プレゼンや上司への報告、お客様への営業など、働く私たちには「話す」機会がたくさん訪れます。そんな時、「もっと上手く話せたら……」と感じる方も多いのではないでしょうか。
どんな職場にも一人は存在する「営業成績のいいあの人」や「上司や部下から信頼を置かれるあの人」は、「話し方」もすてきだなと思うこともしばしば。同じ研修を受けたはずなのに、商談が上手くいく人とそうでない人の違いが生まれてしまうのは、なぜなのでしょうか?
人見知りで口下手ゆえに23歳でフリーターになったどん底の状態から、27歳で入団した劇団四季で主役を射止め、退団後は「TEDx」40万回再生の人気研修講師になった佐藤政樹さんは、「人見知りでも、口下手でも、『人を惹きつける話し方』はできる」と言います。
今回は、佐藤さんの著書『人を「惹きつける」話し方』から、口下手でも人見知りでもあがり症でも、人から信頼され、理解され、人の心を動かし仕事で結果を出すことができる再現性の高い話し方の技術を一部ご紹介します。
3種の言葉の使い方が結果を分ける〜頭・胸・腹〜
「頭」の言葉は唱えているだけ
まずは3つのうちの一番上の「頭」です。
アイデアが出なくて煮詰まったときなどに、頭を両手で抑えたり、頭を掻いたりすることはないでしょうか。定説はないようですが、私は「自分の意識が頭に向いているから」だと考えています。これを私は「頭」の意識と呼んでいます。
あなたが相手に自分の考えを伝えようとして、意識が「頭」に向かっているのはこのようなときです。
- 暗記したことを思い出しながら話しているとき
- 用意した資料やメモを読んでいるだけのとき
- ただ知識だけを論理的に一方的に話しているとき
この頭の意識から生み出される言葉を「頭のポジションの言葉」と私は呼んでいます。
「頭のポジション」の言葉のことを劇団四季では「唱えている言葉」といいます。
唱えている言葉は、文字をただ何も考えずに声を出している状態。代表例は、政治家が目線を下にして用意したメモを一方的にただ読んでいるだけのときです。心が動かされますか?話の内容に惹きつけられますか?答えはノーでしょう。
就職活動の面接なども同じです。あらかじめ用意した自己紹介などを暗記して話しているだけの学生も少なくないと思いますが、面接で使えそうなフレーズをネットで拾ってコピーして使っても、面接官にはまったく響きません。
頭のポジションの言葉は、「発声」と「発想」が一致していません。発想つまり言葉を発するときに頭の中で考えていることは“借り物の言葉を間違えないように正確に話す”なので当然です。
「胸」の言葉は「うわべ」でしかない
次に3つのうちの真ん中の胸の部分です。
たとえば、あなたがこれから1000人の観衆の前でスピーチをするとします。ドキドキと緊張して、そわそわ落ち着きません。そんなとき、どこに手を当てますか?
胸に手を当てるのではないでしょうか。胸に手を当てたくなるときの意識のことを、私はそのまま「胸の意識」と呼んでいます。
「胸」に意識が向いて話しているときはこのような状態です。
- 過度に緊張して落ち着かない気持ちで舞い上がっている
- 伝えなければ、結果を出さなければと焦って心がうわずっている
- 感情やテンションを高ぶらせてがんばって必死に伝えようとしている
この「胸」の意識から生み出される言葉を「胸のポジションの言葉」と呼んでいます。
「胸のポジションの言葉」を、劇団四季では「うわべ言葉」もしくは「説明的言葉」といいます。
誰もが「胸」の言葉で落とし穴にハマる
実は、世の中の多くの人は、何かを伝えるとき、ついついこの「胸のポジションの言葉」でアプローチしています。これが最大の落とし穴です。
いざ人を目の前にして本番になると、つい「上手くやらなければ」という気持ちが生まれてしまいがちです。すると、決まってテンションを上げて、感情たっぷりに伝えようとします。声を高ぶらせてプレゼンが終わったときには、なんとなく、自分も精いっぱい上手くやったような気になっています。本当にありがちです。
しかしこれは大きなリスクをはらんでいます。それは、聞き手とのギャップです。
テンションや感情を使って情動的に話すことに気がいってしまうと、自分の中で“しっかりと伝えた”、“相手に伝わった”という自己認識が生まれます。しかしこのとき、聞き手は、まったく違う感想を持っています。
それは、「うわべで説明的でウソっぽいな……」です。
なぜか。それは、ここまででお伝えした、「なぜ話すのか?」に沿って考えるとわかってきます。
「胸のポジションの言葉」を発している理由はいったいなんでしょうか?それは「なんとかしてわかってもらいたい」「失敗したくない」「ちょっと、かっこつけたい」といった自分本位の考えです。
胸のポジションの言葉も、実は、発声と発想は一致していません。
なぜなら「発声」するときの「発想」が自分本位(エゴ)になっているからです。気持ちをたっぷり込めたつもりでも、実際には、“自分は伝わったと思うが相手はそう感じない”という主観と客観の大きな乖離を生み出しています。その結果、うわべで説明的でどこかウソっぽい自己満足の表現になってしまいます。
私は劇団四季のカリスマ浅利慶太さんに「感情を込めるな」と繰り返し教えられました。
感情を込めてしまうと、どうしても「胸」の意識になりがちです。エゴに近いこの「胸」の意識から生み出されるのは、自己満足の表現。聞いている観客は無意識のうちに冷めてしまいます。
