これってモラハラ? 「職場でのモラハラ」事例と対処法
職場や家庭などで問題になっているモラル・ハラスメント。略して「モラハラ」をご存知でしょうか。モラハラは相手に対する言葉や態度などで、精神的な嫌がらせを行う行為のことをいい、セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントと同様に、仕事や生活に支障をきたすような深刻な状況に発展することも。しかしモラハラは、迷惑行為をしている側も受けている側も、該当していることに気がつかない場合もあります。そこで弁護士の刈谷龍太さんに、職場でのモラハラの事例や、モラハラを受けたときの対処法について詳しく解説してもらいました。
職場におけるモラハラとは
「相手に対する言葉や態度などで、精神的な嫌がらせを行う行為」であるモラハラですが、職場でのモラハラはどのようなものが該当するのかを説明します。また、パワハラとはどうちがうのかについても解説します。
職場におけるモラハラの意味と定義
職場におけるモラハラとは「言葉や態度、身振りや文書などによって、働く人の人格や尊厳を傷つけたり、肉体的・精神的に傷を負わせて、その人間が職場を辞めざるを得ない状況に追い込んだり、職場の雰囲気を悪くさせること」をいいます。簡単にいうと、職場内でのいじめ、精神的虐待です。
パワハラとの違い
モラハラと似たものとしてパワハラがありますが、一般的には、パワハラが職場内での力関係を利用するものであるのに対し、モラハラは職場内での力関係を利用しないものと考えられています。
職場でのモラハラ事例
モラハラは目に見えるような暴力ではなく、言葉や態度だけで精神的に相手を傷つけるので、第三者に気づいてもらいにくいという特徴があります。特に、2人だけの空間で迷惑行為を受ける場合は、誰かに相談しても信じてもらえないこともあるでしょう。交際相手や家庭で被害を受ける人もいますが、職場でのモラハラに悩まされている人も少なくありません。モラハラに該当する事例としては下のようなケースが挙げられます。
事例1:人格を傷つけているケース(上司⇒女性の部下)
上司から忘年会や営業の帰りなどで、営業成績や仕事内容に関してたびたび厳しい指導を受けるとともに「存在が目障りだ。いるだけでみんなが迷惑している。お願いだから消えてくれ」、「お前は対人恐怖症」、「肩にフケがたくさんついている。お前病気とちがうか」などの発言を浴びせられるケースがあります。この事例は上司が部下に対し、力関係を利用せずに部下の人格や尊厳を傷つけているのです。このような上司の発言は、業務上の正当な指導の範囲を逸脱するものであり、単なる精神的虐待にすぎないと言えます。
事例2:典型的ないじめだったケース(女性⇒同僚女性)
職場の同僚から自分だけ無視をされ、意図的に仲間はずれにされたり、「あの子は尻軽だ」、「仕事中に携帯や鏡ばかり見ている」など根も葉もない悪い噂を流されたりするケースもあります。この事例は、力関係のない職場の同僚が本人を孤立させようとしたり、本人の人格や尊厳を傷つけていたりするのです。このような同僚の行為は、典型的な職場内のいじめと判断できます。
事例3:モラハラかどうかわかりにくかったケース(上司⇒部下)
部下が帰社命令を無視して帰宅したことに対し、上司が深夜に「私、怒りました」など怒りを露にして留守電を残したケースが、過去の判例にあります。第一審(地裁)は、違法とまではいえないとの判決でしたが、控訴審(高裁)は、帰社命令に違反したことへの注意することよりも、部下に精神的苦痛を与えることを主として行われたものとして違法であるとの判決になりました。このように第一審と控訴審で判断が分かれましたが、部下への命令違反に対する注意という正当な意図も含んでいたとしても、あわせて精神的苦痛を与える目的をもち、深夜に怒りを露にした留守電を残すというような不穏当な手段・態様で行えば、モラハラになるといえます。
モラハラかどうか悩んだら
モラハラの事例はイメージできたかと思いますが、実際今自分が感じている職場での不快感はモラハラにあたるのか、気になっている人もいるのではないでしょうか。そこで、モラハラを受けているかのチェックリストと、モラハラなのか曖昧な場合の見極め方について、解説します。
職場でのモラハラチェックリスト
