お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

人生に飽きた女性こそ見てほしい。『架空OL日記』に潜む“つまらない毎日から抜け出すヒント”

明日菜子

人気ドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)の脚本を務めたバカリズムさんが手掛ける作品の中で、いま改めて注目したいのが『架空OL日記』(読売テレビ・日本テレビ系)。『ブラッシュアップライフ』の原点とも言える本作の内容、そしてストーリーから得られる日常を楽しむヒントとは? ドラマライターの明日菜子さんが語ります。

違和感を残さないバカリズム本人が演じる“私”

<確かに輪ゴムでパチンってはじいたくらいの痛さだった>
<輪ゴムでパチンってはじかれたのかと思った>

(『架空OL日記』第5話より)

これは、OLの“私”が紹介された脱毛サロンで、初めて施術を受けた時の感想である。そのあと先輩から輪ゴムでパチンとはじかれた“私”は「例えは例え」という教訓を得る。

この物語の作者は、ドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が大好評だったバカリズム。“私”を、2017年のドラマ『架空OL日記』(読売テレビ・日本テレビ系)で演じたのも、バカリズムだ。

銀行勤めの“私”の日常を描く『架空OL日記』は、主に5人のOLで構成されている。実家住まいでややズボラな“私”(バカリズム)、ストイックな同期の真紀ちゃん(夏帆)、ちょっと空気の読めない後輩の紗英ちゃん(佐藤玲)、姉御肌の小峰様(臼田あさ美)、マツキヨのことを律儀に“マツモトキヨシ”と呼ぶ酒木さん(山田真歩)。他にも、つかみどころのない後輩のかおりん(三浦透子)や、映画版に登場する“私”の友達・リエ(志田未来)など、『ブラッシュアップライフ』への出演者も多い。

“私”はもちろん女性の格好をしている。モコモコしたルームウェアを愛用したり、Diorのグロスを塗ったり。最初は違和感を抱くものの、平然と進むその不思議な世界に、だんだんと慣れてきてしまう。

“私”を含むOLたちの毎日はごく平凡で、画一的でもある。最寄駅にしぶしぶと向かう朝からはじまり、通勤ラッシュの電車に揺られる。同じ電車を使う真紀ちゃんと合流して、更衣室で制服に着替え、仕事をする。食堂でランチをする。仕事終わりはご飯を食べに行ったり、ジムやアトレに行ったり。

“私”の出勤から退勤後までを中心に展開するストーリーは、誰も死ななければ、交通事故に遭ったりもしない。今作に登場する最も不幸なエピソードといえば、大嫌いな副支店長に「あれ?ちょっとふっくらした?」と言われたことではないだろうか。

『ブラッシュアップライフ』の原点とも言える“女子たちのリアリティー”

とにかく視聴の負荷が掛からない『架空OL日記』は、完結して5、6年が経ったいまも、新鮮におもしろい。『ブラッシュアップライフ』は、バカリズム節が炸裂した“女子のたわいもないおしゃべり”が人気のひとつだが、『架空OL日記』はその原点だ。個性豊かなOLたちに自分を投影するというよりかは、むしろ同じ世界に、彼女たちも暮らしているのではないかと思いたくなるようなリアリティーがある。

親友というには淡白で、職場仲間というには親密な彼女たちの関係を表すならば、この社会を生き抜くための“戦友”という言葉がふさわしいのかもしれない。かといって、誰もその関係に固執することなく、彼女たちの間にはゆるやかな連帯がある。その距離感は第三者から見ても心地いい。

個人的に好きなエピソードを書くと、昼食の酢豚に翻弄される第4話。本日のランチメニューが酢豚だと判明し、更衣室は「酢豚のパイナップルは許せるか? 許せないか?」トークで盛り上がる。“私”と小峰様は「許せる派」、真紀ちゃんは「許せない派」。同じく更衣室にいた酒木さんが「どっち派」なのかで盛り上がる3人だったが、激論の末に正解を聞くと、まさかの「どっちでもいい派(おいしければなんでもいい派)」という、最もつまらない答えが返ってくる。

しかも楽しみにしていた酢豚ランチまで微妙。リベンジを果たすべく、仕事終わりの“私”たちは果敢にも中華料理屋で酢豚を頼むものの、それもまた微妙……もしかしたら食堂のほうがマシだったかもしれない……と、黙々と酢豚を口に運ぶ回だ。

盲腸で入院した後輩・ゆみちゃん(田原可南子)にまつわる話も好き。一週間ほど入院するゆみちゃんに、何か持っていこうと話し合う“私”たち。紗英ちゃんは漫画を差し入れようとするのだが、そのラインナップが血しぶきが舞うアクション漫画の『あずみ』(小学館)や、ゾンビ漫画の『アイアムアヒーロー』(小学館)だったりと、いちいちグロテスク。紗英ちゃんのKYっぷりと秘めた狂気性が鮮やかに融合したエピソードだと思う。

『架空OL日記』には“当たり前の日常”が描かれている

しかし、OL5人の毎日は、ある日突然終わりを迎える。視聴者も忘れかけていた“違和感”に対して、モヤを晴らすようなラストは見事。まさに『ブラッシュアップライフ』のドラマクラブの3人がしきりに口にした“カタルシス”を感じる終幕だ。

それと同時に、なにげないことで笑う彼女たちに向けられた、ラストシーンでの羨望のまなざしが大切なことに気づかせてくれる。本人にとっては当たり前でも、他人からは眩しく映るモノもあるのだと。

私たちの人生もまた、同じような日々のくりかえしで、画一的なのかもしれない。うれしいこともあれば、憂鬱なこともある。たとえば、休み明けの月曜日や仕事でミスをしてしまった時、楽しみにしていたドラマがついに最終回を迎えた時。『架空OL日記』はそんな憂鬱をやわらげてくれる。まるで寒い冬の更衣室を温める一台のハロゲンヒーターのような、ちょうどいい優しさがあるのだ。

(文:明日菜子、イラスト:タテノカズヒロ)

※この記事は2023年03月14日に公開されたものです

明日菜子 (ライター)

三度の飯くらいドラマが大好き! 視聴ドラマは毎クール25本以上。「文春オンライン」「Real Sound」などに寄稿。
Twitter:https://twitter.com/asunako_9

この著者の記事一覧 

SHARE