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専門家 生活

ちょっとイタい系? 壮大な一発屋、清少納言が恋をしてしまった定子への忠誠愛

堀江 宏樹

清少納言といえば『枕草子』。彼女はこれ一冊で日本文学史に名前を残しました。いわば壮大な一発屋なんです(紫式部だって一発屋ですけども)。
しかし……清少納言の「春はあけぼの」で始まる『枕草子』を通読すると、清少納言って「イタい系?」なんて事実に気付かざるを得ないんですね。
「○○は××!」って断定が多いのが『枕草子』の特色でしょう。全能感と多幸感に支配され、空気なんざ読もうとしない主張のタレ流しが、『枕草子』の本質のように思われます。

本名・生没年は不明の彼女ですが、あまりモテもしないのに「夫が女心がわからない」ことに腹を立ててバツイチとなり、宮中に「女房(メイド兼家庭教師)」として出仕することになったのは27歳頃。

彼女は17歳の美少女・藤原定子の女房に抜擢されたのです。二人の年の差は10歳。27歳は、現在の年齢感覚でいうアラフォーみたいな感じです。一方、定子は17歳。それも時の帝・一条天皇に愛されている17歳のキラキラ美少女です。しかも性格が優しかった。彼女は清少納言にとってアイドルそのものだった気がしますね。

世代の違いを超えて、清少納言は、定子に恋してしまうのでした……っても百合の話を今回はしたいのではありません。平安時代の宮中ってある意味、「学園ノリ」なんです。女子は女子で結束します。男子はだまってなさいよ!って感じ。当時の女子の立場はかなり強く、時の帝の愛する定子にも「なにとぞお願いします」と、大臣がお願いに来る事もありました。それを見て、清少納言は「エラくなった感じ~?」と舞い上がります。本当は彼女がエラいんじゃないんだけど、清少納言は基本的に思いこみが激しいんです。そう、『枕草子』の「○○は××!」と断定する語尾を思い出してくださいね……。

清少納言は定子への愛と忠誠を忘れませんでした。『枕草子』に描かれているのは晴れがましい記事だけです。『枕草子』には、定子の兄弟・藤原伊周&隆家のことは「雅な理想のイケメン王子」として描かれていますが、この二人、実はわりと武闘派の不良です。
叔父さんにあたる藤原道長を、平到頼というヤクザ貴族を使って暗殺しようとしたり……
さすがに暗殺未遂は問題視され、島流しにされてしまいました。
しかし、この暗殺未遂事件にはウラがありました。二人の兄として、妹・定子への帝の寵愛が薄らいでいるのを見逃せなかったのですね。その影には、藤原道長の娘・彰子の存在がありました。帝と定子がベストカップルなのに、権力欲に燃える道長は自分の娘で、やはり美少女の彰子を帝に押し付けたのです。最初はイヤでも、なんだか趣味も合うようだし……ということで帝の気持ちは定子から彰子に傾いていきます。

定子の傍につねにいた清少納言は、定子が悩み苦しむ姿も確実に見ていたでしょう。定子と共に涙する日もあったかもしれません。しかし清少納言はそれらを一切、『枕草子』には書き残しませんでした。華やかで良いことだけを書いていくんですねぇ。清少納言は自分を天才だと分かっていますから、書いたものが永遠に残ると信じています。だから、暗いことは書かないのです。
しかし、定子は24歳の若さで、かつてのような帝の愛情を取り戻すこともできず、お産の後に亡くなってしまいます。

当時としてはもっとも業深い亡くなり方ですから、陰口を叩かれたでしょう。清少納言はその後、宮仕えをきっぱり辞めたとも、尼になって、定子の遺児に仕える生活を続けたともいいます。清少納言、わりとアレな女性ではありますが、スジの通し方はなかなかカッコイイと筆者は思います。

(堀江宏樹)

 

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