精神的に傷つく行為というのは、人によって個人差があるため、モラハラに該当するのかわからない人も多くいます。以下の項目は、モラハラに多く見られるポイントです。あなたの職場でこんな傾向がないか参考にしてみてください。
・怒鳴られたり、物を投げつけられたりする
・「バカ、無能、デブ」など侮辱的な発言をされる
・自分が意見を言っても否定ばかりされる
・話しかけても無視をされる
・孤立させられる
・陰口を言われている
・飲み会や社員旅行などへの参加を拒絶される
・雑用仕事ばかり与えられる
・プライベートに関する事項について叱責される
・退職勧奨をされる
モラハラかどうかの境界線とは
モラハラかどうか判断に悩むものについては、①過大な要求②過小な要求③プライバシー侵害という3つの類型が挙げられます。これらについては、業務の適正な範囲との線引きが必ずしも容易でない場合があるからです。業務の適正な範囲かどうかは業種や企業文化等の影響を受け、また、当該行為の状況・態様・継続性などによっても、左右される部分があります。以下、それぞれ具体例を述べながら解説します。
①過大な要求
過大な要求とは、業務上不要なことや遂行不可能なことを強制させられることです。これらにつき、明らかになんの理由もなく、ただ嫌がらせをするためだけに行われていれば、モラハラになるといえます。一方、当該行為を行うことに教育など業務上の正当な目的がある場合、モラハラといえないこともあります。たとえば、スキルのレベルアップ・成長を促す目的で、あえて壁にあたらせるために過大な業務を課すことは、モラハラとまではいえないでしょう。
②過小な要求
過小な要求とは、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じられることや仕事を与えられないことです。これらも、明らかになんの理由もなく、ただ嫌がらせをするためだけに行われていれば、モラハラになるといえます。一方、当該行為を行うことに指導など業務上の正当な目的がある場合、モラハラといえないこともあります。たとえば、大きなミスを犯したことに対して、一定期間反省を促すために過小な業務しか与えないことは、モラハラとまではいえないでしょう。
③プライバシー侵害
プライバシー侵害とは、自身のことや家族・恋人のことなど私生活に関する情報を詮索されることです。まったく必要性もないのに、相手が嫌がることをわかりながら根掘り葉掘り私生活の情報を聞き出す場合、モラハラになるといえます。他方、社内の繁忙期、GWやお盆・正月など長期休暇時の人員調整を行うため、あらかじめ当該時期の予定を尋ねることは、その必要性からモラハラとはいえないでしょう。
職場でモラハラを受けたときの対処法
職場で実際にモラハラを受けている人の中には、どのように対処していけばいいのか悩んでいる場合も多いです。自分の好きな仕事に就いてやりがいを感じているのに、モラハラに苦しみ、生活にまで支障をきたしている深刻なケースも。せっかくがんばってきたのだから仕事は辞めたくない、けれどもモラハラが理由で毎日職場に行くのが憂うつで行きたくない、などと誰にも相談できずにひとりで悩んでしまいがち。そのような状況を続けてしまうと、本格的な病気につながる可能性もあるといえます。そのため、モラハラを受けたときの対処法についてしっかり確認しておきましょう。
被害を受けたら誰に相談すべきか
モラハラ被害を受けた場合、ひとりで抱え込まず、誰かに相談するべきです。ひとりで抱え込んでしまうと、何も状況が変わらず、かえって事態が悪化するおそれがありますし、精神的苦痛も大きくなるからです。相談先としては、家族、友人、信頼のおける上司など、親身になって話を聞いてくれる人や、社内・民間のハラスメント相談窓口、労働局、労働基準監督署、弁護士などが挙げられます。
モラハラ被害を訴えることは可能なのか
職場でのモラハラ被害にあったとき、法的に訴えようと思う人もいるでしょう。ただ、モラハラといっても、その態様にはさまざまなものが考えられるため、法的責任を追及できるかどうかはケースバイケース。とはいえ、暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱など刑罰に触れる行為をされた場合、刑事責任を追及することはもちろん、民事上の損害賠償を請求することができます。仮に、相手の行為が刑罰に触れない行為であっても、社会的相当性を逸脱していると評価できる場合には、民事上の損害賠償請求が可能な場合もあります。
