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小説 デート・カップル

「まだ結婚してないだけなのに!」第1話

白井 瑶

30歳までに結婚したいのに、20代後半で不倫をはじめてしまったOL・原田櫻子。彼女の未来はどうなる? 恋と人生に悩む全女性に贈る、白井瑶さんのオリジナル小説連載。

白井瑶さん(@shiraiyo_)の連載小説が、新章に突入。今回から第2章「まだ結婚してないだけなのに!」がスタート。第1章「彼に奥さんがいるだけなのに!」はこちらから。

【これまでのあらすじ】
職場の上司であり既婚者の観月壮亮と不倫関係を続ける、主人公・原田櫻子。ほかの男性とデートしてみるも、やっぱり好きなのは壮亮ただひとり。そんなとき、壮亮の奥さんが妊娠中らしいとの知らせが入り……。

わたしの彼氏は、もうすぐパパになるらしい。

わたしは直属の部下として、子どもの誕生祝いを選ぶ係を拝命した。神様、これは罰ですか。

 

その日の午前中は、仕事が手につかなかった。ディスプレイに集中したいのに、彼のことばかり考えてしまう。いつ子どもができたのか。いや、いつ作ったんだろう。もう男女の仲ではないと言っていた。なら生まれてくる子は? ……人工授精?

そこに思い当たったとき、一瞬救われたような気持ちになった。でもすぐに、よその家庭の事情に下衆な勘ぐりを入れまくる自分への嫌悪で死にたくなった。

「ていうか私、観月さんのこと嫌いなんだよね」

ほとんど上の空だった昼休憩。同僚の福本小百合の言葉に、わたしははっとして彼女を見た。彼女はわたしと同期入社で、壮亮さんの直属の部下でもある。先輩たちから誕生祝いのプレゼントを一緒に選ぶよう言われたのが不満なようで、いまいましげにコーヒーカップを睨んでいる。

「……知らなかった。どうして?」

わたしは平静を装いながら尋ねる。小百合の答えはシンプルだった。

「あの人、前に新卒の子に手を出してんじゃん」

小百合の話によると、彼女がかわいがっていた後輩社員が壮亮さんとトラブルのために退職を余儀なくされたらしい。弱っているときにやさしい言葉をかけられて、そのまま不倫関係へ。元から脆いところのあった小百合の後輩は、みるみるうちに精神のバランスを崩していったという。

「奥さんがいるって知ってたんだから、あの子だけが悪いとは言わない。でも観月さんだけが会社に残って、堂々と出世しちゃってるのが、私はどうしても気に食わない」
「……不倫って、観月さんも認めてるの?」

藁にもすがる思いだった。

壮亮さんがその子との関係を否定しているならば、彼女とは本当に何もなかった、の、かも、しれない。そう思いたかった。思いたかったけど、さすがにそこまで馬鹿にはなれない。だって、弱ってるときにやさしい言葉をかけられて、って、わたしのときとまったく同じじゃないか。唯一無二のはずの恋物語は、キャストを替えた再上演だった。

「さぁ? お咎めなしなところを見ると、うまく言い訳したのかもね」

軽蔑の滲む小百合の横顔。

朝から混乱していた頭の中が、すごい勢いで整理されていく。簡単なことだった。壮亮さんは嘘つきで、部下に手を出すのに抵抗のないクソ野郎なのだ。それにしても、普通社内で何度も不倫するか? 小百合の後輩の件でもめたのに懲りなかったのか? それとも反省を活かした結果がわたしだったのか? わたしは精神のバランスを崩さなそうで、都合よく耐え忍びそうで、そういう恋に酔ってくれそうな女、だったのか?

「櫻子、大丈夫? 顔色が……」

壮亮さん、わたしはあなたが好きでした。男性として。でも、その前に上司としても尊敬してたんですよ。でも、でも、あなたは最初から、わたしのことは部下として、ううん、もしかして、ひとりの人間として見てくれてさえいなかったんですか。わたしは最初から、便利で都合のいい“女”ってだけだったんですか。

吐きそうだ。食べたものじゃなく、彼との言葉や思い出を体の外に出してしまいたかった。

「櫻子?」
「……ごめん、実は朝から体調が悪くて。今日はもう帰ろうかな」

限界だった。わたしは会社を早退することに決めた。

その断りを入れたときの、壮亮さんの上司顔は完璧だった。

「大丈夫? 気にせずゆっくり休んでください」

 

自宅について、鍵を閉めた瞬間に足腰に力が入らなくなった。同時に涙がドバドバ出てきてファンデやマスカラをめちゃくちゃにした。夜になると、上司ではなく彼氏の文面で、体調を案じるLINEが届いた。子どもの件に関しては一切触れない内容だった。まだわたしが知ったことに気づいていないのかもしれない。壮亮さんからのメッセージを、初めて既読スルーした。

わたしは次の日も会社を休んだ。社会人失格だけど、どうしても体が動かなかった。「見舞いに行こうか?」という連絡も無視した。その翌日に出社すると、壮亮さんはやはり完璧な上司の顔で「まだ顔色が悪い。無理しなくていいよ」とうそぶいた。さすがに感づいているはずなのに。こういうところにみんな……わたしもきっと騙されたんだろうと思うと、今まで抱いたことのない感情が胸に湧き上がるのを感じた。

金曜日まで、“上司”の壮亮さんと普通に働き、普通にオフィスをあとにした。付き合いはじめて……いや、関係がはじまって初めて、彼からの私的な連絡がなかった日だった。妊娠と新卒の子に手を出した件を知った時から、わたしはほとんど食べてもないし寝ていなかった。だから、判断力が鈍っていたんだと思う。風呂も入らず迎えた土曜の朝、ふと思い立つ。

そうだ、今から壮亮さんの家、行こう。
奥さんと少し話をしよう。

>「まだ結婚してないだけなのに!」第2話に続く

(文・イラスト:白井瑶)

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