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トレンド 働き方

【平田静子×次原悦子】仕事も恋愛もきっとうまくいく! 働く女子が幸せに生きるヒントとは?

仕事もがんばりたいけど、恋愛だって妥協したくない! だけど両立も大変……など、多くの悩みを持ちながら忙しい毎日を送る女子も多いはず。そんな中、フジサンケイグループ取締役まで登りつめた出版プロデューサーの平田静子さんとPR・スポーツ事業を展開するサニーサイドアップの代表取締役、次原悦子さんによるトークショー「~仕事も恋愛もきっとうまくいく~頑張りすぎないキャリアのつくりかた」が10月15日(木)に都内で開催されました。今回は、現代社会で一生懸命働く女子の背中をあと押しするヒントがたくさん詰まった2人の対談の様子をお届けします!

波乱万丈!? エリートビジネスウーマンとは無縁だった2人

次原さん(以下、敬称略) 私の会社(サニーサイドアップ)は今年で30周年を迎えるPR会社で、17歳の高校生のときにスタートした会社になります。本当に小さい会社で扱っている企業さんは名の知れないところばかりで……。当時は、どこにプロモーションをかけても門前払い状態でした。そんな中で出会い、私に温かく接してくれたのが“親分”と呼ばせてもらっている、平田さんでした。

平田さん(以下、敬称略) たしか大学生のときだったよね。

次原 そのとき平田さんはもう編集長をやっていて、私はPRウーマンというよりは、ガールという状況で(笑)。プロモートをかけさせてもらったのが平田さんだったんです。

平田 私はもう扶桑社の編集長という肩書きだったんですが、「本当に若い子が現れたなあ」という印象でした。聞いたら19歳そこそこだって言うから(驚きました)。

―以前PR会社に勤めていた母と親友とともに、高校生にしてサニーサイドアップを企業した次原さん。そんな中、出会った当初から平田さんを親分と慕い、それ以来2人の長い付き合いは続いていると言います。では、平田さんがキャリア築くきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

平田 私は大学生のときは何も考えていませんでしたよ。「別に働かなくてもいいや」と思っていたときに、たまたま大学内でフジテレビの新卒募集の掲示を見つけて、「おもしろそうだからひとつだけ受けてみよう」と応募したのです。それで運よく受かって、入社しました。

次原 受かったのには理由があったんですよね?

平田 実は当時フジテレビでは、女子は25歳定年制だったんですよ。そこで毎度の面接で必ず聞かれたのが「ウチは25歳定年制だけど、定年になったらどうする?」という質問でした。で、私はにっこり笑ってかわいく「結婚して辞めまーす」と答えて合格になったの。私の1学年下に残間里江子さんという出版や映像を手がけるプロデューサーの方がいるのですが、彼女はフジテレビの面接の同じ質問に対して、「私は25歳になってもこの会社にいてくれないかと言われるような仕事をします」と答えたそうです。彼女は本当に優秀だったのですが、なんと結果は不合格。つまり、「女子には会社に対する意欲なんて求めない」というのが当時の会社の考え方だったんです。

人に喜んでもらいたい! 働いたからこそ気づいた大切な仕事観

平田 私は仕事をする上で、上をめざそうとかキャリアを築こうなんていう気持ちや意欲は大してなかったのです。唯一仕事をしていて感じたことは「私は何より人が喜んでくれることが好きなんだ」ということ。お茶をいれたり、コピーをとったりするのが私の仕事だったんですが、お茶をいれるときに人によって(お茶の)濃さを工夫したりしていたんです。そこで「静ちゃんのお茶はおいしいね」って言ってもらえるのがすごくうれしくて、「じゃあもっとおいしいお茶をいれよう!」といった風に仕事をしていきました。

―いつも目の前の仕事だけを必死にこなしてきた平田さん。ひとつひとつの仕事をていねいに、周囲の人々のことを気遣いながら仕事していくうちにだんだんと任される仕事に変化が訪れたのだとか。

平田 工夫してお茶をだしたり、コピーを見やすいようにまとめたり……些細な仕事でもしっかりとこなしていくうちに、「静ちゃんはいい仕事をするから、次はこんな仕事をやってみる?」と次から次に新しい仕事を頼まれるようになりました。上司からのオーダーの難易度が上がっていき、私自身も喜んでもらいたくて楽しく仕事をこなしていく。そんなよいスパイラルができあがっていったんです。そうこうしているうちに25歳定年制が撤廃になりまして……。

―「人に喜んでもらえるように」をモットーに仕事をこなしていくうちに、平田さんは扶桑社へと出向し、ついには雑誌の編集長を務めるようになったのだと言います。では、次原さんの持つ仕事観はどのようなものなのでしょうか?

次原 私は逆に31年間人に使われたことがなくて。とはいえ、会社を小さくてもやっているということは、社内で使われる以上に厳しい使われ方を経験してきました。結果をださなければならず、おいしいお茶とコピーだけではお金がもらえないという、少々親分とはちがうスタンスで仕事に向かい合ってきました。自分たちの手がける小さな仕事が世の中で話題になったりと、とにかく当時は毎日が楽しくてワクワクしていましたね。

―会社に勤めた経験がなく、世の中のことをまったく知らなかったと話す次原さん。だからこそ、ピュアに仕事に向き合ってきたと言います。そんな次原さんの仕事観がよく表れていたのがスポーツ選手のマネジメント事業だったのだとか。

次原 若いころに(元サッカー日本代表の)前園真聖のマネジメントをはじめました。当時はなかなかスポーツ選手をプロモートするというのがメジャーではなかった時代だったのですが、選手が所属しているチームの企業の方々に「どうして選手が一番輝いているときにCMにでたり、副業をしたりする権利が守られないのか」という率直な疑問を訴えたりしていましたね。だって、ケガをしたら来年の契約があるかすらわからないのですから。そうしているうちに、マネジメントしていた前園真聖が次第に有名になり、CM契約が生まれ……という結果に結びついていきました。

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