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【File60】恋する度に自作の詩を送りつける習性

#イタい恋ログ

雨あがりの少女

今振り返れば「イタいな、自分!」と思うけれど、あの時は全力だった恋愛。そんな“イタい恋の思い出”は誰にでもあるものですよね。今では恋の達人である恋愛コラムニストに過去のイタい恋を振り返ってもらい、そこから得た教訓を紹介してもらう連載です。今回は雨あがりの少女さんのイタい恋。

自作の詩を読みながら行為に及ぶ

恋愛で気分が高まってくると、相手に自作の詩を送りつけてしまう習性がある。それでイタい思いを何度もしてきた。

ある時、高校時代に好きだった人から10年ぶりに連絡が来て、その時点で既に舞い上がっていたのだが、当日ほろ酔いで「あの時好きだったんだ」と言われた時にはもう完全に理性を失っていた。夜中にメッセージのやりとりを重ね、次のデートでキスをして、行為に至っても恋の体温は下がらない。さっそく自分たちの恋愛を長編の詩にして彼に送った

「真夜中に道端でキスをしたあとの、あなたの目の光を覚えている」とか「雨がふって一瞬あなたの唾液の匂いがした気がした」とか……。彼は引いていたのかもしれないが、「うれしい」と一応言ってくれたから、真に受けた私はさらなる長編をしたためる。わざわざ紙にプリントアウト、製本までして、その次のデートに持参したのだった。

ラブホテルに入って早々渡すと、「僕のことを思って書いてくれたなんて、うれしい」と言ってくれる彼。気を良くした私は、それを広げて読み上げる。そのまま体を触り始める彼。客観的にはキモいが、なんだか興奮して、盛り上がった。

デジタルタトゥーとして残る

急に熱した恋は、往々にして、急に冷めてくる。自作詩を朗読しながらの行為も最初は楽しかったが、何度かやるうちに、その行為にも詩にも彼にも急に飽きてきた。

よく考えたら、「現在の彼」を好きになったわけではない。「高校時代の彼」のことしか知らないし、「実は両思いだった」ということに興奮していただけだった。回を重ねるごとに、違和感を覚えることも増え、「もう会わない」と切り出し、彼も了承してくれた。

「それで、あの詩だけど、ぜんぶ捨ててくれる?」とお願いしたところ、「それは嫌だよ」と彼。「君との楽しかった思い出だから。たまに読みたい」とのこと。

えええ……あれがこの世に残るのか……。恥ずかしさと絶望感で死にたくなったが、彼が譲らないので、「とにかく絶対誰にも見せないで。死ぬ時はこの詩を燃やしてから死ぬように」とお願いして帰ってきた。彼は「じゃあ棺桶に入れようかな?」と変なテンションではしゃいでいたが。

ちなみにそれから半年ほど経って、得意のネトストに精を出していたところ、彼のツイッターアカウントを発見した。我慢できずに投稿を遡ってみると、私のあげた詩の一部が載っていて、奇声をあげてしまった。「消してくれ」とまた連絡を取るのも嫌なので放置しているが、やっぱり気になって、今でもたまにそのアカウントを覗きにいってしまう。

イタい恋から得た教訓「どうせイタいなら、とことんイタく」

小中学生のころから、人を好きになるたびに、詩や手紙を書いて送りつけたものだった。「あなたが世界一かっこいい」とか「思い出しただけで濡れる」とか、そういう内容の文章が今どうなっているか考えるだけで叫び出したくなるが、それでも昔はまだネットに流出することが少なかったから救われていたかもしれない。

今はすごく手軽にSNSに上げられる時代だから、このコラムに書いた彼以外にも、私の知らないところで私のイタい文章がきっとシェアされているだろう。そういう意味では、本当にシェアされたらヤバいものは、どんなに好きな人でも渡さないようにしたいものだ。別れ際に「消して」とか「アップしないで」とかお願いしても、応じてくれない人もいるから。

まぁでも「別れた時のことを想定してやめておく」みたいなことが恋愛中にできるのなら苦労しない。私は、過去の自分の文章の恥ずかしさにいたたまれなくなったときは、万葉集のオトナな意味の和歌や、文豪の恋人宛の手紙などを思い出すことにしている。「早く逢いたい」「君と逢えない間はさみしい」(逢う=体を重ねること)みたいなことばかり書いてあるのに、図書館や本屋に公然と置かれ、たくさんの人に読み継がれている。私のショボい詩がひっそりとSNSに載ったくらいで、まぁいいか、と思えてくる。

坂口安吾の『恋愛論』にこんな一節がある。

<教訓には二つあって、先人がそのために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、という意味のものと、先人はそのために失敗し後人も失敗するにきまっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のものと、二つである。/恋愛は後者に属するもので、所詮幻であり、永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、それをするな、といい得ない性質のものである。それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから>

私がここでどんな教訓を書こうと、「失敗するにきまっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のもの」にしかならない。残念ながら、失敗することは、恋が始まった時点で、ほぼ確定している。痛みや恥の無い恋愛など存在しないのではないだろうか。

どうせ「イタさ」から免れないのなら、ただ後悔しないようにするのみである。好きな人を尊重し、できるかぎりの方法で愛しつつ、自分の欲に忠実に、存分に楽しむ。そうやって終えた恋は、どんなにイタくても、恥ずかしくても、間違っていても、「やりきった」という満足感をもってして、後悔せずにいられる。慎重になって、中途半端な恋をするよりも、その方がいいかなと思う。

(文・雨あがりの少女、イラスト・菜々子)

※この記事は2022年08月28日に公開されたものです

雨あがりの少女 (ライター)

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