「誰かの夢を応援したい」スプリングバレーブルワリー株式会社代表取締役・井本亜香さんの素顔
経営者やいわゆる「リーダー」って、どうしても私たちとは違う世界の人……と思ってしまいがち。でも、リーダーたちも毎日寝て、起きて、ご飯を食べて……そして仕事をしている普通の人。そんなリーダーの素顔を探るべく、「子どもの頃はどんな子だった?」「毎日どれくらい働いている?」「やっぱりタワマン住みですか?」など、素朴な疑問をぶつけます。
取材・文:ミクニシオリ
撮影:洞澤佐智子
編集:錦織絵梨奈/マイナビウーマン編集部
リーダー職に就く女性は、自分とは就職ルートも、分岐ルートも違うのだろう。そう思ってしまうくらい、リーダーと自分には「大きな差」があるように感じる人もいるかもしれません。
しかし、実はリーダーの中には「リーダー職を目指そうと思ったことはない」と語る人も多いもの。日本が誇るビールメーカーの一つである「KIRIN」が展開する、クラフトビールレストラン『SPRING VALLEY BREWERY』を運営するスプリングバレーブルワリー株式会社の代表取締役・井本亜香さんも、今回の取材でそう語ってくれました。
井本亜香さん
1991年、キリンビールに入社。2003年六本木ヒルズ開業とともに当社ハートランビールのアンテナショップである「Bar HEARTLAND」の立ち上げ、現場運営に約2年携わる。その後、キリンビール㈱マーケティング部でビール・チューハイなどの既存ブランドや新商品開発を担当し、2018年より営業を経て、2023年より現職。
「キリン」という誰もが知る大企業で、リーダー職に就く女性はどんな人なのでしょう。バリバリのキャリアウーマンであることには間違いないのに、井本さんのまとう雰囲気はどこか柔らかく、メンバーたちからも「かわいらしい人なんです」と評価される、不思議な魅力を持っています。
インタビューの中では、キリングループでのすばらしいキャリアの変遷が見えてきました。しかしそんな彼女も、キャリアの始まりは地方での一般職採用だったとのこと。井本さんのキャリアアップの根底には「自分のことより、人の夢ややりたいことを応援したい」という強い気持ちと、現在携わるクラフトビール事業に通ずる夢がありました
本当は目立ちたくないのに……内向的だった学生時代
Q.1 幼少期はどんな性格でしたか?
祖父が地元の公園で商売をしており、両親も休日はその手伝いに行っていたので、自然と大人と過ごす時間が増えました。同級生に対しては人見知りで、友だち作りも苦手。通信簿にもよく「内向的」と書かれていました。
Q.2 思春期は学校でどんな存在でしたか?
一人で黙々と作業することを好んでいましたが、小学生の頃から背が高く、何かと目立ちやすいタイプだったと思います。部活動でもクラス内でもキャプテンとして指名されることが多かったのですが、目立つのは苦手なので、自分から手を上げたことはありませんでした。
Q.3 大学はどのように選びましたか?
勉強が好きじゃなかったし部活に力を注いだこともあり、自分では漠然と専門学校に行こうと思っていたのですが、先生の勧めで地元の短大に進学しました。
ルーティンワークや何かにひたすら打ち込むのが得意だったので、タイプライティングや文書作成など実務に役立ちそうな科目がある、国際秘書コースを選びました。しかし、話したこともない就職課の先生が「井本さん、キリンビールを受けてみませんか」とわざわざ声をかけてくれたことがきっかけで、キリンへの就職を決意しました。
Q.4 学生時代にアルバイトはしていましたか?
高校まではソフトボールに打ち込んでいたので、短大時代はさまざまなアルバイトに挑戦しました。持ち前の打ち込み力のおかげで、バイト時代は重宝されやすかったです。
スーパーのアルバイトでは、縁あって青果売場から庶務課に異動し、売上計算や勤務入力などの総務全般を経験させてもらいました。夜は黙々と打ち込める贈答品の梱包のバイトをし、夏休みには市役所で事務員としても働かせてもらいました。
Q.5 新卒当時、どのようなキャリアを思い描いていましたか。
新卒時は四国の地元枠で、一般職として採用していただきました。与えられた仕事をこなし続けるのが得意だと思っていたので、配属には満足していましたし、当時からリーダー職になりたいと思ったことはなかったので、なんとなく「このままずっと、ここでいろいろ経験していくのだろうな」としか思っていませんでした。
Q.6 現在の仕事に興味を持ったきっかけは何ですか?
