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今の私たちを強くした「平成ギャルの恋」 #平成恋歴史

鈴木涼美

高校生になって間もない5月、初めて行った日サロは、最初に受付をしてくれたおねえさんも、横で焼き終わってお水を飲んでる男の子も、更衣室でシャワーから出てきた女の子も、みんな私より全然黒くてカッコよくて、それまでどちらかというと地黒な上に日焼けをしているほうだと思っていた自分の身体が、真っ白でダサい気がして恥ずかしかった。

時は1999年、雑誌『egg』に登場する高校生も109の店員も黒肌を露出して、細眉に厚底ヒールが定番になっていた。ココルルのデニムや柄シャツが流行り、昭和第一高校の学生鞄が流行り、ミー・ジェーンやラブボートのショップ袋が流行り、涙シールや白メッシュが流行った、そんな時代。

日サロに慣れ、センター街に慣れ、ミニスカにも私服の厚底にも慣れることで精一杯だった1年生が終わり、2年生になって夏になりきらないじっとりした暑さが気になりだした季節に「私、がんばって白くするから」と言ったのは、隣のクラスの黒ギャル、リカだった。

「それでね、佐藤くんより腕が白くなったら、もう一回告白するの」

上田美和によるヒット漫画『ピーチガール』の主人公ももちゃんを真似たセリフだったが、本家のももちゃんよりリカのほうが、その言葉が似合うような気がした。

リカは1年生のころから、多分学年で一番黒く、化粧も濃く、持っている財布もヴィトンの三つ折りで、中学を卒業してまだギャルになりきれない茶髪ルーズソックス少女たちの中で、際立って完成形に近かった。

2年生になり、ルーズソックスのたるみも、ラルフのセーターやカーディガンのゆるみも、眉毛の形も、みんなだんだん洗練されてきて、人によってはパラパラのレパートリーも増えてきたころ。リカがまだ高校生活も本番ど真ん中の2年生の一学期に「白くなる」なんて言い出すのは結構なニュースで、言い出した本人も単なる漫画の影響とは言いきれない、結構本気の様子。休み時間の校舎のベランダには、「え? なに急に?」「どうしたの?」なんていう声が飛び交った。

「佐藤くん、私と別れてからそんなに女子の噂なかったけど、なんか白石さんのことかわいいって最近しきりに言ってるらしいんだよね」

佐藤くんとはリカの隣のクラス、つまり私のクラスの男子で、入学したときから短髪から剥き出しの耳に大きいピアスをしていてラルフの紺のベストを着ていること、それからダンスチームに入っていてたまにクラブイベントを主催していることで、なにかと目立つ存在だった。

入学してすぐ、私が日サロに尻込みしていたころに、隣のクラスでもっとも目立っていたリカと付き合いだしたのは、周囲から見ても納得で、学校の目の前にあるローソン前で待ち合わせて一緒に帰っている姿に触発されて、自分も意中の人に告白する女の子なんかが結構いた。

ただ、高校1年生というのは出会いの時期でもあって、なにをしても中学時代よりもダイナミックになる感動の毎日でもあって、さらにギャルとして渋谷に繰り出すような私たちにとっては、毎日が無敵に楽しく、世界が自分らの思い通りになるような、少なくとも渋谷中が友だちであるような気がする日々でもあった。

リカは他校の男子に声をかけられることも多く、佐藤くんだけに青春を捧げるのはちょっともったいないような、もっと震えるくらい好きな人が現れるような、もっともっとハッピーな日々が待っているような気がしたのか、次第に佐藤くんと過ごす時間に対して無責任になり、そんなリカに佐藤くんの気持ちもやや離れて、夏休みが終わるころにはすっきり別れてしまった。

ただ、2年生になって、実は佐藤くんと付き合ったのは単にお互い入学時から目立っていたからなんていういい加減な理由じゃなくて、いや、もしかしたら理由はそれくらい軽いものであっても、一緒にいる時間できちんとそれ以上の気持ちが乗っかった関係になっていたことに気づいたのか、リカはなんとなく復縁を意識するようになっていた。そんな中で、佐藤くんがどうやら白石さんという女の子を気にしているということを知ったのだった。

「え? 白石さん? パンピーじゃん」

リカの宣言を聞いていたギャルグループの誰かがそんなことを言った。白石さんというのは、佐藤くんや私と同じクラスの、軟式テニス部の女の子で、ルーズソックスではなく紺のソックスを履いて、化粧をしていない、髪の色はほんの少しだけこげ茶に染めている女の子だった。

パンピーと言った誰かはもちろんリカを元気づける意図もあったのだろうが、たしかにギャル臭のしない女の子ではあった。ただ、彼女がいかにも男性に好かれそうな清楚なルックスで、顔もかわいく、佐藤くんがねらってもおかしくはないな、とそこにいる誰もが思っていた。

目立ったギャルであるリカと付き合うことで高校生活に弾みをつけた佐藤くんではあったものの、「佐藤くんは、ほんとは安倍なつみみたいなのが好きなんだよ」とリカが以前言っていたのも、私たちの多くが記憶していた。

ひとつ上の世代が種を蒔いて仕込んだギャル文化を、大きく開花させた私たちの世代の信条は、すべては女子のために。女子が女子のまま楽しむのが大事で、男子の視線や存在は軽視されていた。

男の子より黒い肌、男の子の身長を無視した厚底、素顔を無視した強めメイク、男ウケよりも今をひたすら楽しむことを優先したギャルたちは、短いスカートも露出の多い私服も、別に男の子を楽しませるためではなく、心から自分らの満足のために身につけていた。思えば街場のフェミニズム運動なんかよりずっと自然に、男の子のためにではなく自分のために存在する女の子を体現していたといってもいいかもしれない。

だからといって、女の子は恋もすればセックスもする。目立つ茶髪の男子とギャルのカップルは、見た目はお似合いでも、実は彼女にはもっと清楚な格好をしてほしいと思っている男子は多かった。佐藤くんもおそらくそうで、リカがつけているハイビスカスの紐パンよりも、水色やピンクのレースの下着が好きだと言ったこともあった。

それからリカは、色白で前髪サラサラの白石さんをライバルと認識し、ギャルとしてのプライドと板挟みになりながら一時的に日サロ通いをやめ、化粧も少しだけ薄めにして、復縁のときを待っていた。

でも、文化祭の打ち上げで佐藤くんが白石さんに声をかけ、付き合いだしたというニュースが流れたのは、それから間もなくのころだった。リカはまた日サロに通い、誰よりも黒くなっていた。

あれから20年近くたった今でも、私たちはときどき、自分の着たい服と、自分の好きな男性が求める服のバランスで悩む。服だけじゃなくて、仕事でも行動でも遊びでも、女子同士の楽しみのための行為と、恋で勝者になるための行為はよく矛盾する。

でもあのころ、無敵の10代、そしてギャル文化が最大限に開花していた時代。男の子の視線をぐっと諦めてでも、自分らの時代を作り上げた誇り高き自信は、結構私たちを強くした。

(鈴木涼美)

※この記事は2019年04月07日に公開されたものです

鈴木涼美

社会学者、タレント、作家、元AV女優。書籍『AV女優の社会学』『身体を売ったらサヨウナラ』『愛と子宮に花束を』『おじさんメモリアル』『オンナの値段』など。

・Twitter:@Suzumixxx

・Instagram:@suzumisuzuki

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