夢だけじゃない。人生を教えてくれた「ハリー・ポッター」の魅力
定時後、PM6:00。お仕事マインドを切り替えて、大好きなあの映画、あの舞台、あのドラマを観る時間が実は一番幸せかもしれない。さまざまな人が偏愛たっぷりに、働く女性に楽しんでほしいエンタメ作品を紹介する連載です。今回はライターの安藤エヌさんが、ハリー・ポッターシリーズへの偏愛を綴ります。
※このコラムには「ハリー・ポッターシリーズ」のネタバレが含まれます
ある日、家にふくろうがやってくる。くちばしにくわえているのは手紙のようなもの。封を切ると、そこには「ホグワーツ入学許可証」が……。
当時9歳だった私は、分厚い『ハリー・ポッターと賢者の石』をランドセルに詰め込んで小学校に通う、夢見がちで想像力豊かな少女でした。自分より少し年上のハリーが魔法の世界に誘われ、仲間たちとともに悪の魔法使いに立ち向かう姿はとっても刺激的で、毎日のように物語に没頭し、新刊が出るたび我先にと本屋へ駆け込んでいたのを、今でも鮮明に覚えています。
夢の世界に憧れた少女時代
あれから20年。サブスクで『ヘドウィグのテーマ』を聴くと、あの時の思い出がまるで魔法にかかったようによみがえります。羊皮紙にインクで英語を書くことに憧れ、母親と一緒に百貨店に行き、羽ペンをねだって買ってもらったこと。ハリーと同じ杖が欲しいと、クリスマスにサンタクロースへお願いしたこと……。私にとってハリー・ポッターシリーズは、人生を彩るすばらしい魔法です。きっと同世代の人たちの中にも、そう感じている人が多いのではないでしょうか。
私の中で“魔法界”というのは憧れに溢れていて、1年に1度、クリスマスの夜にしか開けられないプレゼントのような世界でした。なんの変哲もないマグル(魔力を持たない人間)の小学校で毎日を過ごしていた私にとって、魔法学校であるホグワーツの「動く階段」や「喋る肖像画」は未知のものでした。そして特に、そこに通う生徒たちが着ているローブがとびきりお気に入りでした。4つの寮ごとにシンボルやカラーがあるのも、「もし私が組分け帽子をかぶったらどの寮になるのだろう」という想像をさせてくれる魅力的な設定でした(きっと皆さんも1度は同じことを考えたことがありますよね!)。
それだけではありません。ハリー、ロン、ハーマイオニーのおなじみ3人組が列車の中で食べていた「蛙チョコレート」や「百味ビーンズ」といった、「どんな味? 食べてみたい!」と思わせる不思議でエキセントリックなお菓子たち。魔法薬学や飛行術といった、魔法界ならではのわくわくしてしまうような授業の数々……。作品の魅力を挙げればきりがありません。
作品と出会った当時から今に至るまで、私は今までの人生の半分以上をハリーと一緒に生きてきました。11歳になれば私の元にもふくろう便でホグワーツ入学許可証が届くはず……。そんな風に信じていたこともありました。今となってはほほえましい思い出です。
大人になって気づいた作品の新たな一面
そんな私が今、この場で声を大にして言いたいことがあります。幼い頃は気づかなかった作品の魅力に気づいた時、ますますこの世界のことが愛おしくなりました。私が大人になって改めてハリー・ポッターの世界を味わい、感じたこと。それは……ハリー・ポッターの真の魅力とは、表面的にとどまらない情緒に富んだ人間描写にある、ということです。
中でも私の大好きなセブルス・スネイプ先生の話をさせてください。彼はホグワーツで魔法薬学をハリーたちに教え、闇の魔術に対する防衛術の教師になり、のちに校長となった人物です。小説を読んだり映画を観たりした人なら、シリーズ第1作目である『ハリー・ポッターと賢者の石』で厳しく怖い先生、というイメージがついているかと思います。
ハリーに冷たく接する姿が印象的ですが、実は闇の魔法使い・ヴォルデモートからハリーを守るため、二重スパイとなって危険をかえりみず行動した結果、命を落とすという作中でも重要な役割を持ったキャラクターなのです。
