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【File5】真夏の海の貴公子との恋

#イタい恋ログ

ジェラシーくるみ

今振り返れば「イタいな、自分!」と思うけれど、あの時は全力だった恋愛。そんな“イタい恋の思い出”は誰にでもあるものですよね。今では恋の達人である恋愛コラムニストに過去のイタい恋を振り返ってもらい、そこから得た教訓を紹介してもらう連載です。今回はジェラシーくるみさんのイタい恋。

すーっと潮が引いていくように冷めるのが恋の熱情。満潮のときは相手のニキビすら愛おしかったのに。これが「あばたもえくぼ」か。

こんにちは! 東大卒の夜遊び職人ジェラシーくるみです。今回は初夏にふさわしい爽やかなイタい恋を紹介します。

クラブで出会った“ヘーゼルアイの君”

彼に出会ったのはとあるイベント。クラブの箱を貸し切って、素人のDJがプレイする中で雰囲気を楽しむという、あるある〜なデイイベント。そして、女子無料! スイーツ食べ放題! という、これまたあるある〜な、いびつな料金設定。

その頃は10代で、正規の時間帯にクラブに入ったこともない私。アヴィーチーやアリアナ・グランデが流れる中、ケーキを頬張りながら友達と体を揺らしていると、同じようなノリで揺れる男の子が向こうに見えた。

ばちっと目が合って3秒。彼の透き通るような肌と彫刻みたいな鼻筋に釘付けになった私は、視線を引き剥がすのに必死だった。

しばらくして気づくと、人混みをくぐり抜けてきたであろう彼とその友人がすぐ側にいた。

「全然みんな踊らないよね」

(やばい! イケメンに話しかけられた!)話しかけられた私は平然を装いながら、「ね!初めて来たけど、こんな感じなんだ」

必死に答える私の声を拾おうと、ぐいっと耳を近づける彼。まつ毛長ぁ……肌……白……そしてきらきら光る、パワーストーンみたいなヘーゼルアイ。漫画だったらここでぷしゅーっと紅潮して頭から煙が出て強制シャットダウンするやつ。

その“ヘーゼルアイの君”とはしっかりLINEを交換したのだった。

初めての遠出デートで舞い上がったけど……

それから私たちは週1でお茶する仲になった。話題はなんでも良かった(正直あまり覚えていない)。

主に私は聞き役で、今も印象に残っているのは、彼が高校からダンスをやっていること。今は大学に通いながら芸能事務所Lに所属し、レッスン生として芸能活動もやっていること。

実は彼は私のタイプど真ん中の顔というわけでもなかったが、そして私は芸能事務所L
にもJにもあまり興味がなかったが、彼の顔面には人を惹きつけるものがあった。

陶器のようなすべすべの白い肌、高く締まった鼻、シャープな顎、きらきらと光をたたえる瞳。いわゆるど美形。ずっと見ていたかった。そして彼の隣で街を歩くのが気持ち良かった。

「今度丸一日遊ばない?」

彼の誘いに即座に飛びついた私は、初夏の海をリクエストした。あわよくば海辺であんなことやこんなこと……までは流石に考えていなかったと思うが。

初の遠出デート。ドラマで見るような浜辺で告白とか、あったらどうしよう。

電車に揺られていると、彼から「これ俺のレコーディングなんだけど聴く?」と端麗なドヤ顔でイヤホンを手渡された。

深呼吸して両耳から音を吸い込む。事務所の先輩にあたるグループの有名なバラード曲だ。当時バンドをやっていた私は、一目見て、いや一耳聴いて、良質な機材で録ったことがわかった。そして彼の歌がそこまで上手でないことも。決して下手なわけじゃない。ただそこまでうまくなかっただけ。

仔犬のような顔で感想を求める彼。私は耳からイヤホンを外せないまま、ビブラートを褒めた。

たった数分で、自分の熱がさーっと引いていったことに戸惑いながら。

「やっぱり好きかも」その直後に起きた事件

それから海に行くまでの道のりで、そういえば音楽の趣味も違うんだな、ああ何話そうかな、と必死に頭を働かせた気がする。

海に着いても、まだ胸にもやもやが残っていた。砂浜に腰を下ろし、乾杯しても、砂をすくってみても、彼の言葉が頭に入ってこない。

私は波に飲まれているサーファーを眺めながら、ただ時が過ぎるのを待っていた。太陽が傾いてきて海が紅く染まった頃、まばゆい西陽に右手をすかせてみると、彼の左手がそっと重なった。

私の胸はどきんと高鳴り、久しぶりに体に血が巡るのを感じた。やっぱり好きかも、この人のこと……と隣の麗しい横顔を振り向くと、彼はスマホをいじりながら曲を選んでいる。

音楽の演出なんていいのに……と恥じらいそうになった瞬間、彼は勢いよく立ち上がりスマホを砂浜に投げ出した。

アップテンポのダンスナンバーが大音量で流れる中、彼は軽快なステップを踏み出した。

「今度のオーディションでこの曲やるんだよね!」と嬉しそうな彼。どんどん落ちていく夕陽。(おいおい嘘だろ……今踊るのか……?)

背中に感じる他人からの視線。恥ずかしさと落胆と戸惑いのごった煮みたいな息苦しい気持ちが胸に広がっていく。

砂に足を取られてうまく動けないだろうにノリノリで踊るヘーゼルアイの君を横目に、私は自分の目から光が消えていくのをしっかり感じた。

あー最後の灯火が消えたわ、と。

砂の舞を終えた彼は、満足げに腰を下ろしながら「くるみ、付き合お?」と顔を寄せてきたが、私の心にはさざ波ひとつ立たなかった。

ただ、橙色の光で縁取られた横顔だけは最後まで美しかった。

イタい恋から得た教訓「美形にアプローチされて舞い上がってはいけない」

思えば最初から話は合わなかった。私と一緒にいるときの彼は自分の話ばっかりで、お互い好きでもなんでもなかったのだろう。

野暮ったいウブな女子が慣れない華やかな場で美形に声をかけられ有頂天になり、恋に恋したというチープ極まる話。

私は美形の隣を歩く自分に酔い、虚栄心をエンジンに突っ走っただけ。一瞬でついた恋の火は一瞬で吹き消された。

音が降り注ぐあのクラブで、そのまま一緒に踊ってさよならをすれば、一生胸に残るような、もどかしく甘美な思い出になったかもしれない。

(文・ジェラシーくるみ、イラスト・菜々子)

※この記事は2021年06月20日に公開されたものです

ジェラシーくるみ

昼はしがない会社員、夜はネタを集める夜遊び職人。恋愛やキャリア、女性の生き方についてWebメディアを中心に執筆中。書籍「そろそろいい歳というけれど」「恋愛の方程式って東大入試よりムズい」を発売中。

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