「の方」は正しい敬語? 正しい使い方や言い換え表現を解説
「の方」は表現を曖昧にしたい時に用いることが多い言葉です。しかし、誤って使用されることも多いのだとか。今回は、ビジネスシーンでの「の方」の正しい使い方をライティングコーチの前田めぐるさんが解説します。
「あちらの方へどうぞ」「お料理の方、お持ちしました」「お仕事の方はいかがですか」など、「の方」という表現は、頻繁に耳にしますよね。どちらかといえば、メールや文書よりも会話の中でよく使われるフレーズでしょう。
しかし、この言葉は、使い方によっては不適切な場合もあります。
今回は、「の方」の正しい使い方を意味や例文も含め、確かめておきましょう。
「の方」の意味は? 目上の人にも使える?
「の方」には、「のほう」と「のかた」、2種類の読み方がありますが、今回は「のほう」と読む場合に絞って解説します。
「の方」の意味
「のほう」と読む場合の「方」には次のような意味があります。
ほう【方】
(1)向き。かた。「東の―に煙があがる」
(2)ある地域。
(3)ある部面。ある分野。「酒の―では引けを取らない」
(4)話題のものをぼかして、その部面であることをいう語。「設計の―をやっている」
(5)並べて幾つか考えられるものの、一つ。「酒より菓子の―がいい」
(6)どちらかといえばこれだという部類をいう語。「勇気のある―だ」
(『広辞苑 第七版』岩波書店)
他にも「方(ほう)」の意味はありますが、「の」を加えて「〜の方」と表す場合は以上です。
これらをまとめると、分野や方面などをぼかす働きと、物や方角を示す働きがあるといえます。
「何となくそのあたりの分野や方面」という意味で使われることが多いようですが、これは日本語において遠回しに表現することが一種の慎み深さのように考えられてきたためでしょう。
「の方」を目上の人に使う時は注意が必要
「の方」は接客時に使われがちなので、敬語の一種だと考える人もいるかもしれません。しかし、これは間違い。
この言葉を用いることで慎み深い表現にすることはできますが、目上の人に使用する場合、それだけでは敬語として不足です。必ず敬語表現を加えるようにしましょう。
例えば、ある国家公務員が目上の人から勤務先を問われて少しぼかしたい場合、「役所の方に勤めています」と答えれば、丁寧語のレベルです。
「役所の方に勤めております」とすれば、「謙譲語+丁寧語」となり、より敬意の高い表現になります。
「の方」の誤った使い方
曖昧にしたい時や複数の中から1つを選ぶ時に、「の方」を使うのは正しい表現です。しかし、ぼかす必要がなかったり、比較の対象がなかったりする時に使用するのは誤りといえます。
例えば、以下のようなケースでは、他の言葉に言い換えるか、省くかする方が良いでしょう。
(1)「お荷物の方、お持ちしましょうか」
「の方」を敬語だと思い込み、接客語として使っているNG例です。
持つべきものが荷物だけの場合、「の方」を省いた「お荷物をお持ちしましょうか」が正しい表現になるので注意しましょう。
(2)「コーヒーの方、お持ちしました」
コーヒーとカレーを注文したお客さまに、「コーヒーの方は、後でお持ちしましょうか」と尋ねるのは正しい表現です。しかし、比較する対象がないのに「の方」を使うのは誤り。
例えば、コーヒーだけ注文したお客さまに対して、「コーヒーの方、お持ちしました」と言うのはNGです。この場合は、「コーヒーをお持ちしました」が正しい表現です。覚えておきましょう。
(3)「おつりの方は、500円です」
金銭のやり取りでは、正確さが大切です。そのため、曖昧な表現を意味する「の方」は省き、「おつりは500円です」と渡す方が良いでしょう。
「の方」の正しい使い方【例文付き】
「の方」は、他と比較して一方を選ぶ時に用いるのが本来の正しい用法です。
また、相手についても自分についても、慎み深さを大切にしたい時に使えるフレーズでもあります。
ですので、「健康や仕事のことなどを聞くのは、遠慮のない人だと思われるかもしれない」「勤務先や住まいのことなどを自信満々に答えると、自慢していると思われるかもしれない」といった心配がある時には、「の方」を使用すると良いでしょう。
以下で例を紹介します。
(1)「〜の方はいかがですか」
相手の健康状態が心配でも、少々プライベートなことであり、ずけずけと聞きにくいもの。そんな時は、「〜の方はいかがですか」と表現をぼかすと良いでしょう。
例文
「お体の方はいかがですか」
(2)「〜の方です」
どちらかといえばこれだと部類を示す場合にも「の方」を使用することができます。
例えば、飲み会などの場で「お酒が嫌いではないけど強くはない」というニュアンスを伝えたい時に、「お酒は弱い方なので」「下戸の方なので」といった使い方ができるでしょう。
また、お酒が苦手だけれど何となく言いづらい雰囲気の時にも、表現をぼかす役割として「の方」が役立ちそうですね。
例文
「下戸の方なので、ノンアルコールで失礼します」
(3)「~の方から○○いたします」
電話を掛けた相手が留守で、「帰社次第お掛け直しします」と返される場合がありますよね。そんな時に自分の側から再度連絡することを強調したい場合、次のように使えます。
例文
「私の方からご連絡いたします」
(4)「AよりもBの方が(に・を)」
「の方」は曖昧な表現としても使われますが、比較対象がある場合に使用すると、どちらかをはっきり示す言葉になります。
2つ以上あるものの中から1つを選ぶ時は、選んだ方に「の方」を付けましょう。
例文
「A案よりもB案の方に賛成です」
(5)「の方へ(に)」
方角や方向を示したい時は、「へ」や「に」を伴って次のように使用しましょう。
例文
「北の方へお進みください」
「の方」の言い換え表現
「の方」を正しく使っていても、多すぎると感じたら、他の言葉に言い換えたり、省いたりしてもかまいません。
ここからは、言い換え表現を見ていきましょう。
(1)「のほど」「を」
確認や検討、支払いなど、相手に何かしてほしい時、「〜の方よろしくお願いいたします」と述べることがありますよね。これは、「ほど」や「を」に言い換えることが可能です。
例文
・ご検討のほどよろしくお願いいたします。
・ご検討をよろしくお願いいたします。
(2)「関係」「関連」
勤務先や職業など、そのものを明確に答えるのがためらわれて「の方」を使いたい時は、「関係」や「関連」という言葉で言い換えられます。
・建築関係の仕事です。
・ 建築関連の仕事です。
(3)「から」「より」
プロジェクトの進行など複数人で何かを行う時に、「の方」を用いて行為の主体となる側を示すは正しい使い方です。
しかし、前後の文章で多用しすぎていると感じる時は「から」「より」に言い換えても構いません。
・今後は秘書からご連絡いたします。
・今後は秘書よりご連絡いたします。
「の方」は曖昧にしたい時や婉曲表現を使いたい時に用いる言葉
日本語では、あけすけな表現を嫌い、オブラートに包んだような言い方をすることが美徳のように考えられてきました。今回の「の方」がよく使われるのも、そのような背景があるからでしょう。
しかし、主張をはっきり述べ、方向性を明瞭に示した方が良い場合もあります。
「の方」を使うメリットを押さえつつも、気持ちや意見は明確に述べるよう心がけて、凛とした姿勢を大事にしたいものですね。
(前田めぐる)
※画像はイメージです
※この記事は2023年10月13日に公開されたものです