モラハラ被害を受けないために
モラハラを受けてしまったら、信頼できる人に相談したり、被害がひどい場合は法的責任を問えたりするケースもあります。しかしそこまでに発展するまでに、そもそもモラハラを受けないでいられれば、それにこしたことはありません。モラハラを受けないための自分でできる対策方法について説明します。
職場でできるモラハラ対策
自分の考えを隠さない
上司からの不当な指導や業務命令に従ってしまう人は、攻撃的な上司からの標的にされやすい傾向があると言えます。理由を説明したうえで拒絶の意思をしっかりと示すことで、攻撃的な上司からの標的にされないようにしましょう。
嫌がらせ行為を放置しない
嫌がらせ行為をされているのに放置していると、ますますひどくなるおそれがあります。嫌がらせ行為を受けた場合、すぐに上司や社内のハラスメント窓口に報告し、然るべき指導・処分をしてもらうようにすることで、嫌がらせ行為を抑止できるケースもあります。
証拠を確保する
モラハラは、前述のとおり、目に見えるような暴力ではなく、言葉や態度だけで精神的に相手を傷つける場合が多いので、その証拠を確保することが難しいといえます。ですので、メールであれば残しておき、直接の言葉であればボイスレコーダーを使用し、もしそのようなかたちで残せないのならば、記憶が鮮明なうちにメモや日記で記載しておくべきでしょう。なお、相手によっては、証拠を残していることを伝えることで、自らの保身のためにモラハラをやめる場合もあるでしょう。
然るべき措置をとることを相手に伝える
モラハラの加害者は、往々にして自らの行為がモラハラであるとの自覚がないケースが見受けられます。ですので、証拠を確保していることにあわせて、上司や社内のハラスメント窓口、ひいては公的機関や弁護士に相談し、然るべき措置をとる予定と相手に伝えることも対策の1つといえます。伝えることで、相手に自覚させ、今後のモラハラを防止できることもあります。
モラハラを相談・訴えることへの不安と対処法
上記の通り、モラハラ被害の対策として、「証拠を確保していることにあわせて、上司や社内のハラスメント窓口、ひいては公的機関や弁護士に相談し、然るべき措置をとる予定を相手に伝えること」はとても重要です。その反面、誰かに相談したり訴えたりすることで不利益を被ることがないか、不安な人もいるかと思います。モラハラを訴えることによって起こるかもしれない問題と、その対処法について、刈谷さんに聞きました。
たしかに、相談した上司や社内のハラスメント窓口によっては、適切な対応がされない可能性はあります。具体的には、
・相談したにもかかわらず表沙汰にならないよう隠蔽された
・相談内容をモラハラ相手に安易に伝えられ、よりモラハラがひどくなった
・モラハラ相手ではなく、自己が半ば強制的に人事異動された
・モラハラ相手ではなく、自己が精神的におかしいことにされた
という結果になることも考えられます。
上司や社内のハラスメント窓口が信用できない場合には、公的機関や社外の弁護士に相談すべきでしょう。特に都道府県労働局の総合労働相談センターは、情報提供・相談業務を行っているので、まずこちらを利用するのがいいでしょう。
参考URL:https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html
職場でのモラハラは気づきにくいことも! 見極めて対策しよう
セクハラやパワハラと同様に、モラハラが原因で最終的には仕事を辞めてしまうといったことも増えています。それだけではなく、精神的なダメージが大きすぎると、人と接することに恐怖心を抱いてしまい、転職をしてもうまくいかなかったり、日々の生活にも悪影響を及ぼしてしまったりする場合も。また、モラハラは本人が気づかぬうちに相手を追い詰めているケースもあり、当事者であっても自覚していないこともあります。
そのため、職場でそのような行為を受けたり、誰かがモラハラを受けている現場を目撃したりしたら、第三者に相談するようにしましょう。社内での人に相談することや訴えを起こすことに不安を感じる人もいるでしょう。その場合は、公的機関や社外の弁護士に相談してください。まずは自分だけで抱え込まず、誰かの助けを得ることです。
(監修・文:刈谷龍太、文:小村由編)
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