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“障がい者向け”という言葉は使いたくない。「AonC」代表が届けたいメッセージ

#わたしが向き合う女性のカラダ

太田 冴

すべての女性が自分らしく過ごすために、女性の健康や身体にまつわるサービスを展開するリーダーにインタビュー。女性としても、ビジネスパーソンとしても輝く彼女たちは、一体どんなことを考え、“女性のカラダ”と向き合っているのでしょうか?

取材・文:太田冴
撮影:洞澤佐智子
編集:鈴木麻葉/マイナビウーマン編集部

「障がい者向けのランジェリー」と聞いて、どのようなイメージを抱きますか?

おしゃれさ、かわいさよりも機能性が重視され、なんだか“福祉感”が強いものを想像する人は多いのではないでしょうか。そして、障がいをもたない人の多くは、どこかで「自分が使うものではない」「自分には関係ない」と捉えてしまいがちです。

そんなふうに「障がいのある人」と「そうでない人」の間に、明確に存在する境界線。それを打破しようと奮闘しているのが、“障がいがあっても使いやすい”ランジェリーを開発している「AonC」の代表・井上夏海さんです。

障がいを持つ多くの女性に自らヒアリングをして、機能性とデザイン性を両立させたブラジャーとショーツを開発した井上さん。リアルな声を形にする中で「AonC」のランジェリーに込めたメッセージを伺いました。

「スポブラでいいや」という諦めを変えたかった

ーー元々は全く異なる業界で働いていたそうですね。

新卒でエネルギー関係の会社に就職し、海外プラントの建設に携わっていました。その後、外資系のコンサル企業に転職。クライアントの業務効率化やシステム導入などに奔走する日々でした。

ーーそんな中、障がいがあっても使いやすいランジェリーブランド「AonC」を立ち上げました。なぜ、障がいのある方にフォーカスした事業を始めようと思ったのですか?

私の場合、身近に障がいを持つひとがいたわけではなく、いわゆる「福祉」というものも遠い存在のように感じていました。ただ、色々と調べていくうちに、日本では「福祉」として捉えられがちな障がい者向けの商品やサービスが、海外では当たり前のように「ビジネス」として存在していることを知りました。日本にもそのようなビジネスがあるのかも、と思い調べてみたのですが、驚くほど少なくて。そこに、ものすごく強い違和感を抱いたんです。

ーーたしかに、障がい者向け=福祉、という発想がまだまだ根強いですよね。一方で、障がいをもつ方にとって「足りないもの」は世の中にはたくさんあると思うのですが、どうして井上さんはランジェリーに着目したのでしょう?

ランジェリーって、普段生活していて他人から見られるものではないですよね。でも、女性にとっては、その日1日の気分が変わるとても大切なものです。たとえば、朝お気に入りの下着をつけるだけで、なんだかちょっと「今日の私、すてきじゃん」とか「今日は思い切って行動できそう」とか、勇気が湧いてくることってあると思うんです。

ーーわかります。ランジェリーは誰かのためにというよりも、自分のマインドや心地よさに影響する部分が大きいですよね。

障がいを持つ人の中には、「スポブラでいいや」とランジェリーの楽しみを諦めている方が多くいらっしゃいます。ランジェリーには、内面を変える力がある。そう思って、障がいをもつ方でも使いやすいランジェリーの開発を始めました。

「みんなが使うものを、障がい者も使える」を目指して

ーー「AonC」のランジェリーは、レースのあしらいがすてきで、とてもかわいいですよね。こだわりのポイントを教えてください。

機能的な部分をあえてデザインのように見せることで、機能性とおしゃれさを両立させることにこだわりました

たとえばブラジャーは、後ろに手をまわすことが困難な方のためにフロントホックにしたのですが、それだけではなかなか胸の形をきれいに見せることができませんでした。そこで、羽のようなものをクロスさせた特殊なマジックテープでつけることで、簡単かつきれいに胸を寄せられるように。羽の部分をあえてレースにすることで、見た目も華やかにしたのもポイントです。

