持つべかざる論」にも発展しかねず、友人関係にヒビが入ることもある。本は、そんな時にいい。温かい飲み物を飲みながら、誰かの人生、そして悩みをゆっくり咀嚼しながら「もし、自分だったら?」と考える時間が、私たちには必要なのだ。
【この本のポイント】
・「もし子どもがいたら?」「いない人生はどんな?」という静かな問いかけ
・リアルすぎる登場人物(30代以上の先輩たち)の苦悩
・35歳を過ぎる頃の自分を少しだけリアルに想像できる
■「子どもを持たない30代以降」に、何を思うのか
『いるいないみらい』(窪美澄著・角川文庫)の作者である窪美澄さんは、フリーの編集ライターを経て、40代になってから小説家としてデビューしている。離婚や家族との死別を経験していることを公表しており、等身大な女性や恋愛、家族をつくることにまつわるテーマを扱う作品を多く発表している。
『いるいないみらい』には、子どもを持たない登場人物たちが主観となる短編が5編掲載されている。例えば「1DKとメロンパン」では、子を持つことに不安を抱える既婚女性が登場するが、パートナーである夫から「子どもが欲しい」と言われ、苦悩する。「無花果のレジデンス」では、妻との妊活への熱量の差に苦しむ夫が登場する。
どちらの主人公も30代半ばの年齢だが、登場人物たちは“まだ”悩んでいる。20代、子どもが欲しいかはまだ分からなかった。30代になっても、悩んでいる人はいるのだ。
前述した通り、こういった話題は歳を重ねるほど、他人とは話づらくなったりする。昔は仲良くしていた女友達も、20代後半、30代ともなると、人生設計やライフスタイルがずれ始める。昔と変わらず接してくれる人もいれば、センシティブになってしまう人もいる。女子会で「子どもはどうする?」なんて話題が上がっても、みんなが心の底にある本当の想いを吐き出しているとは限らないのだ。
結婚とか、子どもとかいう話題はその人の人生にあまりにも大きく関わる問題だ。だから気軽に人に相談できないし、友達もだんだん、相談してくれなくなったりする。だからこそ、本を読むことに意味がある。『いるいないみらい』の中で、登場人物たちはその切実な想いを私たちに語ってくれる。だから私たちも自分の「いる・いない未来」について、真剣に考えることができるのだ。
『いるいないみらい』はフィクションの小説だが、内容はどこまでもリアルだ。登場人物たちが何を不安に感じ、なぜモヤモヤしてしまうのかも、ありありと描かれる。彼氏や夫、母との考え方の違い。それこそ、まるでカフェで女友達の話を聞いているかのように、現実的だ。
■「妊娠しなかったら」、わたしは後悔する?
「私は子どもが大嫌い」には、文字通りが子ども嫌いな主人公が登場する。趣味の時間に没頭できる主人公にとって、結婚や家庭を持つことは、自分の時間を奪われることに他ならない。しかし、ひょんなことから近所に住む子どもと関わることになると、優しく接することができる。その姿を想像すると、子どもを持つか悩んでしまう自分も、子どもが嫌いなわけではなく「不安」が強いだけなのではないか、と考えさせられる。
子どもを持たないまま、40代、50代になった登場人物たちも登場する。しかし、出産ができない年齢になっても「養子を持つ」という選択肢も存在する。今や、提供を受けて「ひとりで」生むことだってできる。時限爆弾が爆発しても、私たちの悩みは終わることがないのかもしれない。
登場人物たちも、自分なりの折り合いをつけながら話が閉じていく。思い切って自然に任せてみようとか、モヤモヤを抱えたままもう少し生きてみようとか。それに対して、自分も色々と考えてみる。自然に任せてみたものの子どもは持てなかった、という短編もあった。もしも自分だったら、その時後悔するのだろうか。
女性は、30代半ばに向かうにつれて人生の幸福指数が下がっていくという。結婚するか、子どもを持つかという悩みに加え、どうやって働いていこうか、という悩みもある。子どもを産めば、キャリアがストップするかもしれない。私たちは、これら全部をひっくるめて、自分の人生をどう生きるかを決めていかないといけない。とても1人でできることではない、と私は思う。
■決めるのは自分だからこそ「本との対話」が心地いい
35歳の自分を想像した時に、パートナーがいたところで、女性と男性の立場が違うのが、今の現状であると感じる。男の立場で考える子育てと、女の立場で考える子育てはきっと違う。だから、結婚していようがいまいが、きっと最後は自分で決めるしかない。どんな人の意見も関係なく、自分との対話で決定していくべきことなのだと思う。
子どもがいる未来といない未来は、きっと全然違う。毎日の忙しさも、幸福の性質も、何もかもが異なるのだろう。どんな話を聞いても、その人の場合と自分の場合は違うのだろうけれど、本は少なくとも、意見を押し付けてこない。ただ静かに、私たちに「もしあなただったら?」と、問いかけてくれる。
読書は、自分との対話だ。私も自分の人生を決定するまで、何度でもこの本を読み返すのだろう。
(ミクニシオリ)