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“いいお母さん”じゃなくていい! プレッシャーにとらわれない「子育ての極意」3つ

多くの女性が、「いつしか結婚をして、子どもを育てている自分」を一度は想像してみるもの。でも、子育てって何だかすごく大変そうだし、果たして自分に母親の役目が務まるのか不安を抱えている人も少なくないはず。そんな悩みやプレッシャーを抱える女性たちや、子育てに奮闘中のママさんたちへ向けて、『テルマエ・ロマエ』の著者であるヤマザキマリさんが自身の子育ての経験論を語りおろした『とらわれない生き方 母として 「いいお母さん」プレッシャーのかわし方』(KADOKAWA刊)が発売。今回は、27歳で息子を出産し、同時にパートナーだったイタリア人の男性と別れ、シングルマザーとして育てることを選んだヤマザキさんの子育て観をまとめた同著の中から、元気と勇気が出る子育ての極意を紹介します。

■母親である前に自分の人生をまず生きる

親が子どもの幸せを喜ぶのは健全なこと。しかし、「いい学校に入って、習いごとをいくつかやって、いい職業について……」と、自分の好みどおりに子どもが進んでくれることに一生懸命になってしまうのは問題であるとヤマザキさんは言います。それは、「自分が達成できなかったことや欲求不満を子どもに埋め合わせさせて自分の人生という作品を完成させたい」という母親の願望。母の満たされない心の代償のために、子どもが生まれているわけではありません。母親は、自分の存在証明は自分自身でしなければならないのです。そのためには、子どものことばかりで忙しくするのではなく、まず母親が自分の人生を生きることが大切なのだと言います。

■欠点を認めてこそ本当の愛情が生まれる

今のお母さんの中には、自分の失敗や困っていることを外に出すのが難しいという優等生タイプの人も少なくないとか。それに関してヤマザキさんは、今まで優等生で生きてきた人なら、なおさら“いいお母さん”プレッシャーが強く作用しているのかもしれないと懸念しています。人間はある程度のいい加減さも必要。ヤマザキさん曰く、相手のダメなところや欠点を認めてこそ、はじめて本当の愛情が生まれるのだそう。したがって、子どもに「ダメだ」と思われることは愛情であり、「ダメだなぁ、ママは」と言われるくらいでいいのです。

■“母”と“母じゃない私”、2つの自分を見せる

24時間どんなときもお母さんらしくいようとすると、母親業は大変なものになってしまいます。よって、“母”という役割を担っている部分と“母じゃない私”という2つの自分を離して考えればよいというのがヤマザキさん流の子育て観。意外にも、母親であること以外で充足する時間を持ち、その姿を子どもに見せることが大切なんだとか。というのも、子どもにとって「自分の存在がこの人の幸せを決めているんだ」となってしまっては、子ども自身の負担が大きくなってしまうからです。“母”である以前にひとりの人間であることを忘れず、適度に気を抜くことも子育てには必要なようです。

いかがでしたか? “いいお母さん”にとらわれる必要はないというヤマザキさんの子育て観にとても勇気づけられたという女性も多いはず。ヤマザキさんは自身の子育てや生き方について、「勤勉に、そして適度に怠けつつ、どんな経験も感情も受け止め、授かった生命を謳歌できる人間でありたい」と同著の中で語っています。あまり肩肘を張りすぎず、ありのままの自分で子育てに向き合うことで、自ずと子どもにとっての“いいお母さん”になっていくのかもしれません。

◆『とらわれない生き方 母として 「いいお母さん」プレッシャーのかわし方』
著者:ヤマザキマリ
発行:株式会社KADOKAWA

(マイナビウーマン編集部)

※この記事は2015年07月01日に公開されたものです

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