元ヴィジュアル系バンドマンに聞く「令和のセカンドキャリア論」
ごく平凡な会社員として、会社の片隅で働く編集部・ライターが、今気になるビジネスパーソンにインタビューする連載【この会社の片隅に】。今回は、ヴィジュアル系バンドν [NEU]のリーダーを務めた後、エステティシャンとしてセカンドキャリアを歩むヒィロさんにお話を聞きました。
文:あーりん(マイナビウーマン 編集部)、撮影:洞澤佐智子
イヤホンを耳に突っ込みながら原稿を書いている最中、流れてきたのは大好きだったヴィジュアル系バンドの曲。そして、会社の片隅で、ふと考えることがある。
「このバンドも、あのバンドも解散しちゃったけど、今麺たちは何をしているんだろう(あ、麺ってのはラーメンじゃなくて、バンドメンバーのことね)」
10年前バンギャとして生きていた私は、バンドメンバーがおじさんになって食いっぱぐれた時、死ぬ気で働いて養おうとかアホなこと考えていたのに。いつの間にか、その誓いを忘れてもはや貯金すらしていない、やばい。
今回話を聞いたのは、6年前、人気絶頂の最中解散したヴィジュアル系バンドν [NEU]のリーダー、ヒィロさん。実は彼、バンド解散後にエステティシャンに転身。予約の取れない美容サロン『Lily』のオーナーとして働く、異端のビジネスパーソンだ。
万年ステイホームの編集部あーりんが「憧れの麺に会いたかっただけ」という私情を頭の片隅に追いやって、セカンドキャリアの見つけ方を探ります。
「もう音楽を伝える資格がない」と悟った瞬間




うん。ν [NEU]の活動は約5年やってきたんですが、たくさんのことを経験しました。オリコンチャートに音源がランクインして、メジャーデビューして、大きな箱でライブをして。その一つ一つが純粋にうれしかった。
でも、そんな状況にだんだんとまひしていった僕たちもいて……。




元々は音楽を作りたくて活動していたのに、それがいつの間にか音楽を売るための活動になっていて。自ら“やっている”はずのことが、“やらされている”感覚になっていました。
今振り返れば、すごいことだと思うんですよ。メンバーで全国回って、ファンの子たちがそれを広げてくれて、事務所とかレコード会社とかいろんな人が協力してくれた。みんなが頑張って成し遂げたことなのに、それを素直に喜べなかったんです。
この瞬間、「僕に音楽を伝える資格はない」と思ったのが解散のきっかけでした。

今のお話って、私たちのような一般の働く女性にも通ずる部分があると思うんです。初めは夢を大きく持って、やりがいいっぱいに楽しくやっていた仕事が、続けるうちに「こなすもの」になっちゃう感覚。あーりんも例外じゃないんですけど……。でも、辞めた先のことを考えるのも怖くて。
ましてやヒィロさんは前身のバンド活動も合わせると16年間この世界にいたんですよね? ν [NEU]を辞めることに恐れや不安はなかったんでしょうか。

いや、めちゃくちゃ不安でしたね。実際、バンドが解散するかもって時期は不安で仕方なかった。だけど、解散を決めてからはそれがスパッとなくなりました。
ぶっちゃけ、バンド活動はあと3〜4年継続できたと思いますよ、やろうと思えば。でも、音源の売り上げもライブの動員も、自分たちのピークは自分たちが最も分かってた。メンバー5人の「一番かっこいいところで終わるべき」という美学が一致した感じでした。


そうかもしれないですね。
解散を決めた時、ファンや周囲からは大ブーイングを食らいました。だって、こんな自分勝手なことってない。辞めることは、周りの人を裏切ることだから。
でも、それ以上に耐えられなくなっちゃったんですよね。今になっては自分が弱かっただけだと気付くけど、当時の本音ではもう限界だったんです。
ヴィジュアル系バンドマンが美容業に転身した理由


元々美容が好きだったのもあるんですけど、小学生の頃、超デブでいじめられて、小5から中3まで学校に行けなかった過去が関係しているんです。
バンドを解散して次の職業を探さなきゃいけなくなった時、一番しっくり来たのが美容でした。僕自身、自分にコンプレックスを持ったのは美容のせいだし、そのコンプレックスのせいでいじめられてふさぎこんできたから。
で、変わるきっかけになったのがヴィジュアル系バンド。つまり「外見の変化」です。自分が美容を磨いたからバンドができて、夢をかなえられた。自分の原点は何かを考えたら、それが美容だったんですよね。






友達も、バンド仲間も、ファンの子たちも、関係者もみんなガッと離れていきました。多分ν[NEU]を辞めた僕自身には価値がなくなったから。
忘れられることがつらくてどうしようもなかったんですけど、今の仕事を続けるうちに「あ、僕が忘れなければいいんだ」という考えに辿り着きました。僕が忘れなければ、後は思い出してもらえるように行動すればいいんです。