なぜハリーを守ったのか? それはハリーの母親であるリリーを、彼が愛していたから。ヴォルデモートの毒牙にかかりリリーが亡くなったあと、彼はリリーの一人息子であるハリーを守り抜くと決意します。ハリーの父親であるジェームズとは彼と同じ時期に学生時代を過ごしていたのですが、ジェームズは級友たちと一緒にスネイプをからかい、いじめていました。ゆえにスネイプはジェームズを憎んでおり、そんな男と愛する女性の間に生まれたハリーには、リリーとジェームズどちらともの面影を見ていました。リリーの慈悲深いまなざし、そしてジェームズの冷たい視線……。
なんという運命のいたずらなのでしょう。命をかけてハリーを守ったスネイプの心境を思うと、胸が張り裂けそうになります。シリーズ最終作の『ハリー・ポッターと死の秘宝』でスネイプが死ぬシーンを観た時には、熱い涙が止まりませんでした。
人にはみな、複雑で不器用な部分があると思っています。全てをかけて誰かを愛そうとしても、さまざまな理由でそうすることがかなわなかったり、懸命に愛そうとするあまりに、他のことに関心を持てなくなったり。リリーを愛して人生を捧げたスネイプの、偉大ではあれ人間としては完璧でない部分に親近感を覚えました。だからこそより感情移入することができ、彼の想いが溢れる最期のシーンで号泣してしまったのではないかと思います。
また、彼に感情を寄せられた理由として、私が大人になって「人を愛するとはどういうことか?」という問いについて考えられるようになったからとも感じています。「ハリー・ポッター」で描かれている「愛」は、直接的だったり表面的だったりする愛ではなく、もっと心の深い部分に入り込んで描かれたものです。初めて作品を読んだ当時、幼かった私にはあまりピンとこず、理解できていない部分でした。成長するにつれいろいろな映画を観たり、本を読んだりして「ハリー・ポッター」に立ち返った時に初めて、スネイプが抱えている「愛」について考えを巡らせることができるようになっていました。ゆえに、私が彼のことを深く知ったのは大人になってからで、セブルス・スネイプという人の、表には見せなかった海よりも深い愛情と最期まで人間らしくあった姿に胸打たれました。彼を通して、大人になった私はファンタジックで夢に満ちた作品が持つ新たな側面を知ることができたのです。
他にも私の好きなエピソードとして、シリーズ4作目『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』に登場するセドリック・ディゴリーの死があります。彼もまた自分の信念のためにヴォルデモートに立ち向かい、若くして命を落とすのですが、注目すべきは彼がハッフルパフ寮だということ。ハッフルパフの寮生は特殊な能力よりも献身や勤勉、忠誠などを見出され組分けされることが多く、そんな彼が正義のために果敢にも悪に対峙し命を落としたこともまた、私の心を強く揺さぶりました。
ちなみに、ハリー・ポッターシリーズに続く新シリーズ『ファンタスティック・ビースト』の主人公ニュート・スキャマンダーもハッフルパフ出身なのですが、彼のことが大好きな私からすると、その事実に大きく頷けます。ニュートもまたハッフルパフ・プライドを持っているキャラクターなので、もしファンタビをこれから観るよという人がいれば、そのあたりに注目して観てもらいたいです。
20周年を迎えても変わらない作品への愛
ハリー・ポッターシリーズが誕生してから20周年を迎えた昨年は、当時映画に出演したキャストたちが勢ぞろいして同窓会を開き、思い出を語り合う『リターン・トゥ・ホグワーツ』が配信サイトU-NEXTで公開されたり、シリーズのリバイバル上映が行われたりなど、賑わいを見せていました。
時の移ろいを感じながらも変わらない「ああ、やっぱりハリーたちが大好きだなぁ」という気持ちに胸がいっぱいになりながら過ごした2021年。これからも世代を超えて愛されていく物語になるんだろうな、と感慨深くなりました。
私にとってハリー・ポッターシリーズとは、永遠に色あせない夢を与えてくれた物語であると同時に、人間らしく生きるとはどういうことなのかを教えてくれた偉大な作品です。シリーズを通して成長し、大人になったハリーたち。今では私もすっかり大人ですが、これからもずっとこの愛すべき世界に憧れ続けて生きていきたいです!
(文:安藤エヌ、イラスト:谷口菜津子)
※この記事は2022年03月25日に公開されたものです