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わるいひと「PM11:00」

夏生さえり

「2回連続で逆上がりができたら、家に帰る」

自分の中で決めたルール。10回やっても20回やっても達成できなくて、寒くなって帰った日。夕焼けがやたらと美しくて、はじめて「惨め」という言葉を知った。

「今日から1カ月間は夜中にお菓子を食べない」

試験勉強を頑張るのだからと食べてしまったのは、ルールを決めた3日後だったっけ。罪悪感にまみれながら口に入れたお菓子の味は、それはそれは甘美だった。おとうさんおかあさん、わたしはあのまま大きくなりました。

「彼とはもう二度と食事にいかない」
「彼と食事にいくときは日付が変わる前に帰る」
「手は握っても、キスだけはしない」
「一線だけは、超えない」

ルールを破るたび、新たなルールを作るのは、どれかひとつでも守れたら自分を嫌いにならずに済む気がするから。

彼はどんなつもりで呼び出しているのだろう。相手だっているくせに。その関係を壊す気はないくせに。

ただの友だちだと思っていました。そういうことにしておこうか。

「少し話をするだけだって思っていたんです。0時までには帰るつもりでした」

いつか問題になったら、そう供述しようか。でも何の問題になるっていうんだろう。たかが恋、殺人じゃあるまいし。

もういっそ、こう考えてみようか。これはきっと、“引力”のせいなんだ。わたしの意思とは全く関係ないところで、互いに引き合ってしまう。

ニュートンはリンゴを地面に落とすだけじゃなくて、わたしと彼を地球に放ってみればよかったんだ。リンゴが地面に落ちるように、2人は絶対惹かれ合う。ほら、この現象、“引力”って呼んでもいいよね。“運命”とか言いたくないしさ。

PM11:00、わたしはまたひとつルールを破るだろう。そしてまたルールを作る。「本気にならない」とか、そんなチープで聞き慣れたやつ。わたしはわたしを嫌いになる。この件を境にして。

悪い男は、嫌い。わたしを悪い女にするから。

(文:夏生さえり、イラスト:oyumi)

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