思い出させる行動って、結果を出すこと以外ないんです。
自分が職業を変えたとしても、前の僕を応援してくれていた人たちが「今も応援していてよかったな」と思える仕事をしなくちゃいけない。表舞台に立っていたからこそ、なおさらその責任は僕自身に乗っかっていると思ってます。
みんな人生かけて応援してくれたのに、その人たちの前から消えるなんて失礼すぎる。だから、消えちゃいけない人生を送るべきなんです。美容業もそうだし、お店もそうだし、僕が手がける化粧品もそう。一生発信していかなきゃだめだなって。

辞めてから古巣に戻るのも恥ずかしいことじゃない


正直、復活はしてもしなくてもよかったんです。ν[NEU]は完結していて、確実に一度死んだバンドだから。
でも、今はもうメンバーそれぞれの仕事があって、全員が独り立ちしているからこそ、満場一致したのが「わくわくしたい」ってこと。お金が欲しいとかじゃなくてね。お金は普通に働いて稼いでいるので(笑)。大人になって集まった時、また5人で面白いことやりたいねって。



一度辞めた古巣に戻るって、ぶっちゃけ「ちょっとダサい」と思ってしまう感覚ありません……?
というのも、あーりんの後輩がベンチャー企業に転職して頑張っているんですけど、やっぱり元の会社に戻りたいらしくて。でも、格好がつかないからって躊躇しているんです。その姿を見ると、働くフィールドを変えることには慎重になっちゃう。



当時の人間と今の人間って別物なんです。
だって、あの頃やろうとしたことなんて今できるわけないし、同じことの再現は無理なんですよ。感情も違うし、大人になっちゃったから。だから、形式上古巣に戻るように見えるかもしれないけど、やってることはまったく別だと思うんですよね。
変化してスキルアップしている自分がいるからこそ、結局は新しいことになる。そこを恥ずかしいと思う必要はないんです。恥ずかしいと思うことが恥ずかしいですよね、逆に。




昔の環境を期待して戻ることはだめ。よく言う「居心地が良かったから戻る」ってやつです。
だって、当時の雰囲気を期待して戻ったとしても、絶対前と同じわけがない。自分が変化した分、周りも変化しているんです。
当時の続きをしたいとか、それを再現したいとかっていうのを期待しちゃったら、多分またしんどくなる。何が言いたいかというと、変化した自分も相手も受容して、そこで新しく得たスキルを発揮できるなら、古巣に戻ってもいいんじゃないかってこと。


僕はν [NEU]を辞めた時、周りを裏切って一回死んだんです。2100人が集まって泣いてくれた解散ライブは、僕にとって葬式みたいなもんでした。だから、今は第二の人生を生きてる。
一回死んだ人間は強いんです。今の場所でそう思えた時、次はきっと自分なりのセカンドキャリアに進めるんじゃないかな。
首の皮一枚、失敗しまくりながら編集部で働いてきたあーりんも、もう社会人6年目。30歳を目前に、多くの同僚がキャリアを変えていった姿を見てきた。その度、「私も転職考えないとまずい?」なんて焦ってビジネス書に手を伸ばす。
どっかのお堅い専門家が書いたセカンドキャリア論を読んでもちんぷんかんぷんだったけど、あの頃大好きだったバンドマンの話はすとんと腑に落ちた。
そうして、たどり着いた答えはこれ。
今の環境にあーだこーだ不満を言う前に、とりあえずは一回死んだと思えるまで仕事を頑張ってみよう。本当は死ぬ気でなりたいと思っていた職業なんだから(たまに忘れかけて「つらい」とか泣き言漏らすけど)。
ここで頭の片隅に追いやっていたバンギャの私情を一つだけ。どうかこの記事が届いたら、ν [NEU]も、アンティック-珈琲店-も、R指定も、大好きだったヴィジュアル系バンドたちがいつか復活を決意してくれますように。会社の片隅から小さな願いを込めて。
INFORMATION
ヒィロ著『#道具は使わず手でもむだけ ヒィロのやせる30秒メソッド』(かんき出版)
東京・渋谷で予約が取れないと話題のサロン「Lily」オーナー兼エステティシャンのヒィロが30秒で出来る簡単美容メソッドを伝授。
テレビを見ているとき、仕事中、お風呂やトイレなど、とにかくどこでも道具は使わず手でもむだけ。「フェイスライン」「二の腕」「お腹」「お尻」「太もも」「目の下のクマ」「ほうれい線」といった体すべてに効く美容法が詰まった一冊です。
※この記事は2020年05月20日に公開されたものです