また、上半身に障がいを抱えていると、肩紐が落ちてきてしまった時に自分で直すことが難しい場合があります。ただ、その都度ヘルパーさんに直してもらうようお願いするのも億劫で、我慢する人が多いそうなんです。そこで、頭からかぶる形にして、肩紐が落ちにくいデザインにしました。背中の部分がクロスになっていて、かつレースも施されていることでデザイン性もアップして、一石二鳥に。

アジャスターが前にあるのもポイントです。やはり車椅子に1日中もたれかかっている状態だと、アジャスターの位置によってはどうしても背中が痛くなってしまいます。アジャスターを前にもってくることで、1日快適に過ごせる状態を実現しました。

ーーこだわりがすごい……! しかも、肩紐が落ちないように設計されていたり、アジャスターが前についていたり、というポイントは、障がいをもっていない人にとってもすごく便利ですよね。

まさに、それがベストだと思うんです。「みんな」が使えるものの中に「障がい者」が使うものもある。それこそが「AonC」が目指している世界です。

実は、以前ある障がいを持つ方にインタビューをした際に「障がい者用に作られた機能性重視の服は着たくない」という言葉をいただいたことがありました。「障がい者向け」と聞くと「自分たちは使えるけど、普通の人は使わないんだ」と感じる、と。まるで「障がい者」と「健常者」の間に境界線を引かれているように感じるそうなんです。

ーー障がいをもつ人は、機能性に特化したものを求めているんじゃないか、と勝手に想像してしまうのですが、まさにそれが先入観なんですね。

商品を開発するうえで、SNSを駆使してとにかくたくさんの当事者の方にお話を聞いてきましたが、その中で気づいたのは、障がいをもつ人が感じている疎外感は、まさに「障がい者のために」というカテゴライズによるものだということでした。障がいをもつ人のためだけに特化した機能性重視の商品ではなく、障がいのない人も使えて、なおかつ障がい者も使える、そういうものが今の社会には足りていないんだ、と思ったんです。

実際、「AonC」のランジェリーは、授乳中の方や、四十肩で肩があがらない、などというお悩みを持つ方にもお使いいただいています。境界線を引かなくても、誰かのために作ったものが、実は他の人にとっても便利だった、ということはあると思うんです。

「障がい者向け」ではなく「障がいがあっても使いやすい」にこだわる理由

ーーさまざまな生活の方に寄り添える機能性は追求しつつも、ターゲットや機能のみに特化せずにランジェリーの楽しさを保つ。そのバランスは、とても繊細で難しいですよね。

届けたいひとに届けるためには、マーケティングとして「障がい者向け」という言葉を使う必要がある場面もありますが、あまり境界線を作ることはしたくありません。そのためにAonCではできる限り「障がい者向け」ではなく「障がいがあっても使いやすい」という言葉を使うようにしています

当事者の方いわく、「障がい者って恋愛するんですか?」と聞かれることがよくあるそうです。でもそれって、健常者はまず聞かれない質問ですよね。境界線があるからこそ出てくる質問だと思うんです。障がいのある方の性や恋愛はまだまだタブー視されています。だからこそ「AonC」のランジェリーを通して、そうしたタブーや境界線をなくしていきたいと思っています。

「AonC」は「As One Choice」の略語。障がいをもつ方にとって特別なブランドになるのではなく、いろんなブランドがある中のひとつの選択肢として「AonC」が存在できるようになりたい。「みんな」がいる中に「障がい者」がいる。そういう世界を目指して、今後も商品を開発していきたいです。

※この記事は2023年11月10日に公開されたものです

太田 冴

ライター/平成元年生まれ。舞台、韓国ドラマ、俳優、アイドルグループ、コスメなどを幅広く愛する雑食オタク。ジェンダー・ダイバーシティマネジメント・メンタルヘルスなどの社会問題にも関心あり。30歳で大学院に入学し、学び直しをしました。

●note:https://note.com/sae8320

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