【File33】教育実習生に地獄みたいな振られ方をした高校時代の私へ
今振り返れば「イタいな、自分!」と思うけれど、あの時は全力だった恋愛。そんな“イタい恋の思い出”は誰にでもあるものですよね。今では恋の達人である恋愛コラムニストに過去のイタい恋を振り返ってもらい、そこから得た教訓を紹介してもらう連載です。今回はしりひとみさんのイタい恋。
高校生の頃、私はとある芸能人に本気で恋していた。俗に言う「ガチ恋」である。マジで付き合いたいと思っていたし、携帯のフォルダはその人の写真でいっぱいだった。なんならその芸能人の写真の横に自分の写真を並べた雑なコラ画像も持っていた。イタすぎて動悸がしてきた。それなりに金を積むから誰かこの記憶を抹消してくれ。
しかしここからが本題である。そんな私の目の前に、その芸能人に超そっくりな教育実習生がやってきてしまった。全校集会で紹介された先生(以下、S先生)を見た瞬間、「これが私の、運命の人~ッ!?」と叫びながらXジャンプで窓をバリィーン! と突き破った。というのは完全に嘘だがそのくらいの高揚だった。ぜってー付き合いたい。私は猛アタックすることを決めた。
アグレッシブすぎる猛アタック
S先生は現代文の先生で、隣のクラスを受け持っていた。私はほとんど接点がないにもかかわらず、隣のクラスにいる友人との雑談に混ぜてもらったり、授業終わりの時間を狙って話しかけに行ったり、「職員室の前の廊下にいるよ!」という目撃情報があれば飛んでいき偶然を装って挨拶したりするなど、トップ営業マンばりに猛烈に接点を作り出していった。
誰から見ても好きなのはモロバレだったと思うが、S先生はそんな私にも気さくだった。少しかすれている声。笑うと細くなる目。くせ毛。大きい靴。きれいな字……好きなところを見つけすぎて私の「付き合いたいバロメーター」は完全に振り切れていた。
そして友人のファインプレーによって、ついにS先生のメールアドレス獲得に成功する。
初めてのメール、どんな文章を送るかが大事である。友人たちと小一時間考えた結果、私は「次のテストで良い点数を取れたら、ご褒美をください!」と、勇気を出して送信した。ちなみに現代文は私の得意科目。絶対に良い点数が取れる自信があったのである。
ご褒美は何が良いか。デートに行くか。私物をもらうか。下の名前で読んでもらうとかも良いよね、なんて、ウブな私達は話していた。まさかあんな結末になろうとは、この時誰も知るよしもなかった―――。
待っていたのはすがすがしいほどの地獄
しかし、待てど暮らせどS先生からの返事はない。ちゃんと送れてなかったのかな? と送信ボックスを確認すると、間違いなくきちんと履歴がある。「センター問い合わせ」を死ぬほどしつつ丸1日が経ったとき、先生から返事がきた。そこにはたった一言こう書いてあった。
「ご褒美が無いと勉強ができないのはありえないと思います」
この世は地獄なのか?
何かの冗談かと思い、「からの~?」と言いながら何度も文面を読み返したが、何度読んでも完全に振られている。スクロールしていくと一番下に「な~んちゃって! ご褒美、あげま~す! ピロロロロ~ン!」とか書いてあるやつかなと思って下にスクロールしても何もない。
告白もしていないのに振られることって、あるんだ。ツタンカーメンもびっくりの脈なし。なんなら嫌われている。この仕打ちは何? 前世で盗みでも働いた? 少女漫画であれば宣言通りテストで高得点を叩き出してご褒美デートにこぎつけ、二人で映画を見に行った帰りにゲリラ豪雨に見舞われてしまって「うち、来る……?」となる展開だが、現実は「ご褒美がないと勉強ができないのはありえないと思います」。そんなことある?
17歳にして初めて味わった心の底からの恥ずかしさ、そして絶望だった。私が太宰治だったらこの勢いで人間失格を書き上げていたと思う。
地獄の失恋から一夜明け、私はS先生に接触することをやめた。意図的にやめたというか、もうなんか恥ずかしすぎて顔を合わせられなくなった。あんなに足繁く通っていた職員室の前には足が向かなくなり、隣のクラスを覗くこともしなくなった。廊下ですれ違いそうになっても、気まずくて避けてしまうようになった。毎日の通学電車ではYUIの「CHE.R.RY」を聴いていたけど、この日以降は鬼束ちひろの「月光」を無限ループすることとなった。こんなもののために生まれたんじゃない……。
でも、もしかして。私は持ち前のSPP(※スーパーポジティブパワー)を発揮して考えた。私は生徒であり、S先生は教育実習中という立場なので、恋愛関係に発展しては困るから、わざと冷たく突き放したのかもしれない。ということは教育実習が終われば、なにかしらのチャンスが到来する可能性アリ……ってコト!?
