【File42】「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」に憧れすぎた話
今振り返れば「イタいな、自分!」と思うけれど、あの時は全力だった恋愛。そんな“イタい恋の思い出”は誰にでもあるものですよね。今では恋の達人である恋愛コラムニストに過去のイタい恋を振り返ってもらい、そこから得た教訓を紹介してもらう連載です。今回は吉原由梨さんのイタい恋。
慶應ボーイにナンパされに行くチョロい独り身女
大学2年生の秋。春に彼氏と別れて以来、次の彼氏が出来る気配無し。なんだか気温も下がってきて、独り身が寂しく感じられる季節……あぁ、彼氏欲しい。
マッチングアプリが今ほど身近じゃなかったあの時代、じゃあ彼氏を探しに行こうじゃないか! と、同じく独り身の女友達と繰り出したのは慶應義塾大学の大学祭。
なぜか。「おしゃれな慶應ボーイにナンパされよう」という、なんともチャラついた理由です。
渋谷109のセシルマクビーで買った純白のコートに身を包み、バッチリメイクでいざ乗り込んだ三田キャンパスはすごい人。どう見ても私達と同じ目的で来ていると思しき女の子二人連れもわんさかいます。
みんな考えることは同じなのね、と思いながらうろついていると、後ろから待ちに待った「ねぇねぇ」の声が!! 「イラッシャッターーー!!」と思いながら顔の筋肉を整えて振り返ると、大学生っぽい男の子二人組。
「どこから来たの? 連絡先教えて?」ええ、もちろんですとも。だってそのために来たんだから。内心嬉々としてるのに「えっ、びっくり。どうしようかな……」などと迷うふりをしながらメールアドレスを交換し(LINEが無かった時代)、心の中でガッツポーズしながら帰途につきました。
BMWに舞い上がってしまった恋
そのアドレス交換した彼と、ある金曜日の夜に会うことに。
車で来ることは事前に聞いていましたが、待ち合わせ場所に来たのはなんとBMW。慶應ボーイ×BMW=超イケてる!! と思った私。
しかもその頃、私はDREAMS COME TRUEの『未来予想図Ⅱ』の大ファンでした。ドリカムで、車といえば、皆さんお分かりでしょうか? 「ブレーキランプ5回点滅 ア・イ・シ・テ・ルのサイン」です。あれをやってもらえる日が来るのね〜!!
勝手に舞い上がった田舎者の私は、もうその瞬間、彼に恋をしました。まだ名前と車以外、何も知らないのに。
あれ、私のこと好き……? 彼へのモヤモヤをドライブデートへの夢で誤魔化す日々
舞い上がったままお付き合いが始まったものの、「なんか……おかしい?」と思うことがちらほら。
まず会えるのは金曜の夜だけ。21時くらいに私のマンションの近所のファミレスで食事して、うちに泊まって土曜の昼には帰っていく。その他の日は全く会えないし、何をしているのかもよく分からない。連絡もあまり取れません。
彼は当時もう4年生だったので単位もだいたいそろっていて、就活も終わっています。でも「会社をやってる」って言っていたから、仕事が忙しいんだなと思うようにしていました。
あと、会っている間も自分の仕事の愚痴や話したいことを一方的にバーっと話すのみ。私の話にはほぼ「へえ」しか言いません。これも「疲れてるから仕方ないよね」と自分を納得させます。
そして「好き」とか「会いたい」とか一切言わない。最初に「付き合おう」と言ってくれたぐらい(それも私が誘導尋問したようなもの)。これはちょっと寂しい。
だけど。寂しくったって。モヤモヤしたって。
なんといっても私には「ブレーキランプ5回点滅」の夢があったので、いつかドライブデートするのを夢見て違和感を誤魔化してしまっていました。それどころか「忙しい彼を支える大人の女になろう」なんて健気な決心までする始末。
愛されてなさすぎのクリスマス
秋に付き合い始めたので、あっという間にクリスマスが近づいて来ます。クリスマスデートはどうするんだろう、と自らお店をリサーチしたりプレゼントを考えたりと計画に勤しんでいました。
が、肝心の彼の反応はというと、
私「クリスマスのディナーっていくらまでならいい? 割り勘で」
彼(2時間後)「350えーん。松屋の牛丼」
私「プレゼントは指輪がいいなぁ」
彼(5時間後)「金が無い」
……やる気なさすぎだろ(ちなみに彼の持ち物を見ていると、経済的に苦しそうには見えません)。
ここら辺で心折れれば良いものを、私はまだ粘ります。
私「じゃあ、横浜行きたい」
彼「当日の気分で」
やった! ドライブデートできるかも! と喜ぶ単純な私。
そしてクリスマス当日、横浜へのドライブデートは実現しました。夜の高速を走るBMWの助手席は最高の居心地だし、ご飯は適当に入ったお店だったけど、近所のファミレスじゃないだけで嬉しい。「日頃はそっけないけど、大切な日は私と過ごしてくれるんだな」なんて思っていたら……。
「はい、これ」と帰りの車中で渡されたのはコンビニでもらうようなレジ袋。中を覗いてみると、新聞紙にくるまれた何かがあります。中から出てきたのは、なんといかつい髑髏の指輪。
「指輪欲しいってうるさいから」
……たしかに、私は指輪が欲しいと言いました。が、しかし、当時の私はCanCam系のコンサバファッションで、どう考えても髑髏の指輪なんて似合わない。しかもこんな新聞紙にレジ袋なんて、渋谷の露天商から500円で買ったのか⁉
いや、百歩譲って趣味に合わない指輪を露天商から買ってもいい。でも好きな相手に渡すなら、もうちょっと気持ちのこもった包装をしてほしい。百均の包装紙でもいいから。
ちょっと黒ずんだ髑髏の顔と新聞紙とレジ袋を見つめていたら、今までのやりとりでの引っ掛かりやモヤモヤがバーっと蘇り、ようやく「あ、私愛されてないわ」と気づきました。
遅っ。遅っっ。
その後マンションまで送ってもらって、彼の車が発進するまで見ていましたが、当然ブレーキランプは一度も点滅しませんでした。
そりゃそうだ。だって私のこと愛してないもんね!
イタい恋から得た教訓「ちゃんと中身を見て、愛してくれる人と付き合おう」
後日改めて電話で「別れたい」と伝えると、少しも狼狽することなく「あ、俺ももう無理かなって思ってたから。じゃ」とあっさり。やっぱ愛されてなかったんだな。
みなさん、ア・イ・シ・テ・ルのサインを出してほしければ、ちゃんと愛してくれる人と付き合おう。
いや違う、もっと根本的な問題だ。車なんかに舞い上がらず、その人自身の中身を見て好きになろう。
(文・吉原由梨、イラスト・菜々子)
※この記事は2022年03月13日に公開されたものです