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映画の中に残ったのは、自分じゃない自分。『坂道のアポロン』中川大志インタビュー

『坂道のアポロン』の千太郎を、まさか中川大志が演じるとは。だって彼が纏う雰囲気は、あまりにも甘すぎる。型破りな言動と、ドラムを叩く豪快な姿。どちらかと言えば大胆なイメージの千太郎に比べて、彼が持つ空気感は緩やかで繊細だ。でも、フィルムの中に存在するその人は、この役をとことん物にしていた。

3月10日公開の映画『坂道のアポロン』で、主人公・薫(知念侑李)をジャズの世界に巻き込む親友であり、周囲から「札つきの不良」として恐れられる川渕千太郎役を演じた中川大志。これまでのイメージとかけ離れたこの役は、彼にとってまさに大きな挑戦だった。

「自分じゃないキャラクター」が乗り移った。

――演じられた千太郎は、中川さんから見てどんな人物でしたか?

千太郎は、一見豪快でまわりからも近づきがたいと思われているような不良ですけど、実はすごく繊細なキャラクターだと思いました。抱えているバックボーンがあって、そのせいで孤独な部分もあるし、反動でケンカもする。周囲からはとっつきにくいと思われるような存在です。だから、親友の薫や幼なじみの律子(小松菜奈)を巻き込んでいくような明るいキャラクターであればあるほど、内側に抱えている繊細なものが深みを持つんじゃないかと感じていました。

――なるほど。千太郎は時代的にも昭和の人だったり、見た目も今までの中川さんとはちがったりと、チャレンジの多い役だったと思います。

最初は「なぜ僕にこの役のオファーが来たのかな」と不思議に思うくらい、自分じゃないって感じるキャラクターでした。でも、演じていくうちに自然と役を引き寄せられたんです。だから、自然体で演じられた。もちろん大きなチャレンジでしたけど、その瞬間だけの「自分じゃないような自分」が映画の中に残っているなって。

――とても貴重な瞬間を、映画の中で切り取ることができたんですね。

僕がやりたいと思い描く役のイメージと、自身の素がここまでかけ離れたキャラクターって今までなかったんです。最初はすごく意識的に、動き方や声のトーンを考えながら「こうしていこう、ああしていこう」と演じていたんですが、それはすぐになくなりました。考えなくても、自然と千太郎として動けたんです。自分で言うのもなんだけど、役作りはすごくうまくいったと思う(笑)。ドラムを叩いているときも、役が乗っかると叩き方が自然と変わって、千太郎としてのスティックの振り方になりました。まるで千太郎が乗り移ったような体験でした。

手が勝手に動いて止まらなかったドラムシーン。

――たしかに、劇中のドラムシーンはすごく生き生きして感じられました。ドラムの練習はどれくらいされたんですか?

ドラムの練習は、クランクインする約10カ月前にはじめました。昔ちょっとだけ習っていたことがあったんですけど、ジャズはまったくの未経験。最初は苦戦しましたね。スティックの持ち方からはじまって、最初の半年くらいはジャズの基礎練習をしました。最後の数カ月で、やっと演奏する曲を覚えていきました。

――知念さんとのセッションの練習はいかがでしたか?

知念くんと合わせたのはクランクインの1週間くらい前でした。それはもう楽しかった。だから、その気持ちを大事にして、この映画の中に活かしたいと思っていました。ずっと別々に練習してきたので、その間はお互いの練習状況に探りを入れたりして。プロデューサーさんに「知念くんはもうこの曲仕上がってきてるよ」って聞いて、「マジっすか!?  ヤバいヤバい」みたいな(笑)。

――映画の中のいちばんのヤマ場といえば、そんな2人が文化祭で見せるセッションシーンだと思います。あれは圧巻でした。

地元の学生の方にもエキストラとして参加してもらって、セッションシーンは2日間丸々撮影していました。唯一あそこだけなんですよね、お客さんの前で演奏するっていうのは。お客さんをあっと驚かせたい、楽しんでもらいたいなっていう気持ちがあって。あの演奏シーンはよりいっそう気合いが入りました。

――しかもあのシーンは、千太郎と薫が仲直りする重要なシーンでもありますよね。

そうなんです。一度離れた2人の心が音楽によってまた引き戻されるシーン。そういう「音楽の力」を肌で感じながら、とにかく何回も、何十回も演奏しました。アドレナリンが出て、後半はかなりゾーンに入ってましたね。自分でも練習でここまでいったことないっていうくらいのところまでいけたなぁって。だって、手が勝手に動いて止まらなかった。

――まさに、役が憑依した瞬間! 薫にとって千太郎は、殻に閉じこもっていた自分を外に引っ張り出してくれた存在のはず。逆に千太郎にとって、薫との出会いとはどういうものだったと思いますか?

監督に「この物語は千太郎と薫のラブストーリーだと思う」って言われていたんです。育ってきた環境や持っているもの、キャラクターがちがう正反対の2人だからこそ、最初はちょっとソリが合わない。それでも化学反応が起こって、はじめて自分の本当の姿をさらけ出せる存在になったんですよね。見た目や育ってきた環境を抜きにして、人としてただただ正面衝突してきたのが薫だったから、千太郎はそれがうれしかったんだと思う。

――本当は、千太郎の中にも薫と同じような孤独がある。その根底にある共鳴は、お互い感じていたと思いますか?

感じていたからこそ、薫に自分をさらけ出せたんじゃないかな。孤独だった2人が全部をぶつけ合ってひとつになる瞬間っていうのは、僕も演じていてすごく楽しかったですね。

映画『坂道のアポロン』

舞台は長崎県・佐世保。高校生の西見薫は、父を亡くし親戚の暮らすこの町へと引っ越してきた。そこで出会ったのは、「札つきの不良」と恐れられるクラスメイトの川渕千太郎と、心やさしい千太郎の幼なじみ・迎律子。一生ものの友だち、一生ものの恋。そして、千太郎を通じて知ったジャズの魅力。運命を変える出会いを果たした薫と千太郎はセッションを響かせていき……。

2018年3月10日(土)全国ロードショー
(C)2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 (C)2008 小玉ユキ/小学館
配給:東宝=アスミック・エース

(取材・文:落合由希、撮影:前田立)

※この記事は2018年03月09日に公開されたものです

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