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【#6】不妊治療をやめて人生が前向きになった美南さんの場合・前編

#母にならない私たち

月岡ツキ

高橋千里

“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。

「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

相田美南さん(仮名/43歳)は、関東圏の地方都市在住の自営業。20代のころ、初婚で一度妊娠・流産・離婚を経験。30代になって今の夫と再婚後、妊娠を望み、不妊治療をしていた時期もあったという。

「子どもが欲しい」と思っていた時期を経て、現在は夫婦二人暮らしを満喫するかたわら、DINKsの夫婦を集めた交流会を開くなど精力的に活動している。20代から40代にかけて、どのような心境の変化があったのか。

「普通の人生」を目指して、初婚で妊娠するも……

最初の結婚は26歳のときでした。当時は周りの子たちが結婚していくのを見て、「適齢期だから私も結婚しなきゃ」という思いが強かったです。親に認めてもらえそうな、いわゆる「優良物件」的な人を見つけて結婚して、出産して親になる……という、「普通の人生」を歩きたかったので。

結婚後すぐに妊娠したものの、喜んだのも束の間で早期に流産してしまい、子どもを授かることはできず、絶望に突き落とされたような気分でした。

さらに嫌だったのは、その後すぐに義母が不妊治療クリニックの受診を勧めてきたことです。元夫も全く私の気持ちに寄り添ってくれず、その頃から気持ちが離れてしまって離婚に至りました。

結婚生活は3年ほどでしたが、今思えばあのとき子どもができなくて良かったと思っています。苦しいときに寄り添ってくれない人と、子育てを一緒にやっていけたとは思えませんから。

それからしばらくして、30代になってから今の夫と出会いました。彼は当時20代前半で、10歳ほど離れていましたが、私との年の差も、私に婚姻歴があることも、むしろプラスにとらえてくれる価値観に惹かれたんです。

彼は子どもに関して「絶対に欲しい」というスタンスではありませんでした。彼自身が自分の両親と上手くいっていないのもあり、「血縁」や「親子」に思い入れがないというのも理由だと思います。

なので、再婚することになったときも、子どもを持つことを前提にはしていませんでした。私自身も「またあんなつらい思いをするかも……」と思うと、妊娠に前向きになれませんでしたし。

それでも35歳くらいになって、周りが子育てをしている様子を見ると「やっぱり私も“やるべきこと”をやらなきゃいけないのかも……」と思うようになって。年齢的なリミットを感じたのもあり、ついに不妊治療クリニックの門を叩きました。

「妊娠するのがゴール」な不妊治療がつらかった

不妊治療クリニックには、大きく分けて「排卵誘発剤を使って多くの卵胞を育てて採卵し、スピーディーに治療を進めていく方針のクリニック」と、「自然に育った卵胞を採卵する方針のクリニック」があるのですが、私が通っていたのは後者でした。

月1回の排卵に合わせてスローペースで進む治療だったのもあり、通院と通院の間の期間にいろいろと考え込んでしまって。通院自体も「はい、次は注射」「はい、次は内診」と有無を言わさず流されていく感じや、待合室の女性たちの「お互い一切関わりません」みたいな独特の雰囲気が、私にとってはだんだんしんどく感じられるようになっていきました。

当たり前ですが不妊治療クリニックは「妊娠」がゴールなので、通い始めた瞬間に「妊娠」に向かって突き進むのが大前提のルートに組み込まれるんです。自分の中で「もう治療をやめた方がいいのかな」という迷いがあったとしても、先生からは「次の受診日、どうしますか?」と聞かれる。

妊娠が目的の場所なんだから当然だし、自分で続けるかやめるか決めればいいだけの話なんですが、あの「妊娠するのが唯一のゴール」という世界に身を置いている状態で、「不妊治療をやめる」と決断するのは、とてもしんどいことなんです。不妊治療は始めるよりもやめる方が圧倒的に難しい。

