「なし崩し」の意味とは? ありがちな誤用と正しい使い方【例文付き】
「なし崩し」という言葉の正しい意味を知っていますか? 実は誤用が多く、使い方を理解できていない場合も少なくありません。今回は「なし崩し」の正しい意味と使い方・例文を、国語講師の吉田裕子さんに解説してもらいました。
「なし崩し」の本来の意味は「借金を少しずつ返す」ことです。
ここから意味が広がっていった結果、現在ではなんとなく使用している人も多く、文化庁の調査によると、約66%の人が誤用しています。
「なし崩し」の意味、正しい使い方の例文、誤用例を見ながら、自分が誤用していないかチェックしてみましょう。
「なし崩し」の意味
そもそも「なし崩し」という語はどのような意味なのでしょうか。『日本国語大辞典』(小学館)の定義によれば、
(1)借金を一度に返済しないで、少しずつ返してゆくこと。
(2)物事を一度にしないで、少しずつすませてゆくこと。少しずつ徐々に行なうこと。
という意味です。
この語の根本に「少しずつ」というイメージがあることが分かります。
この意味での対義語としては、「一気に」「急速に」「一思いに」「いっぺんに」が挙げられます。
また、『新明解国語辞典』(三省堂)には、次のような意味も紹介されています。
事実を積み重ねて、そのことが既に決定されたこととして成り立たせてしまうこと。
この意味も「少しずつ」から派生したものです。
少しずつ既成事実を作ることにより、徐々に「これはこういうものだ」とみんなに認識させる、というやり方のことです。政治のニュースなどでよく見かける使い方です。ここには、正面からきちんと議論せず、うやむやにしている感じがあります。
実際、『デジタル大辞泉』(小学館)では、
物事を少しずつ変化させ、うやむやにしてしまうこと
という意味も掲載されています。
「なし崩し」の使い方の例文
例文を通じて「なし崩し」の適切な使い方を把握しましょう。
「少しずつ」の意味で使う場合
まず、「少しずつ返す」「少しずつ」という意味では、以下のような例文が挙げられます。
・借金をなし崩しに返す。
・小さい所からなし崩しに壊し始める。
・彼は、自分がせっかく手にした権力をなし崩しに失ってきたのだ。
事実の積み重ねによる既成事実化の意味で使う場合
また、「事実を積み重ねて、既成事実化すること」の意味での例文も見てみましょう。
・正式な法改正をせずに、なし崩しにする。
・感染対策が確立する前に、なし崩し的に経済活動の全面再開に進むことになった。
・自衛隊の海外派遣がなし崩し的に拡大してしまわないか。
新聞・ニュースなどでは、このように、なし崩し的なやり方をする政府・自治体などを批判する時に使われる例が多いようです。
もちろん、それ以外の場面でも使用することができ、
・作者は読み切りのつもりで描いたのだが、掲載紙には「次号へ続く」と書かれており、なし崩し的に連載する羽目になった。
・恋人になったきっかけなど、もうあまりよく覚えていない。ふたりで飲みに出かけ、あとはなし崩しにそうなった。(山本文緒『ブルーもしくはブルー』角川文庫)
・そのままなし崩しで結婚まで持ち込まれてしまうだろう。(井上堅二『バカとテストと召喚獣 3.5』ファミ通文庫)
などのように、幅広い用例が見られます。
「なし崩し」の誤用例
「なし崩し」本来の意味を理解していないと、勘違いが生まれます。
中でも、「物事を少しずつ変化させ、うやむやにしてしまうこと」という意味の「うやむや」(はっきりしない、曖昧でいい加減だ)というニュアンスにばかり注目し、「なし崩し」=「ごまかし」だと思い込み、「借金や約束などをなかったことにする」という意味だと誤解しているパターンが多いようです。
他にも、漢字変換が「無し崩し」であると誤解し、「なかったことにする」「崩してなくしてしまう」という意味だと思っている人もいます。
正しい漢字表記は「済し崩し」であり、「済す」は借金の返済を意味しています。
つまり、「なし崩し」には、「少しずつ導入してうやむやにする」という意味はありますが、それは「なかったことにする」ではありません。『岩波国語辞典」(岩波書店)にも、「急に形を失って無くなる意に使うのは誤用」と書かれています。
以下のような文例は、「なし崩し」の辞書的な定義からすると、誤用だといえるでしょう。
・忙しさを言い訳にして、頼まれた仕事をなし崩しにする。
・先人の努力をなし崩しにするような、おかしな真似はよせ。
■「なし崩し」の類語や言い換え表現
平成29年度(2017年度)の文化庁「国語に関する世論調査」によると、「借金をなし崩しにする」という例文に対し、適切な意味の「少しずつ返していくこと」で理解できている人よりも、不適切な意味の「なかったことにすること」で認識している人が多いという結果になっています。
若い人ほど間違っている、というよりは、全世代が勘違いしている状態です。なんと50代では、他の世代よりも高く、72.8%の人が誤解しているといいます。
正確な意味を知らない人がここまで多いとなると、言葉の意味が変わりつつある、新たな意味が生まれている、ともいえる状況です。
こうなってくると、ビジネスなどのコミュニケーションでは、「自分が正しい意味で使う」というだけでなく、「誤解されそうな場面・文脈では、『なし崩し』は使わない」という注意も必要になってきます。
例えば、「借金をなし崩しにする」とは言わず、「借金を少しずつ返す」と言い換えるようにするのです。誤解のない表現に置き換える、という親切です。
ここで、「少しずつ」以外にも、「なし崩し」の代わりに使うことのできる、類語・言い換え表現を知っておきましょう。
・徐々に
・緩やかに
・段階的に
・じわじわと
・一歩ずつ
・漸進的(ぜんしんてき)に
「なし崩し」の本来の意味を知った上で、正しく使いこなそう
「なし崩し」は、「借金を少しずつ返す」ところから広がって、「少しずつ行う」「少しずつ行って既成事実化してしまう」という意味も持つようになった語です。
意味が複数ある上、誤用している人も多い表現なので、使われている文脈をよく確認して、ここではどのような意味なのか考えてみると良いでしょう。
また、誤用している人が多い分、「少しずつ」という元の意味で使いたい場合には、言い換え表現に置き換えた方が安心でしょう。
(吉田裕子)
※画像はイメージです
※この記事は2020年06月30日に公開されたものです