しかしその真意を確かめる勇気が出ないまま教育実習期間は終わり、先生は学校に来なくなった。
まだ地獄は終わらない
月日は流れ、文化祭シーズンが到来する。忙しく準備に追われるうちに、失恋の傷も徐々に癒えていった。
しかし、文化祭当日。友人が、気まずそうに私にこう話しかけた。
「ねえ、あれ……」
友人が指差した先には、S先生がいたのである。いつもスーツだったS先生の私服姿にときめいたのも束の間、その隣にいる人物に驚愕する。
S先生と仲睦まじく歩いていたのは、腰にシャンプーハット巻いとんのかいってくらい短いスカートを履き、ウェットスーツくらいタイトな黒ニットを身にまとい、赤いメガネをかけた巨乳の女だったのである。
S先生が、エロい女と文化祭にやって来た!
私は白目を剥いた。
エロい女と一緒にいる先生は、これまでに見たことのないほどの笑顔を浮かべている。「ご褒美が無いと勉強ができないのはありえないと思います」とかいう冷徹なメールを送ったのと本当に同一人物ですか?
そしてさらに、私に追い打ちをかける事実が明らかになる。その彼女は、聞いたところによるとS先生がバイトをしている塾の教え子だそうなのだ。ということは。「私が生徒だから手を出せなくてわざと冷たく突き放した」という「やさしさ説」が完全に打ち砕かれた。普通に純度100%の「厳しさ」でしかなかった。私だからダメだったし、私だから突き放されたのだと理解した。この世でもっとも悲しいQEDである。
呆然と立ち尽くしていると、先生がこちらに向かって歩いてくる。私はフォレスト・ガンプを彷彿とさせる見事なフォームでその場から一目散に走って逃げた。
後にも先にも、こんなに見事な玉砕をした経験はない。
イタい恋から得た教訓「突っ走る前に、心に孔明を召喚せよ」
私は昔から、一度好きだと直感したら「好きだ!!!!!!! ウオオオオオオオ」と突っ走って地平線の果てまで追いかけてしまう癖がある。
あとあと思い返してみたら、S先生は好きな芸能人にも全然似てなかったし(髪型だけ似てた)、雑談のなかで結構キツめのイジりをした後に「オレ、ドSなんだよね」とか言う、割と最悪な部類の男だった。今となっては、17歳のいたいけな少女にあんな残酷なメールを送りつけたことも「ドSなオレ」演出だったと感じる。思い出したらなんかめちゃくちゃイライラしてきた。もし一度だけタイムスリップする能力を与えられたらS先生を一発ブン殴って帰って来たいと思う。
と、ここまでS先生の悪い点を未練がましく書き連ねたものの、最終的に悪いのは完全に私。あんなメールを送らせるほど嫌われたのは、距離感がバグって相手のことをまったく思いやれていなかったからだと思う。
そもそも教員免許を取得するための実習先で生徒から言い寄られるの、面倒くさすぎるだろ。通常は教師にかかわる実習で留まるところを、追加で重い課題を与えてしまっていた。学校に来るの、憂鬱にさせてしまっていたかもしれない。ドS発言は解せないものの、これに関しては大変申し訳なかったと、大人になった今は猛烈に反省している。
さらに言えば、男性は尽くされるよりも自分が尽くした女性を好きになる、とどこかで読んだ。愛されるより愛したい。KinkiKidsが何年も前から説いてくれていた話である。だから、関係性も構築できていない私が一方的に「好き好き好き好き好きっ好き」と一休さんみたいに言い寄っても相手は好きになるどころか引くばかりで、自分を好きにさせる隙を一切与えなかったのである。ここまでで何回「すき」って出てきました?
とにかく。恋をしたら一旦深呼吸し、心の中に軍師・孔明を召喚して冷静に状況を把握せよ。孔明が戦況を分析し見事な戦術で敵軍を制したがごとく、まずは相手の状況・自分の立場をよく理解してから作戦を練り、それからやっと行動に移すのだ。何も考えずに好きアピールを始める前に、相手を思いやり、自分を好きにさせる努力をしよう。やっぱりもしタイムスリップできるなら、S先生をブン殴る前にまずは17歳の私にこのことを伝えようかな。
(文・しりひとみ、イラスト・菜々子)
※この記事は2022年01月09日に公開されたものです