また、かかるお金の額もすごかったです。会計で毎回10万とか20万とか支払っていると感覚が麻痺してくるんですが、お金をたくさん払えば妊娠できるとも限らないのが、本当に厳しいですよね……。

2022年4月から不妊治療の保険適用範囲が拡大され、体外受精などを含む基本治療はすべて保険診療になりましたが、私が治療していた当時はまだ保険適用外だったので、出費がかさみました。

市の助成金も利用しましたが、それでもかなりお財布は厳しかったです。私が不妊治療をしていた期間は1年半くらいだったので、他の人に比べたら使った金額は少ない方かもしれませんが。

「ここまでお金を使ったんだから、今さらやめられない」という人もたくさんいるでしょう。気持ちは本当にわかります。

「妊娠するか、子宮を取るしかない」?

実は、不妊治療を始めた理由には「月経困難症をなくしたい」という思いもありました。30歳を超えたあたりから年々生理が重くなっていて、生理の前後を含めると月の半分以上が体調不良という状態。生理痛は、1回の生理期間で鎮痛剤を1シート飲み切ってしまうほどひどかったんです。

耐えかねて婦人科に行くと「生理が繰り返されていることが原因で子宮に負担がかかっており、治すには妊娠するか、子宮を取るしかないです」と言われました。先生いわく、昔の人はたくさん子どもを産んだので現代人ほど生涯の月経回数が多くなく、ここまで子宮に負担がかかることはなかったそう。

「そんな大昔の話を引き合いに、極端な選択を提示されても……」とも思いましたが、そう言われたことで「やっぱり妊娠した方がいいのかな」という気持ちになり、不妊治療へ背中を押された部分もありました。

しかし、やっぱり不妊治療には前向きになりきれず、生理はどんどん重くなる一方……という状況のなか、体の限界を感じ始めて。

そんな頃、新たに通い始めた婦人科のかかりつけ医が、月経困難症の治療としてミレーナ(子宮内に装着する避妊具。子宮内膜を薄くすることで受精卵の着床を防げるほか、月経量が減少し、月経痛などの症状が軽減される)を勧めてくれたんです。

ミレーナを入れるということは、継続的に避妊するということなので、当然不妊治療はやめることになります。夫も「そんなに苦しい思いをさせるくらいなら、もうやめてもいいよ」と賛成してくれたので、ミレーナを挿入して不妊治療をやめる、という決断に至りました。

正直ホッとしましたね。これでつらい生理も、不妊治療も終わるんだ……! って。

不妊治療をやめて、人生が前向きになった

ミレーナが私には合っていたみたいで、結果としてめちゃくちゃQOLが上がりました。もう挿入してから4年になりますが、勧めてくれた先生に大感謝です。毎月の生理痛が軽減されるだけで、こんなに活動的になれるのかと。

以前は生理のせいで旅行の予定も満足に立てられなかったのですが、今は自由にいつでも行けます。生理に伴う出血がほとんどなくなったので、スキーやサウナも存分に楽しんでいます。

夫婦二人の生活も、不妊治療中は「子どもを作ること」が中心だったのですが、今は「二人で楽しく暮らすこと」が目的になったので、共通の趣味を作ったり、頻繁に旅行に行ったりと、以前よりもさらに夫との関係性が深まりました。

不妊治療を続けていたら、通院の予定もあって二人で何かを楽しむ時間は取れなかったでしょうし、お金の面でもいろいろと厳しかったと思います。今は身体的にも精神的にもすごく楽になって、行動的に過ごせているなと感じます。

不妊治療をやめたことは、すぐに家族や親戚に報告しました。これ以上、私が子どもを持つことを期待させないように、という意味で。

ただ、母にはしばらく報告できませんでした。私が不妊治療をしていたときの母のある行動が、どうしても許せなかったからです。

(後編につづく)

不妊治療をやめたことで、人生に前向きになった美南さん。母とのわだかまりや、地方における子なし夫婦の孤立感をどう乗り越えたのか? 後編の記事はこちらから。
https://woman.mynavi.jp/article/250228-2_12000673/

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

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