「やぶさかではない」という言葉は、本来「喜んで〜する」「惜しみなく〜する」という意味です。
しかし、遠回しな表現のせいか、「仕方なくする」という消極的な意味に誤解している人が多いようです。
この記事では、そんな「やぶさかではない」という言葉の正しい意味や使い方を解説します。
■「やぶさかではない」の意味は「喜んで~する」
まず、「やぶさかではない」の「やぶさか」とはどういう意味か、調べてみましょう。
やぶさか【吝か】
(1)物惜しみするさま。けちなこと。吝嗇。
(2)未練なさま。思い切りの悪いさま。
(3)(「……にやぶさかでないなどの形で)
……する努力を惜しまない。……することに躊躇しない。
(『広辞苑 第七版』岩波書店)
3つ目に「やぶさかでない」の表現が見つかります。
「やぶさかでない」の「やぶさか」は、「吝か」と書きます。
けちなこと、思い切りが悪くてためらう様子をいう「吝嗇(りんしょく)」の「吝」ですね。
「やぶさかでない」は、「やぶさか」を「でない」と打ち消しているので、「けちけちしない、努力を惜しまない、躊躇しない」という意味になるわけですね。
「やぶさかでない」に「は」が入った「やぶさかではない」も同様です。
以上のことから「やぶさかでない」「やぶさかではない」は、「何かをすることについて、努力を惜しまない。ためらわず、喜んで行う」という意味を表す言葉だといえます。
■「やぶさかではない」の使い方(例文付き)
「やぶさかでない」「やぶさかではない」は、しばしば「〜に」「〜するのに」という言葉と一緒に使います。
「〜にやぶさかでない」「〜するのにやぶさかではない」と表現します。
より丁寧に言いたい場合には「やぶさかではありません」「やぶさかではございません」と表現します。
主語は「人」であって、「物事」ではありません。
例えば「その仕事はやぶさかではない」という書き方は間違いです。正しい使い方は、「私は、その仕事をすることにやぶさかではない 」です。
日常会話で使う機会は少なくなりましたが、政治家の答弁や記者会見など、報道で聞くことがありますね。
「やぶさかでない」「やぶさかではない」は、以下のような使い方ができます。例文を通じて把握しましょう。
◇「努力を惜しまない」の意味で使う場合
「努力を惜しまない」という意味では、次のような例文が挙げられます。
☆例文
・私としては、今回のコンペ参加を承諾するに、やぶさかでない。
・チーフに任命していただいたからには、本プロジェクトの遂行にやぶさかではございません。
◇「喜んでする」の意味で使う場合
「喜んでする」という意味では、次のような例文が挙げられます。
☆例文
・弊社としては、F社と協業することにやぶさかではない。
・田中様のお声掛けであれば、やぶさかではありません。
◇「喜んで引き受ける」意味で使う場合
(依頼に対して)快諾する意思を示す時にも使えます。
☆例文
・もちろんです。やぶさかではございません。
・はい、ぜひとも! お受けするにやぶさかではありませんよ。
「やぶさかではない」は誤用の多い言葉
以上のように、何かをする際に「喜んでする」のが「やぶさかではない」の本来の意味です。
ところが、平成25年度(2013年度)の文化庁「国語に関する世論調査」によると、「仕方なくする」という意味で捉えている人の割合が、「喜んでする」という意味で捉えている人の割合を上回っているのです。
日常であまり使われなくなったために、本来の意味が分かりにくくなってきているのでしょう。
加えて、「やぶさかでない 」の「ない」が否定的なニュアンスを感じさせることも一因だと考えられます。
以下に、「仕方なく〜する」「ためらいつつ〜する」という間違った意味で使っている例文を挙げます。
◇誤用の例文
・部長がどうしてもとおっしゃるのなら、残業するにやぶさかではありません。
・私も苦手な分野だが、他に誰もいないと伺ったので、お手伝いするにやぶさかではない。ただ、引き続き適任者探しには努めてもらいたい。
特に昨今は、上の2つ目のように「〜するにやぶさかではない。ただ……」な使い方をする人が増えています。
「喜んで〜しますよ」と言った後に、「ただ」「ただし」「ところが」などの接続詞を付け足して、条件や言い訳を述べたり、逆説的なことを述べたりするわけですね。
誤用にも関わらず、会議、国会答弁でも見受けられます。公的な場面で見聞きすることにより、ますます誤用が広まっていくという現状があります。
■「やぶさかではない」の言い換え表現
前述の通り、「やぶさかではない」の誤用が広い範囲にわたって増えていることが分かりました。
しかも、文化庁の調査によれば、それに疑問を感じない人の方が多いわけですから、注意が必要です。
なぜなら、「やぶさかではない」「やぶさかでない」を本来の積極的な意味で使っても、それが相手に正しく理解されなければ、「仕方ないからやりますよ」という消極的な意味に受け取られてしまうからです。トラブルの元になることもあるでしょう。
コミュニケーションにおける言葉の役割は、何より互いの意思が伝わること。誤解を招きやすい言葉なら、伝わりやすい言葉に変換する工夫も必要でしょう。
そこで、「やぶさかではない」「やぶさかでない」に変わる言葉を次に紹介します。
◇「喜んで〜する」
物事の可否だけでなく、「喜んで」という気持ちを表すことができます。
☆例文
・私でよろしければ、喜んで参加します。
◇「進んで〜する」
立候補する時など積極的な意思表示ができます。
☆例文
・彼は、そのプロジェクトに進んで手を挙げた。
◇「全面的に賛成する」
一点の曇りもなく同意する時に使えます。
☆例文
・今回の案件を進めることに、全面的に賛成です。
また、何かを打診された時に、快諾する時には以下の言葉を使うといいでしょう。
◇「お安い御用です」
簡単に行える時に使います。
☆例文
・ええ、お安い御用ですとも。
◇「もちろん」
「言うまでもなく」という意味で使います。
☆例文
・もちろん、OKです。
◇「ぜひ」
「ぜひ」は、「あることを実現したいという強い気持ちや意思を表す」語です。
「どうあっても、きっと」という意味で使います。
☆例文
・うれしい! ぜひ、やりましょう。
誤解を生まないためには言い換えや表現の工夫を
いかがでしたか?
「やぶさかでない」「やぶさかではない」は、本来は「喜んで~する」という意味であると紹介しました。
ただ、「仕方なくする」という意味で捉えている人の割合が、「喜んでする」という意味で捉えている人の割合を上回っていることからも分かるように、「やぶさかではない」は誤用が多い言葉です。
何かを打診され、その相手には積極的な気持ちや快諾を表現したいけれど、周囲に対しては何となく濁しておきたい……。
そんな空気を読む風潮の中で「やぶさかではない」という言葉が選ばれ、「ただし~」というような条件付きの誤用表現も増えているのでしょう。
そんな時は、「賛成」という言葉に言い換えた上で、「私も理念としては100%賛成です。ただ、現場では……」など、何に対しての同意で、障害や条件は何なのかをピンポイントで明解に示す方が良いですね。
本来の言葉の意味は正しく理解しておきつつ、相手や状況に合わせて言葉を言い換えたり、言い回しを工夫したりすることで、より誤解を生まないコミュニケーションが可能になります。
(前田めぐる)
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