自身の仕事内容を「興味」で決めたことはほとんどありません。四国支社時代は人が少なく、若い内から挑戦する機会をいただけたので、年次とともにできることもやりたいことも増えていきました。
定型業務だけでなく企画や実行リーダーなどを任せてもらえたり、いろいろな人と仕事をするようになって仕事がおもしろくなり、「全国で働けたらもっと楽しいだろう」とも考えるようになりました。逆に、仕事に慣れて暇を持て余すことが耐えられないとも感じるようになっていったんです。
ちょうどその時、人事コースの変更制度ができたので、すぐにエントリーしました。希望の異動辞令をいただくのに時間はかかりましたが、その時のリーダーが「絶対異動させてやるから、それまでは今の職種でできることをやれ」と言ってくれたので、辞めずに踏ん張ることができました。
長くなってしまいましたが、自分にできる仕事を求め続けた結果、キャリアが変遷していっただけなんです。
「自身は夢追い人ではない」からこそ、メンバーの夢を応援したい
Q.7 初めてリーダー職に就いた時のエピソードを教えてください。
最初にリーダー職に就いたのは、32歳の時です。コース変更がかなって全国転勤し、海外ビール担当を約2年した後すぐに『BAR HEARTLAND』という店舗運営者の社内公募が出ました。年齢制限が32歳までで、ギリギリの年齢だからこそやってみる価値があると考え、エントリーしました。
結果、副店長として配属され、飲食業という未知の分野で、社外の業務委託企業社員やアルバイトさんたちと一緒に働くことに。部下となるアルバイトの子たちの方が飲食での経験が長く、自分にできることは何なのかと模索していました。
その時、彼らの責任を取ること、彼らがキャリアの中で人として成長していくサポートをすること、メンバーに「やって良かった」と思える仕事を与え続けてあげることが、私の仕事なのだと考えるようになりました。誰かの成長を見守る楽しさを教えてくれたのは、ハートランドの現場だったと思いますね。
Q.8 仕事でやりがいを感じるのはどんな時ですか?
ハートランドへの公募面接の時、面接官に「井本さんには夢がありますか」と聞かれ、私は「夢があったらこの会社にはいない」と答えました。私自身は昔から現実的で、夢追い人ではないんです。だからこそ、夢を追っている人たちをサポートしてあげたいと、今も心から思っています。
Q.9 社長職に最も活きた経験は何ですか?
キリンではいろいろなことをさせていただきましたが、やはりハートランドでの経験は大きかったですね。ハートランドにはさまざまな経歴の人がいて、職種未経験の人とも、初対面の人とも、どんな人とでも働けると知ることができました。
今は「多様性」という言葉を耳にする機会が増えましたが、私の中では昔から当たり前の感覚として根づいていると感じます。
Q.10 社長職に就く時、どんな思いがありましたか?
飲食業を経験している社員はかなり限られるので、社長が変わるという話を聞いた時に、もしかしたら自分かもとも思っていたので、驚きはありませんでした。
しかし、その前は5年ほど九州で営業をしていて、九州をもっと活性化させて、本気でここに骨を埋めたい、とも話していました。しかし、根っからのサラリーマン気質と言いますか……会社に言われたなら、全力でやるしかありませんよ。
Q.11 社長職に就任当初、大変だったエピソードがあれば教えてください。
就任前の2年間はコロナの影響が大きく、流れが止まっているような状態でした。むしろこれからがリスタートですから、やるべきことを積み重ねています。
クラフトビールにはまだまだ成長のチャンスがあると思っているので、時代とともに変わっていくお客さまの気持ちと、世の中のトレンドを上手く組み合わせていきたいですね。
よく寝てよく食べ、次の世代への「継承」をゴールによく働く
Q.12 お休みの日は何をされていますか?
最近は自身の健康や睡眠にも目を向けているので、営業・マーケター時代と比べれば余裕がありますね。出社中は会議や打ち合せが主ですが、特徴的な部分といえば、接待としてだけでなく、人気店の視察という名の外食に行くことが多いことでしょうか。
最近は体型変化も気になっていたのですが、50歳でいただいた会社の休暇でファスティング道場に行ったことをきっかけに、ストレッチが日々のルーティンに加わりました。自身の体質を理解してから、15キロの減量に成功しました!
Q.13 趣味はありますか?
タイムスケジュールにもある通り、昔からテレビが好きなんです(笑)。特にテレビドラマが大好きで、期ごとのほぼ全てのドラマをチェックして、見続けるものを決めていきます。
ただ見るだけではつまらないので、出演者の中で「誰が今後売れっ子になりそうか」を観察しています。最近は韓国アイドルのBTSにもハマっているのですが、彼らのチームビルディングやお客さまとのコミュニケーション方法などとても参考になります。
Q.14 どんなところに住んでいますか?
これまで全国転勤だったこともあり、今も会社の借り上げ住宅に住んでいます。店舗での緊急対応の目的もあって比較的店舗の近くではあるので、周辺の視察はしやすい環境です。家賃が浮いている分は、外食や旅行、健康対策など、体験に投資しています。
Q.15 プライベートのお悩みはありますか?
今は、終活について考えるようになりました。できるだけ迷惑をかけないための前向きなものです。仕事に邁進してきた人生で、結婚願望もありませんでしたが、歳とともに一人でい続けることの大変さも実感しています。
今はいろいろな働き方がありますから、若い皆さんは一度、家族を持つことについて真剣に考えてみてもいいと思います。
Q.16 今後の展望を教えてください。
スプリングバレーは今年でブランド誕生から9年目に入りました。ロングセラーに向かうステージだと思います。ブランドが価値を持ち続けたまま、次世代に「継承していく」ことが大切だと考えています。
クラフトビールは、これから成長し、そして継承されていくものです。スプリングバレーがその成長のエンジンになりたい。そこに関わるものとして責任を感じるとともに、未踏の領域に挑戦する楽しさも感じています。
そのためには、スプリングバレーというブランドに限らず、クラフトビールそのものの魅力をもっと広める必要があります。そのひとつとして10月には、全国のクラフトブルワリーに参加いただく、日本産ホップや、今年収穫したフレッシュホップを使ったクラフトビールを楽しめる『クラフトビールジャパンホップフェスト 2023』というイベントを店舗で開催します。店舗での体験がクラフトビールのワクワクする未来に繋がっていけばうれしいです。
※この記事は2023年10月20日に公開されたものです