劇団四季の厳しい「稽古」の世界を知っている私は、研修でビジネスパーソンのロールプレイング大会を見ていると、非常に多くの方が「胸のポジションの言葉」でやっているのを目の当たりにします。ロープレで「気持ちが込もっている」と褒められても、現場に行くと空振りした経験はありませんか?仲間内で慣れてしまうと、主観と客観の乖離が生まれ、初対面の相手に共感してもらえなくなってしまいます。
まとめると、自分は「伝わっている」と思ったのに対し「相手はそう感じていない」というギャップを生み出す可能性が高いのが、「胸のポジションの言葉」なのです。これでは、人を惹きつけることはできません。
「腹」の言葉が人を惹きつける
最後に、一番下の「腹」です。
惹きつける話し方の上で重要なポイントとなるここを私は「腹の意識」と呼んでいます。
腹に意識が向いているときはこのようなときです。
- やると決めたことや覚悟が決まったことを話している
- 自分が克服したことや苦難を乗り越えた経験談などを話している
- ありのままの自分として、余計な力が抜けている
この腹の意識から生み出される言葉を「腹のポジション」の言葉と呼んでいます。
頭の意識・胸の意識と腹の意識の間には、一本の線があります。
線の上か下かが、「人を惹きつける」言葉とそうでない言葉の境界線なのです。
さてこの「腹」という日本語が、人を惹きつけるか惹きつけないかをひもとくキーワードです。
日本語では、表面的やうわべではなく一歩深い意思決定やコミュニケーションのニュアンスを表す際に「腹」というキーワードが多く使われてきました。
誰しも気づかないうちに、自然と意識が「腹」に向いているときがあります。
「腹を割って話しましょう」
「あなたのおっしゃることが腹落ちしました」
「絶対に達成すると腹を決める」
いかがでしょう?
他にもたくさんありますが、すべてに共通するのは、表面的ではなく一歩踏み込んだ「深さ」のニュアンスを感じられる言葉になっていることです。
なぜ、一歩深いニュアンスを示すときに「腹」というキーワードを使うのでしょうか。
それは、「腹」こそがすべてのエネルギーの起点という文化が日本にはあったからだと私は考えています。武道やスポーツや踊り、歌や呼吸器系を使う楽器の経験がある方はピンとくるのではないでしょうか?「腹」の意識は力の起点として、パフォーマンスに影響する重要な要素です。先人たちが「腹」には何か特別なものがある……と考えてきたからこそ、腹を使った慣用句がたくさんあるのでしょう。
これは、ビジネスシーンや日常会話でも同じです。「腹のポジションから生まれる言葉」が、結果に大きな影響を与える人を惹きつける言葉なのです。
「どのポジション」か? で日常を観察しよう
私が、劇団四季での経験を活かして講師として生計を立てようと試行錯誤していた30代半ばごろのエピソードです。あるコンサルタントが、私に新規クライアント獲得を目的としたアプローチをしてきたことがありました。
そのコンサルタントが話しはじめたとき、私は言葉に説得力と重みを感じました。スクリプトを暗記して、知識を一方的に説明しているだけの頭のポジションの話し方をする人ではなかったのです。まさに「腹」のポジションの話し方をする方でした。
しかしです。いよいよ最後の「料金の提案」の場面になったとたん、突如、目がおどおど泳ぎだし、言葉が突如、浮足立ってきました。
断られたらどうしよう、料金が高いかもしれない、相手に悪いことをしているかもしれない……。こんな不安になったからかもしれませんね。心がうわずって胸のポジションの舞い上がった言葉しか出てこなくなってしまったのです。
寸前まで彼の言葉に惹きつけられていましたが、そこで私は冷めてしまい、結局提案をお断りすることになりました。
このように、言葉のポジションは仕事の結果に大きな影響をもたらすのです。
「腹のポジション」の言葉。これこそが、「発声と発想」が完全に合致している「人を惹きつける」言葉なのです。
ここまでお伝えした「頭のポジションの言葉」「胸のポジションの言葉」「腹のポジションの言葉」の意識で、まずは日常を観察してみてください。
コンビニの店員さんの「いらっしゃいませ」。
繁盛しているコーヒーチェーン店のお客さまへの挨拶「こんにちは」。
客室乗務員の声のかけ方「どうぞ、お声がけくださいませ」。
病院受付の「お大事に」。
結婚披露宴の司会者の「おめでとうございます」。
行政窓口の対応の言葉「お待たせしました」。
その他、結果を出している人のプレゼンや営業トーク。尊敬する人の言葉。授業やオンライン研修で講師が話す言葉。叩き上げの経営者の言葉……。
唱えていないか?
うわべで説明的なのか?
それとも実感しているのか。
言葉に対する自分の視点を変えると、見える世界や聞こえる世界が変わります。
※本記事は『人を「惹きつける」話し方』佐藤 政樹(プレジデント社)より一部抜粋・編集しています
『人を「惹きつける」話し方』佐藤 政樹(プレジデント社)
「流れるように上手に話す必要はない」「かっこよく華麗に話す必要はない」。
「劇団四季」で主役を務め、飛び込み営業でトップクラスの成績を収め、「TEDx」で異例の40万回も再生され、延べ300社・3万人のビジネスパーソンに向けてメッセージを伝えてきた著者は、「人見知りでも、口下手でも、『人を惹きつける話し方』
話が伝わらない、聴いてもらえない、理解・納得してもらえない、自分の主張が通らないという方、必読の一冊です。
※この記事は2023年07月05日に公開されたものです